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1.この世界の真理

殺戮

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 「はっ」

 しかし、アンバーの馬鹿にしたような笑いで会場の雰囲気は一変する。


「妃?至極、幸福?」

「?」

 そう聞かれ、眉をひそめるソフィア。自分は完璧な振る舞いをしたにも関わらず、この男の態度はなんだ。予想外の展開に思わず不安になる。


「ははは、おかしなことを言うやつだ」

 声を出して笑い出したアンバーに、一歩後ずさるソフィア。

「誰がお前なんぞ幸せにするか。これからあるのは絶望のみ」

「え?」

「あの性悪女は嫁に出すと小娘達に説明しているのか。お前達は、ただの人身売買、奴隷として売られているだけなのに」


 ……何かの聞き間違えだろうか。
 人身売買?奴隷?
 
 一体なんのこと?
 
 この男は、何を言っているんだろうか。しかも、これだけ完璧に美しい自分を前にこの不遜な態度はなんなのか。伯爵だろうが関係ない、こんな無礼、許されるはずがない。
 きっとそのうち、メンフィルの大人が嗜めてくれるはず。

 今日は自分の晴れ舞台。しかも今までにない程大規模な。国にとっても私にとっても特別な日になる予定なのに。

 ソフィアは男の言う事を信じられなかったし、信じたくなかった。自分が奴隷だなんて、逸材の美少女として大事にされてきたのに、そんなはずはないと。

 もちろんソフィアだけではなく会場中、国民達もざわついた。男が言うことは事実なのか、事実であったら大変なことだ、と。


 どうしても納得いかない様子のソフィアにアンバーが虫ケラでも見るような目で罵った。

「お前、切ったら柔らかそうだなぁ」

 喉が渇いた位、何気なく呟いた一言。
 しかし、それに込められた分かりやすい程の殺気に、ソフィアの体が一瞬にして凍りつく。悲鳴をあげたくてもあげられない、少しでも目の前の人物の不興を買ったら殺される。

 戦争とは無縁、国内での殺人事件だってほとんどない平和なメンフィルで、その殺気は未知だった。まるで剣を胸元に突きつけられているような、息を忘れる程の緊張感。

 ようやく目の前の男から危険を察知したソフィアだったが、逃げ出す余裕なんてあるはずがなかった。
 
 ソフィアだけでなく、皆が動揺している間に、舞台の袖から賊っぽい格好をした仲間達がぞろぞろ壇上へ上がってくる。

「ここが、天界だか楽園だか知らんが、やけに花が多い国だと思ったら国民の頭ん中もお花畑とはな。どうりで呑気な間抜けヅラばっかりな訳だ」

  会場中を見渡してそう毒づく。

「試し切りにちょうど良さそうだな」

 良い案を思いついたとばかりに、アンバーの目が輝く。彼にとって人殺しはただの退屈しのぎ、遊びのようなもの。

 こんなに切ってもよい生物が目の前に用意されていることに、歓喜しているかのようだ。

 まさに狂人。フェンリルにはいない猟奇性を持っている。


「こんな弱い奴ら切って楽しいですかね?」

 アンバーの仲間の1人が、眉をひそめながら尋ねる。切りごたえがないと言いたいのだろう。

「楽しいだろ、天妖族のくせに思い上がりやがって。これぞ弱肉強食、最高じゃねぇか。世界の厳しさ教えてやろうぜ」


 ソフィアのメンタルはもう限界まで追い詰められていた。今までは恐怖が勝っていたが、自分は奴隷として売られようとしていることが、どうしても耐え難く頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。


「……いや、これは一体どういうことなの?」

 カシャン、と頭の上のティアラが床へ落ちる。そのティアラを踏みにじりながら、アンバーが世界の残酷な真実を突きつけた。

「ここでどんな洗脳教育されてんだか知らねぇが、天妖族なんざ、世界じゃただの世間知らずな田舎モグラとしか認識されてねぇんだよ」

「そんなはずない!ありえない!」

 発狂するように言い放つと、癪に触ったアンバーが剣を抜いた。

「うるせぇなぁ」

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ」

 一瞬だった。ソフィアの背中を剣で切りつける。ソフィアの悲痛な悲鳴と、真っ白なウェディングドレスが真っ赤に染まっていく。
 突如、混乱する会場。皆、慌ただしく我先にと逃げ出そうとする。

「お前ら一歩も動くなよ!会場から出ようとした奴から切るぜ」

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