この関係に名前をつけるなら~王女の醜聞~

湊川美海(みなとがわ・みみ)

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羨望

 愛妻家として知られていた国王が、王妃の懐妊中に手を出した侍女が産んだ娘が、イルヴァだった。
 それを機に王妃への寵愛が薄れたわけでもなく、イルヴァが『一時の気の迷い』の産物であることは誰の目にも明らかで、皆が扱いに迷っていた。
 特に父は、妻への裏切りの証を目にすることが後ろめたいのか、イルヴァを隠すように育てさせた。それは、末娘のエメリを産んでから体調が思わしくなく寝ついていた王妃への配慮のためでもあったのかもしれない。
 要は、憎まれてこそいなかったが、疎まれていたのだろう。

「つぎはねっ、あの木までかけっこするの! はやかったひとを、エメリの騎士にしてあげる!」

 結局王妃が回復することはなく、早くに母を亡くした異母妹エメリは、王妃の分までと愛情を注がれて、すくすくと育っていた。
 天真爛漫で明るくて、動くたびに黄金を溶かしたような髪の毛がきらきらと輝いて、人形のように愛らしい。大きな翠玉の瞳に涙を溜めて、母を恋しがって泣く幼さにも、手を差し伸べたくさせるものがある。

「いいなぁ……」

 イルヴァとはまるで違う。
 与えられた部屋の窓から、妹と『お友達』が中庭で楽しげに遊ぶ様を見て、イルヴァはよく溜息を溢したものだ。
 皆は『エメリ様はお母様を亡くしてお可哀想だ』と言うけれど、エメリはあんなに楽しそうに笑っているじゃないか。イルヴァには『お友達』の一人もいないのに、それでもイルヴァの方が幸せなのだろうか。

「だめ、だけど。エメリは、かわいそうなのに。こんなこと、かんがえちゃ、だめなのに」

 イルヴァの陰気な黒髪も考えを悟らせない濃紫の瞳も、祖母譲りだと父が言っていた。幼くして王位に就いた父を傀儡として操って、国中から嫌われた王太后にそっくりだと。
 可哀想な身の上の妹にまで嫉妬する醜い心根のことを知られたら、皆に嫌われてしまう。祖母と同じになってしまう。
 きゅっと唇を引き結び、涙を堪えて観察を続けていると、駆けっこを一番に終えた少年の視線が、イルヴァの方を向いた。『お友達』の中でもとりわけ妹と仲が良くて、よく三人で一緒にいるところを見かける銀髪の少年だ。彼が何かを口にしたらしく、妹と鳶色の髪の少年も振り返った。
 彼らは何を話していたのだろう。イルヴァの悪口だったらどうしよう。考えると不安になって、急いで窓から飛び退いて、それ以来イルヴァがその窓に近づくことは二度と無かった。
 ――妹や『お友達』は、イルヴァとは別の世界の住人なのだ。見なければいい。違いを比べて羨んでも仕方がない。
 そう思うようにすれば、心穏やかでいられた。

「そなたは相変わらず、愛想が無いな。エメリとは大違いだ」
「申し訳ございません」

 二つの世界が再び交わったのは、イルヴァが十七歳の時。
 久しぶりに父に呼び出され、許可を得て顔を上げるや否や、苦々しげな声をかけられた。

「まあ、よい。そなたの結婚が決まった」
「わたくしの、ですか?」

 正直なところを言えば、意表を突かれた。
 政略結婚の駒として、妾腹の娘でもいないよりはマシという扱いだとしても、王妃腹の正統な王女がいるならそちらを望むのが人情だろう。あえてイルヴァを望む者などいない。
 エメリの結婚相手はまだ決まっていないと聞いていた。

「良縁だぞ。ラインフェルト侯爵家の嫡男だ」
「マティアス様……?」
「なんだ、知っておったか。あれは、美しい男だからな。そなたも嬉しかろう」

 父の言うとおり、名門侯爵家の後継者の名前は、その美貌の評判とともにイルヴァの耳にも届くほど知れ渡っていた。
 だが、イルヴァが気にしたのは、そこではなかった。

「エメリは? マティアス様は、この縁談に何も仰っていないのですか?」

 幼馴染である二人は昔から仲が良かったが、今や密かに恋仲になっているようだと侍女が話していた。
 既に結ばれたらしいという噂を、父は知らないのだろうか。

「ん? まあ、確かにマティアスは、最初はエメリを妻に迎えたいと言っておったが、まだ若輩者だ。王女にふさわしい不自由の無い暮らしなど、用意できまい。エメリはエーベルゴードに嫁がせる。そう言ったら『姉王女でも構わない』と」

 自分の口で『王女の結婚相手としては不足だ』と述べた相手を別の娘に娶せる矛盾には気づかないのか、国王は顔合わせの日取りを告げると、イルヴァに退出を促した。
 イルヴァは何も言わなかった。不確かな噂で妹やマティアスの名誉を無闇に貶めてはいけないと思ったからだ。
 溺愛する末娘が既に純潔でないなどと知れば、それが合意の上であっても父の怒りはマティアスに向くかもしれない。

(大丈夫、よね? マティアス様も、わたくしでもいいと仰ったんだもの。エメリと仲が良かったから勘違いされただけで、エメリとは恋人じゃない、とか、もう別れた、とか。きっと、そういう事情があって……)

 後から思えば、必死に自分に言い聞かせていたこと自体が、この結婚に感じた不安の表れだったのに。

「麗しきイルヴァ王女殿下。あなたを我が妻に迎えられて光栄です」

 大聖堂でにこやかに微笑んだ花婿が、小さく『本当に全然似ていないな』と呟いた声だって、聞こえていたのに。
 祭壇の前で愛を誓った時、最前列に参列していた銀髪の青年から向けられた哀れみの視線にだって、気づいていたのに。
 それでも、建前としては、イルヴァは彼に望まれて降嫁したことになっていたから、何も言えなかった。

「王女殿下は、男のものを見たことはお有りですか?」
「男の……? っ、ひっ!?」

 初夜の床で、緊張に身体をこわばらせていたイルヴァは、夫の股間の赤黒いものを握らされ、咄嗟に払いのけてしまった。猛ったそれは予想外に熱くて、驚いたのだ。

「チッ、処女かよ。自分で相手を見繕わせるわけにもいかないし、面倒な……」
「ごめんなさい。わたくしは、何をすれば……?」
「いいですか、王女殿下。妻の役目は、嫁いでから間を置かずに子を産むことでしょう?」
「はい」

 乳母からはそのように聞いている。
 イルヴァが、こくり、と頷くと、彼は苛々と語調を強めた。

「そのためには、私の男根を殿下の中に挿し込んで、子種を撒かなければならない。男根を怖がるようでは、妻失格です」
「申し訳っ、ございません……っ」
「――だからね」

 耳障りな高い音に、一拍おいて夜着を裂かれたと気づく。仮にも王女の婚礼だからと用意された手の込んだレース刺繍は、一瞬でぼろきれへと姿を変えてしまった。
 そのぼろきれを、マティアスはイルヴァの顔に隙間なく何重にも巻きつけた。

「怖いものが見えないように、顔を覆ってしまいましょうね。それから、体位は後ろからにしましょう」
「たいい、って? マティアス様、どこに、いらっしゃるの……?」

 怖い。これから何が起きるかも分からないのに、視界まで奪われてしまった。
 震える声で夫に呼びかけても、返事は無い。
 彼は、イルヴァの手足を引いて動かすと、四つん這いの姿勢を取らせた。

「ひゃっ、なに!?」
「暴れないで。これから殿下は、子種を受ける時にこの姿勢で私を待ってください。くれぐれも、私に抱きついたり寄りかかったりすることの無いように」

 極力触りたくもない、と。汚物を遠ざけるように言われた。
 本当に、世の夫婦はこんなやりとりをしているのだろうかと疑問が頭を過ったが、振り払った。
 他の夫婦の『普通』を気にしてどうなる、この結婚が王命である以上、別れることもできないのに。

「わかり、まし、ぐっ!? ひぎっ、痛っ!」

 気遣いも無く、膣に指を捻じ込まれても。
 イルヴァの夫は彼なのだ。一生、彼のやり方で抱かれるのだから、早く慣れるしかないのだろう。

「全然濡れていないな。殿下、私を待つ時は、ここにも香油を塗ってくださいね」
「そこ、痛いのっ、抜いてください……っ」
「ここに男根を挿し入れるんですよ。たかが指くらいでがたがた言わないで、我慢してください。今日は私が香油を注いであげますから。次からは手間取らせないでくださいよ」
「わかっ、あ゛ぁっ! 痛だいぃっ!」

 とろりとした冷たい液体を秘所に注がれて、身震いしているうちに、イルヴァは純潔を失っていた。
 潤滑油の助けを借りても、強引に押し入られて暴かれた身体は軋んで、苦悶の声を堪えられない。

「なかなか締めつけは悪くないが……っ」
「ひぐっ、いたいの……っ、いだっ、ううっ……」
「泣き声は、似ているんですね」
「へっ、なに? やっ! なんでっ、おおきくするの、こわい……っ!」
「いや、気のせいか。あの方のお声はもっと、小鳥の囀りのように美しいのに……!」

 顔に被せられた布に染み込ませた涙に気づきもしないのか、手荒く揺さぶられ続けて。
 擦られ続けて痛みも鈍麻した頃に、胎内に熱いものが放たれた。夫が射精したのだ。

「今度からは、今日言ったことを守って準備をしてください」

 萎えたものを引き抜いて、足早に夫婦の寝室を後にしようとする夫の背中に、イルヴァは取り縋るように声をかけた。

「……っ、変なことを聞いて、ごめんなさい。マティアス様は、わたくしとの子を欲しておられるのですか?」

 ――あなたが愛しているのは、エメリでしょう?

 言葉にしてはならない問いを込めたと気づいたのだろう、マティアスは喉奥でくぐもった笑い声を立てた。

「黄金の髪に翠玉の瞳の子なら欲しいな」

 それは、彼がこの結婚に頷いた理由を端的に示していて。
 二の句を継げずに黙り込んだイルヴァを振り返ることもなく、彼は部屋を出て行った。

 ――愛しているのは、エメリだけだ。その彼女が手に入らないなら、彼女に繋がるものを手に入れたかった。
 正真正銘血の繋がった、愛する女に似た甥姪を産める女を。

「ううっ、嫌ぁ……っ!」

 ただ愛されないことよりも、もっと辛いことがあるなんて、知らなかった。
 慰める者もいない寝室で、イルヴァは独り泣きじゃくった。
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