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依存
別荘に移ってから冬を二度越え、イルヴァの部屋の窓辺にも株分けしたゼラニウムは、窓外の棚受けまで繁茂して、味気ない別荘を彩っていた。
「明日は、ユリウス様が来るから、念入りに準備しないと」
草花の変化には十分な時間が経っても、イルヴァ自身の生活はまるで変わっていなかった。
別荘を訪れるのは相も変わらずユリウスだけで、イルヴァの予定帳には『彼に会える日』と『彼に会えない日』の二種類の区別しか存在しない。彼が来る前は前々日から準備のために落ち着かず、彼が去った後は翌々日まで寂しさに溜息を吐きながら抜け殻のように過ごしている。
完全にユリウスに依存している、と思う。その自覚はあるけれど、彼が拒まないなら依存してもいいだろうと開き直る気持ちもある。
ユリウスは、毎度別れを惜しむ面倒なイルヴァのことを億劫がるどころか、別荘を訪れる頻度を高めてくれたし、イルヴァを『イルヴァ』と名前で呼ぶようになった。手のかかる幼児か何かだと思われているのかもしれない。
今日もイルヴァは彼の騎士道精神を搾取しながら、彼の訪れのみを心待ちにして暮らしている。
その夜も、次の日には会える彼が待ち遠しくて堪らなくて、寝台に入ってもなかなか寝つけなかった。
ぼんやりと窓の外を見ていると、馬の蹄の音と人の声が微かに聞こえた気がする。
「……予定よりも早く着いたのかしら」
それなら到着が早まると分かった時点で知らせてくれればいいのに、彼はイルヴァを驚かせようとして子どもじみた戯れを仕掛けることがあるから、今回もそれかもしれない。
まったく、こちらには出迎えの準備もあるのだから、早く知らせてくれた方が助かるのに――。
(……違うっ! ユリウス様なら、緊急の用でもないかぎり、夜に訪れたりしない。わたくしが出迎えたがることを知っているはずだもの)
ユリウスは、孤独なイルヴァが彼の訪れを心待ちにしていることを知っている。
朝になって『実は夜中に到着していました』と知らされようものなら、出迎えられなかったイルヴァが面倒くさく落ち込むことも想像がつくだろう。
それに、昼間に邪気の無い悪戯を仕掛けてイルヴァを膨れっ面にさせるくらいならともかく、夜中に訪れて眠りを妨げる礼を失した驚かせ方を、あの彼がするだろうか。
逆に言えば、礼儀に構う余裕も無いほどの緊急の用があって訪ねてきたのなら、一刻も早く用件を伝えようとして大声で呼びかけるはずだ。訪問者にはその様子が無かった。
(それに……人の、話し声。誰と一緒に来ているの?)
世間の目に晒されることを怖がるイルヴァを慮って、ユリウスが誰かと連れ立って訪れたことはなかった。
だが、彼以外の誰に、夜中にこの別荘を訪れる用があるというのだろう。
ついに、チリンチリン、と呼び鈴が鳴らされるのを聞いて、イルヴァは息を潜めて耳を澄ました。玄関扉を激しく叩く音がする。間もなく管理人夫婦が目を覚まして応対に出るだろう。
何かを話す人の声、何か重い物が床に落ちたような音――その音を聞いた瞬間に、警戒心を昂らせたイルヴァは、自室扉の内鍵を掛けた。悪いことが起きる予感は確信に変わっていた。
時を同じくして、複数人分の靴音が邸内に押し入ってきた。
『貴族サマの別荘だってのに、しけてやがんなあ』
粗野な口調の招かれざる客は、空き巣狙いの類だろうか。
それなら家主が不在のまま放置された寂れた別荘を装えば、多少の金品を持ち出すだけで見逃してくれるかもしれない。僅かな希望を抱いたイルヴァは、続く男たちの言葉を聞いて凍りついた。
『なあ? 我儘王女の幽閉先っつっても、マジでろくなもんを置いてないとは思わなかった』
『その姫サマも見当たらねえ。他の女は管理人のババアだけだっていうんじゃ、こっちも勃たねえし。姫サマは若いんだろ? みんなでマワしても保つといいな』
彼らは不用意に歩き回って、家人と遭遇することをまるで恐れていない。この別荘に彼らに対抗できる護衛がいないと知っているのだ。それどころかイルヴァを探しているらしい。
扉から一番距離を取れる場所、寝台の上でイルヴァが毛布に包まり震えていると、ドアノブがガチャガチャと耳障りな音を立てて回された。
『あれ? 鍵かかってんな。ババアはそんなこと言ってなかったけど』
『もしかして、起きてて、俺たちに気づいたんじゃね?』
木板が軋む程の強い力で扉を叩かれた。もしイルヴァが眠っていたとしても確実に飛び起きただろう音量の、イルヴァをろくでもない目に遭わせようとする悪意の塊をぶつけられて。
『ここまでして何も言わないって、絶対に起きてるだろ。怖くて震えてんのかなあ。もしもーし、大丈夫ですよー、何もしないから出ておいでー』
『いや、それは嘘だろ』
ぎゃはは、と野卑な声を上げて、男たちが笑い合う。
何が可笑しいのだろう。恐怖に震えることしかできないイルヴァを甚振ることは、それほど愉快なのだろうか。
それでも彼らとイルヴァを隔てる扉があったから。怖い思いも嫌な思いも、助けが来るまで我慢すれば済むと思っていた。
『お頭! ジジイが鍵を差し出しました!』
『ったく、遅いっつーの! 鍵寄越せ! よし、これで……』
結局、扉が力任せに破られることは無かった。扉の向こうで何か金属音がしたなと思っているうちに、ドアノブは滑らかに回って容易く開かれてしまったからだ。
「ひっ……」
「おいおい、誰だよ! 『醜女の我儘王女が妹の恋人を奪った』なんて言ったやつ! めちゃくちゃ美人じゃねえか!」
「確かに。金を差し出させて二、三回ヤったら殺せばいいかと思ってたけど、これは惜しいな」
汚らしい賊どもが自室に入り込むのを見て青ざめて後ずさるイルヴァとは対照的に、男たちは歓喜の声を上げていた。中には口笛を吹く者までいる。
「俺らはさあ、この家に金目の物が無いからイラついてたんだけどよ、あんたがいるなら話は別だ。その分あんたをたっくさん可愛がって、穴がゆるゆるのガバガバになっても殺さずに俺らで客取らせるか、娼館に売ってやるからな?」
言葉の意味が全部分かったわけではないけれど、ろくでもない宣告を受けたことは分かった。
にやにやと笑いながら『殺されずに済むんだ、美人に生まれて得したなあ』なんて言われても、ちっとも得だなんて思えない。ふるふると首を左右に振って拒否するイルヴァを取り囲むように、男たちはにじり寄ってきた。
「嫌……っ」
「そんなこと言うなよ。若い人妻? 未亡人だっけ? なのにこんなところに閉じ込められて、身体が疼いてるだろ?」
「いや、ここに男を通わせてるって噂を聞いたぜ。羽振りの良さそうな若い貴族の男に身体売って、貢がせてるって」
「マジかよ。姫サマ、顔に似合わず好き者だな! じゃあ、あと一人や二人と言わず、五人や六人増えてもいいよな」
この別荘をこれからの根城にすればいい、食い物も美女も備えつけなんて気が利いているな。王女の愛人のボンボンが訪ねてきたって、ちょっと脅かして黙らせて追い払えばいいだろう。いや、追い払うよりも王女を人質にとって金を払わせるのはどうか、ボンボンも捕まえちまえば身代金が――。
ろくでもない相談が勝手に進められていくのを、イルヴァは寝台に身体を押さえつけられながら聞いた。
「ほら、おとなしく脱げって」
「嫌! やめて……っ、」
これからこの男たちに犯される。逃げ場が無いことを悟ったイルヴァは、瞳に涙をいっぱいに溜めた。
怖くて堪らない。マティアスとの性交には苦痛の記憶しかないのに、あの責め苦を複数人相手に耐えないといけないのか。
仮にも侯爵令息で『国王から貰い受けた王女を殺すのはまずい』という認識はあったマティアスとは違って、この男たちはイルヴァを殺すことを何とも思わないだろう。
いっそ、一息に殺された方がマシだろうか、もっと酷いことをされるよりは――。
「ひっく、たすけてっ!」
「おー、可愛い声で泣いてらぁ」
「おねがいっ、助けて、ユリウス様……!」
怖い時に縋る相手は、やっぱりユリウスだった。だって、彼以外は誰も、イルヴァのことを助けてくれなかったから。
明日まで無事でいられたら、笑って彼を迎えられたのに。もしも誰かが助けてくれたとして、ユリウスのために用意したご馳走も食い尽くされて、彼のために整えた部屋も荒らし回られて、罪人の慰み者として汚された身体で、何事も無かったようにユリウスの前に立てる気はしなかった。
そもそも、彼の身の安全を思えば、賊の根城にされてしまうこの別荘など訪れない方がいいに決まっているけれど。例えば何か急用ができて引き返したとかで、ユリウスが訪れないまま二度と会えなくなる方が、彼のためにはなる――。
夜着を脱がせようと肌を這う、ざらついた手の感触が気持ち悪くて、溢れた涙で視界が滲んで何も見えなくなった時。
「イルヴァ!」
聞き間違えるはずもない声に重なって、肉をナイフで切る時のぐちゅりと湿った音と、鉄錆の匂いがした。
「……っ、ユリウス、さま?」
「まだ目を開けるな!」
鋭く叫ばれて、ぎゅっと目を瞑っているうちに、イルヴァの上にのしかかっていた男の重みは消えていた。
ふわりと身体が浮く浮遊感に驚いて目を開ける。
「怖かっただろう、もう大丈夫だからな」
「うっ、うう゛……っ!」
イルヴァを力強く抱き上げていた大好きな人の頰には、鉄錆の匂いの赤い液体が散っていたけれど、そんなこと、ちっとも気にならなくて。イルヴァは彼にひしとしがみついた。
「明日は、ユリウス様が来るから、念入りに準備しないと」
草花の変化には十分な時間が経っても、イルヴァ自身の生活はまるで変わっていなかった。
別荘を訪れるのは相も変わらずユリウスだけで、イルヴァの予定帳には『彼に会える日』と『彼に会えない日』の二種類の区別しか存在しない。彼が来る前は前々日から準備のために落ち着かず、彼が去った後は翌々日まで寂しさに溜息を吐きながら抜け殻のように過ごしている。
完全にユリウスに依存している、と思う。その自覚はあるけれど、彼が拒まないなら依存してもいいだろうと開き直る気持ちもある。
ユリウスは、毎度別れを惜しむ面倒なイルヴァのことを億劫がるどころか、別荘を訪れる頻度を高めてくれたし、イルヴァを『イルヴァ』と名前で呼ぶようになった。手のかかる幼児か何かだと思われているのかもしれない。
今日もイルヴァは彼の騎士道精神を搾取しながら、彼の訪れのみを心待ちにして暮らしている。
その夜も、次の日には会える彼が待ち遠しくて堪らなくて、寝台に入ってもなかなか寝つけなかった。
ぼんやりと窓の外を見ていると、馬の蹄の音と人の声が微かに聞こえた気がする。
「……予定よりも早く着いたのかしら」
それなら到着が早まると分かった時点で知らせてくれればいいのに、彼はイルヴァを驚かせようとして子どもじみた戯れを仕掛けることがあるから、今回もそれかもしれない。
まったく、こちらには出迎えの準備もあるのだから、早く知らせてくれた方が助かるのに――。
(……違うっ! ユリウス様なら、緊急の用でもないかぎり、夜に訪れたりしない。わたくしが出迎えたがることを知っているはずだもの)
ユリウスは、孤独なイルヴァが彼の訪れを心待ちにしていることを知っている。
朝になって『実は夜中に到着していました』と知らされようものなら、出迎えられなかったイルヴァが面倒くさく落ち込むことも想像がつくだろう。
それに、昼間に邪気の無い悪戯を仕掛けてイルヴァを膨れっ面にさせるくらいならともかく、夜中に訪れて眠りを妨げる礼を失した驚かせ方を、あの彼がするだろうか。
逆に言えば、礼儀に構う余裕も無いほどの緊急の用があって訪ねてきたのなら、一刻も早く用件を伝えようとして大声で呼びかけるはずだ。訪問者にはその様子が無かった。
(それに……人の、話し声。誰と一緒に来ているの?)
世間の目に晒されることを怖がるイルヴァを慮って、ユリウスが誰かと連れ立って訪れたことはなかった。
だが、彼以外の誰に、夜中にこの別荘を訪れる用があるというのだろう。
ついに、チリンチリン、と呼び鈴が鳴らされるのを聞いて、イルヴァは息を潜めて耳を澄ました。玄関扉を激しく叩く音がする。間もなく管理人夫婦が目を覚まして応対に出るだろう。
何かを話す人の声、何か重い物が床に落ちたような音――その音を聞いた瞬間に、警戒心を昂らせたイルヴァは、自室扉の内鍵を掛けた。悪いことが起きる予感は確信に変わっていた。
時を同じくして、複数人分の靴音が邸内に押し入ってきた。
『貴族サマの別荘だってのに、しけてやがんなあ』
粗野な口調の招かれざる客は、空き巣狙いの類だろうか。
それなら家主が不在のまま放置された寂れた別荘を装えば、多少の金品を持ち出すだけで見逃してくれるかもしれない。僅かな希望を抱いたイルヴァは、続く男たちの言葉を聞いて凍りついた。
『なあ? 我儘王女の幽閉先っつっても、マジでろくなもんを置いてないとは思わなかった』
『その姫サマも見当たらねえ。他の女は管理人のババアだけだっていうんじゃ、こっちも勃たねえし。姫サマは若いんだろ? みんなでマワしても保つといいな』
彼らは不用意に歩き回って、家人と遭遇することをまるで恐れていない。この別荘に彼らに対抗できる護衛がいないと知っているのだ。それどころかイルヴァを探しているらしい。
扉から一番距離を取れる場所、寝台の上でイルヴァが毛布に包まり震えていると、ドアノブがガチャガチャと耳障りな音を立てて回された。
『あれ? 鍵かかってんな。ババアはそんなこと言ってなかったけど』
『もしかして、起きてて、俺たちに気づいたんじゃね?』
木板が軋む程の強い力で扉を叩かれた。もしイルヴァが眠っていたとしても確実に飛び起きただろう音量の、イルヴァをろくでもない目に遭わせようとする悪意の塊をぶつけられて。
『ここまでして何も言わないって、絶対に起きてるだろ。怖くて震えてんのかなあ。もしもーし、大丈夫ですよー、何もしないから出ておいでー』
『いや、それは嘘だろ』
ぎゃはは、と野卑な声を上げて、男たちが笑い合う。
何が可笑しいのだろう。恐怖に震えることしかできないイルヴァを甚振ることは、それほど愉快なのだろうか。
それでも彼らとイルヴァを隔てる扉があったから。怖い思いも嫌な思いも、助けが来るまで我慢すれば済むと思っていた。
『お頭! ジジイが鍵を差し出しました!』
『ったく、遅いっつーの! 鍵寄越せ! よし、これで……』
結局、扉が力任せに破られることは無かった。扉の向こうで何か金属音がしたなと思っているうちに、ドアノブは滑らかに回って容易く開かれてしまったからだ。
「ひっ……」
「おいおい、誰だよ! 『醜女の我儘王女が妹の恋人を奪った』なんて言ったやつ! めちゃくちゃ美人じゃねえか!」
「確かに。金を差し出させて二、三回ヤったら殺せばいいかと思ってたけど、これは惜しいな」
汚らしい賊どもが自室に入り込むのを見て青ざめて後ずさるイルヴァとは対照的に、男たちは歓喜の声を上げていた。中には口笛を吹く者までいる。
「俺らはさあ、この家に金目の物が無いからイラついてたんだけどよ、あんたがいるなら話は別だ。その分あんたをたっくさん可愛がって、穴がゆるゆるのガバガバになっても殺さずに俺らで客取らせるか、娼館に売ってやるからな?」
言葉の意味が全部分かったわけではないけれど、ろくでもない宣告を受けたことは分かった。
にやにやと笑いながら『殺されずに済むんだ、美人に生まれて得したなあ』なんて言われても、ちっとも得だなんて思えない。ふるふると首を左右に振って拒否するイルヴァを取り囲むように、男たちはにじり寄ってきた。
「嫌……っ」
「そんなこと言うなよ。若い人妻? 未亡人だっけ? なのにこんなところに閉じ込められて、身体が疼いてるだろ?」
「いや、ここに男を通わせてるって噂を聞いたぜ。羽振りの良さそうな若い貴族の男に身体売って、貢がせてるって」
「マジかよ。姫サマ、顔に似合わず好き者だな! じゃあ、あと一人や二人と言わず、五人や六人増えてもいいよな」
この別荘をこれからの根城にすればいい、食い物も美女も備えつけなんて気が利いているな。王女の愛人のボンボンが訪ねてきたって、ちょっと脅かして黙らせて追い払えばいいだろう。いや、追い払うよりも王女を人質にとって金を払わせるのはどうか、ボンボンも捕まえちまえば身代金が――。
ろくでもない相談が勝手に進められていくのを、イルヴァは寝台に身体を押さえつけられながら聞いた。
「ほら、おとなしく脱げって」
「嫌! やめて……っ、」
これからこの男たちに犯される。逃げ場が無いことを悟ったイルヴァは、瞳に涙をいっぱいに溜めた。
怖くて堪らない。マティアスとの性交には苦痛の記憶しかないのに、あの責め苦を複数人相手に耐えないといけないのか。
仮にも侯爵令息で『国王から貰い受けた王女を殺すのはまずい』という認識はあったマティアスとは違って、この男たちはイルヴァを殺すことを何とも思わないだろう。
いっそ、一息に殺された方がマシだろうか、もっと酷いことをされるよりは――。
「ひっく、たすけてっ!」
「おー、可愛い声で泣いてらぁ」
「おねがいっ、助けて、ユリウス様……!」
怖い時に縋る相手は、やっぱりユリウスだった。だって、彼以外は誰も、イルヴァのことを助けてくれなかったから。
明日まで無事でいられたら、笑って彼を迎えられたのに。もしも誰かが助けてくれたとして、ユリウスのために用意したご馳走も食い尽くされて、彼のために整えた部屋も荒らし回られて、罪人の慰み者として汚された身体で、何事も無かったようにユリウスの前に立てる気はしなかった。
そもそも、彼の身の安全を思えば、賊の根城にされてしまうこの別荘など訪れない方がいいに決まっているけれど。例えば何か急用ができて引き返したとかで、ユリウスが訪れないまま二度と会えなくなる方が、彼のためにはなる――。
夜着を脱がせようと肌を這う、ざらついた手の感触が気持ち悪くて、溢れた涙で視界が滲んで何も見えなくなった時。
「イルヴァ!」
聞き間違えるはずもない声に重なって、肉をナイフで切る時のぐちゅりと湿った音と、鉄錆の匂いがした。
「……っ、ユリウス、さま?」
「まだ目を開けるな!」
鋭く叫ばれて、ぎゅっと目を瞑っているうちに、イルヴァの上にのしかかっていた男の重みは消えていた。
ふわりと身体が浮く浮遊感に驚いて目を開ける。
「怖かっただろう、もう大丈夫だからな」
「うっ、うう゛……っ!」
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