好きを教えて

秋臣

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我が家に平穏が戻ってきてくれた。
恋愛なんてものは一気に燃え上がることもあるが、大体はそうそう簡単に行くものではない。
特に才の恋なんてゆっくりでいいんだ、ゆっくりで。なんなら恋心なんて消滅してしまえ。

少し気持ちが楽になった。
嫌だけど楽になった。
そうだよ、嫌なものは嫌なんだ、応援なんかできるか!
見上さん、素晴らしい!

あの日、俺の私情とわがままで仕事を休んで、見上さんの予約をキャンセルしてしまったのに、怒るどころかデートなんていう軽口で、俺を誘い出してくれて話を聞いてくれた。
見上さんは、
「応援なんかできるわけないだろ。
俺が一番幸せにできるんだから」
と言い切った。
この手の話をすると大体否定される、
それが一般的な考え方。 
でも見上さんは極端な持論を持ちつつ、俺を否定しないでくれた。
それが嬉しかった。
あの時の俺は肯定が欲しかった。
見上さんのおかげで気持ちが落ち着いた。
あの喫茶店のコーヒー、きっと才も好きだと思う。飲ませてやりたい。

そんな見上さんの予約が一ヶ月ぶりに入っている。

「おう、久しぶり!」
「こんにちは、ご無沙汰してます」
見上さんの予約が一ヶ月開くのは珍しい。
「忙しいですか?」
「まあ、いろいろな」
いろいろ……聞かない方がいいだろうな。

「どうよ? 坊主とは仲直りできたのか?」
「はい、おかげさまで」
「顔見りゃわかるけどな。締まりのない顔しやがって」
「そんな顔してます?」
「してるしてる、鏡見てみろ」
見てみる。
「な? いい男がいただろ?」
「あははははは! 鉄板ネタですね」
「ふっ いい顔してるよ」
「ありがとうございます」

施術に入る。
今日の施術も極々小さなタトゥーだ。 
観音様が完成してからはずっとこういうオーダーか、観音様のメンテナンスだ。
どんなに小さかろうと妥協はしない。
綿密に相談し、図案を描き、また相談しを繰り返してやっと施術に入る。
その施術も小さなものなら早ければ30分で終わるが見上さんは何回にも分けてやる。
それがオーダーなので俺は応える。
いろいろ思うところはあるけれど。

「見上さん」
「ん?」
「前に連れて行ってくれた喫茶店のコーヒーが美味しかったので、才を連れて行ってもいいですか?」
「ダメだ」
「あ……すみません……」
調子に乗りすぎた。
なんでも許容してくれるわけではない、当たり前だ。

「冗談だよ、坊主連れてってやれ」
「いいんですか? 喜びます」
「プリンか?」
「プリンもですけど、才、コーヒー好きなんです。この前飲んだのが才の好みに似てて」
「へえ」
「早速休みにでも行ってみますね、ありがとうございます」

今日の施術箇所は観音様の下あたり、腰の位置だ。
服を着ていてもできるが、見上さんは
「邪魔だろ?」
と言って大抵脱ぐ。
こちらとしては大変やり易くて助かる。
服を着ていると汚さないように、シワにならないようにと気になってしまう。
受ける側としてはあまり脱ぎたくないのもわかるから、場所によっては服を着てもらっても構わないと伝えてる。

見上さんは確か俺より4歳上だったと思う。
42歳、年齢の割に体は締まってる。
腹など出てないし、程よく筋肉がついていて弛んだところなどない。
肌もなめらかで張りがある。
だから施術しやすい。
平日は髪の毛をピシッと綺麗に撫であげてるが、休みの日は少しラフ。
まだほとんど白髪もなくスーツ着て、一人で立ってれば有能なビジネスマンか起業家のような雰囲気だ。実際株で相当儲けを出しているらしい、組とは関係ない、見上さん個人の資産だ。全て独学で成し遂げたというから有能なのだと思う。
今日は平日なので仕事モードだ。

「坊主とはちゃんと話できたのか?」
「腹割って話しました、ドン引きされました」
「ドン引き?」
「どんな奴を連れてきても許さない。
それでも連れてくるなら自分の額に才の名前のタトゥーを躊躇なく入れられるくらい気合い入ったやつにしろと言いました」
「わははははは! そりゃドン引きされるわな!」
「そんなやついないでしょうね、いなくていいですけど」
「頼ちゃん、開き直ったな」
「はい」
「俺なら躊躇なく入れるよ」
「ええっ!? マジか……」
「驚くことか?」
「それ好きな相手の名前ですよ?」
「わかってるよ、いくらでも入れてやる」
「今、入れましょうか?w」
「おう、いいぞ」
「マジか」
「やれ」
ふっ
俺は水性ペンを持つと、
「なんの文字を入れます?」
と聞いた。
見上さんは、
「頼」
と答えた。

え?
『頼』って言った?
聞き間違えた?
うん、きっとそうだ。

「見上さん、俺聞き間違えたみたい、
もう一度言ってもらえますか?」
「頼」
「……」
「頼りになるの頼、信頼の頼」
「……」

「俺が惚れてる男の名だ」
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