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大人
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初夏の蒸し暑い夜、仕事帰りにColourに寄った。
週末になると珀次が来るのを避けるのが習慣になってしまっていた。
金曜日はここに寄り、土日は居留守。
珀次のへこたれなさに辟易していたし、もう引っ越すしかないかなと思い始めていた。
Colourに行く時に誰とも待ち合わせなどしない。そもそも連絡先を知らない。
誰かいれば話す時もあるし、誰もいない時もあるし、いても話さない時もある。
そんな気まぐれな関係でいられるのが今の俺には合ってると思う。
その夜は橙花さんがいた。
本当に名前しか知らない。
一人で来ていても時々灰嶋さんと話すくらいで静かに飲んでる人。
グラスを掲げると橙花さんもグラスを掲げてくれて隣で飲む時もある。逆もある。
他の人と話してる時ももちろんある。
今日は別にいいかなと一人で飲み始めた。
金曜日は特に珀次のことが頭をよぎるので飲みたくなる。
ハイボールからロックへ切り替えて数杯飲み、そろそろ帰ろうかなと思った時、橙花さんが目に入った。
俺より先に来ていて、ずっと飲み続けている。
強い方ではあるみたいだが、ちょっと飲み過ぎてないか?
灰嶋さんも、
「そろそろやめましょうか」
とやんわりストップをかけている。
「弱いのにするから」
とまだ飲み足りなそうな橙花さん。
そういう時もあるよなと、会計を済ませて俺は店を出た。
「え? なんでいるの? さっき帰ったよね?」
橙花さんが驚いている。
30分ほど店の外にいた。
俺が来てたことは把握してたんだな。
「飲み過ぎですよ」
「……」
「駅まで送ります」
「……」
ふらふらはしてない、本当に強いんだな。
駅に着いた、徒歩1分。
ふっ
ふふ
あはははは!
橙花さんが笑い出す。
「駅、目の前なんだけどw」
「そうなんですよ、駅まで送るっていう常套句が通用しないんですよ」
「あははは!」
ふっ
大丈夫そうかな。
「……碧くん、ありがとう」
「いえ」
橙花さんが俺に寄りかかる。
「ごめん、笑ったらちょっと気が緩んじゃった」
「じゃあ、今度俺も気が緩んだら寄りかからせてください」
ふふ
ふっ
「ありがとう」
少しだけ触れてる片側に熱を感じる。
なにかあったに違いない。
聞いてもいいのだろうか?
聞かない方がいいのか?
駅を目の前にして足を踏み出せない。
帰れないのはどうしてなんだ。
「橙花さん」
「ん?」
「……俺たち大人ですよね?」
「……うん」
たったそれだけ言葉を交わして俺たちはホテルに向かった。
ホテルの部屋に入る。
言葉が見つからない、出てこない。
そんな俺に橙花さんが小さく囁く。
「ラブホにしないでくれてありがとう」
俺の小さなプライドだった。
橙花さんをセフレのような扱いにしたくなかった。
どこだろうが行為に及んだら同じなのはわかっているが、なんとなくラブホは避けたかった。
それを汲み取ってくれた橙花さんが嬉しかった。
「なにかありましたか?」
「わかるの?」
「あんな飲み方してるの初めてみました」
「……飲めば紛れるかなって思ったんだけど、逆だった。飲んで現実から逃げようとしてる自分を追い詰めるだけだった」
「灰嶋さんが止めてなかったら俺が止めてました」
「ごめんね……」
「謝ることじゃないです」
ベッドに腰掛けると橙花さんは静かに話し始めた。
「付き合っている彼が私の親友と結婚するって」
そんな漫画やドラマみたいなこと現実にあるのか?
「今、漫画みたいって思ったでしょ?」
と橙花さんが笑う。
「私も思った。嘘みたい、こんなことあるんだって。現実に思えなかった」
「……」
「二人で謝るの。『ごめん、理佐ちゃんのこと好きになってしまった』
『どうしても明嗣くんのことが忘れられないの』
私の部屋で二人で土下座して謝るの」
「……」
「全然気づかなかった。結婚まで決意するほどだったなんて……
よくある話だと理佐に赤ちゃんができたから責任取って結婚ってなるんだろうけど、そうじゃなかった。妊娠なんてしてなくて、純粋に二人とも好きなんだって。私、理佐が妊娠しててくれてた方が諦められたかもしれない。
だって、それなら仕方ないなって思えたかもしれない。
赤ちゃんのせいにしたかった。
誰かのせいにしたかった。
でもそうじゃなくてお互いに好きで好きで一緒にいたいってだけなら……私のこと好きじゃないって言ってるのと同じでしょ?
それなら私引くしかない。
どちらにしても私が引くしかなかったのよね。
自分が自分でいられるうちに、惨めだって思わないように精一杯強がって『こっちが捨ててやるし、くれてやる。どれだけ他の人たちがあなたたちを祝福しても私だけは祝福しない』って言っちゃった」
「橙花さん……」
「かっこ悪いし、最高に惨めだった。
私、彼と友達、同時に失っちゃった」
橙花さんは泣かない。
強い人だ。
いや、違う。
きっと今日までたくさん泣いたんだ。
こうして人に話しても涙が溢れないくらい枯れるまで泣いたんだ。
でも時間が経てばまたそれはいっぱいになって溢れてしまうのだろう。
週末になると珀次が来るのを避けるのが習慣になってしまっていた。
金曜日はここに寄り、土日は居留守。
珀次のへこたれなさに辟易していたし、もう引っ越すしかないかなと思い始めていた。
Colourに行く時に誰とも待ち合わせなどしない。そもそも連絡先を知らない。
誰かいれば話す時もあるし、誰もいない時もあるし、いても話さない時もある。
そんな気まぐれな関係でいられるのが今の俺には合ってると思う。
その夜は橙花さんがいた。
本当に名前しか知らない。
一人で来ていても時々灰嶋さんと話すくらいで静かに飲んでる人。
グラスを掲げると橙花さんもグラスを掲げてくれて隣で飲む時もある。逆もある。
他の人と話してる時ももちろんある。
今日は別にいいかなと一人で飲み始めた。
金曜日は特に珀次のことが頭をよぎるので飲みたくなる。
ハイボールからロックへ切り替えて数杯飲み、そろそろ帰ろうかなと思った時、橙花さんが目に入った。
俺より先に来ていて、ずっと飲み続けている。
強い方ではあるみたいだが、ちょっと飲み過ぎてないか?
灰嶋さんも、
「そろそろやめましょうか」
とやんわりストップをかけている。
「弱いのにするから」
とまだ飲み足りなそうな橙花さん。
そういう時もあるよなと、会計を済ませて俺は店を出た。
「え? なんでいるの? さっき帰ったよね?」
橙花さんが驚いている。
30分ほど店の外にいた。
俺が来てたことは把握してたんだな。
「飲み過ぎですよ」
「……」
「駅まで送ります」
「……」
ふらふらはしてない、本当に強いんだな。
駅に着いた、徒歩1分。
ふっ
ふふ
あはははは!
橙花さんが笑い出す。
「駅、目の前なんだけどw」
「そうなんですよ、駅まで送るっていう常套句が通用しないんですよ」
「あははは!」
ふっ
大丈夫そうかな。
「……碧くん、ありがとう」
「いえ」
橙花さんが俺に寄りかかる。
「ごめん、笑ったらちょっと気が緩んじゃった」
「じゃあ、今度俺も気が緩んだら寄りかからせてください」
ふふ
ふっ
「ありがとう」
少しだけ触れてる片側に熱を感じる。
なにかあったに違いない。
聞いてもいいのだろうか?
聞かない方がいいのか?
駅を目の前にして足を踏み出せない。
帰れないのはどうしてなんだ。
「橙花さん」
「ん?」
「……俺たち大人ですよね?」
「……うん」
たったそれだけ言葉を交わして俺たちはホテルに向かった。
ホテルの部屋に入る。
言葉が見つからない、出てこない。
そんな俺に橙花さんが小さく囁く。
「ラブホにしないでくれてありがとう」
俺の小さなプライドだった。
橙花さんをセフレのような扱いにしたくなかった。
どこだろうが行為に及んだら同じなのはわかっているが、なんとなくラブホは避けたかった。
それを汲み取ってくれた橙花さんが嬉しかった。
「なにかありましたか?」
「わかるの?」
「あんな飲み方してるの初めてみました」
「……飲めば紛れるかなって思ったんだけど、逆だった。飲んで現実から逃げようとしてる自分を追い詰めるだけだった」
「灰嶋さんが止めてなかったら俺が止めてました」
「ごめんね……」
「謝ることじゃないです」
ベッドに腰掛けると橙花さんは静かに話し始めた。
「付き合っている彼が私の親友と結婚するって」
そんな漫画やドラマみたいなこと現実にあるのか?
「今、漫画みたいって思ったでしょ?」
と橙花さんが笑う。
「私も思った。嘘みたい、こんなことあるんだって。現実に思えなかった」
「……」
「二人で謝るの。『ごめん、理佐ちゃんのこと好きになってしまった』
『どうしても明嗣くんのことが忘れられないの』
私の部屋で二人で土下座して謝るの」
「……」
「全然気づかなかった。結婚まで決意するほどだったなんて……
よくある話だと理佐に赤ちゃんができたから責任取って結婚ってなるんだろうけど、そうじゃなかった。妊娠なんてしてなくて、純粋に二人とも好きなんだって。私、理佐が妊娠しててくれてた方が諦められたかもしれない。
だって、それなら仕方ないなって思えたかもしれない。
赤ちゃんのせいにしたかった。
誰かのせいにしたかった。
でもそうじゃなくてお互いに好きで好きで一緒にいたいってだけなら……私のこと好きじゃないって言ってるのと同じでしょ?
それなら私引くしかない。
どちらにしても私が引くしかなかったのよね。
自分が自分でいられるうちに、惨めだって思わないように精一杯強がって『こっちが捨ててやるし、くれてやる。どれだけ他の人たちがあなたたちを祝福しても私だけは祝福しない』って言っちゃった」
「橙花さん……」
「かっこ悪いし、最高に惨めだった。
私、彼と友達、同時に失っちゃった」
橙花さんは泣かない。
強い人だ。
いや、違う。
きっと今日までたくさん泣いたんだ。
こうして人に話しても涙が溢れないくらい枯れるまで泣いたんだ。
でも時間が経てばまたそれはいっぱいになって溢れてしまうのだろう。
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