ボクのダンジョン健康法

七瀬ななし

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第81話 雨の日ハンバーグとねこたん行進曲

 しとしとと、雨が降っていた。

 空は灰色で、庭の木々は静かに濡れている。水たまりに落ちる雨粒が、ぽつ、ぽつ、とやわらかく音を立てていた。

「ねこたん、ねこたん!」

 そんな中、凛ちゃんはご機嫌だった。

 小さな傘をさし、片手でしっかりとニャーを抱きしめている。傘は少し斜めで、半分くらい自分が濡れているのだが、そんなことは気にしていない。

「ニャー」

 ニャーはというと、完全に運ばれている。

 雨粒を気にする様子もなく、腕の中でぐでっとしていた。

 その後ろを、じっとりとした視線で追う人物がいる。

「……いいなあ」

 ランファンだ。

 小さくつぶやきながら、スマホで写真を撮っている。

 カシャ。

 カシャ。

 完全に記録モードである。

「……」

「お前も抱けばいいだろ」

「……だめ」

 短く答える。

「凛ちゃんが抱いてるから」

「そうか」

 謎の遠慮である。

 ボクたちは、傘をさしながら商店街へ向かっていた。

 なぜ外出しているのか。

 理由は単純だ。

「今日はねー、ハンバーグ!」

 凛ちゃんが元気よく言う。

 そう。

 今日は、凛ちゃんのお母さんの帰りが遅いらしく、

「じゃあ、夕飯はうちで食べていきなさい」

 という流れになったのだ。

 ハンバーグを作ることは決まった。

 だが――。

「パン粉がない」

 という致命的な事実が判明し、こうして買い出しに来ているわけである。

「らんらんらん、たのしいあめあめ、ジャノーメだー♪」

 凛ちゃんが歌い出した。

「……」

「蛇目か」

 思わずつぶやく。

 もはや誰も知らない単語である。

「ジャノーメってなに?」

 もぐらくんが聞く。

「知らないもん」

 凛ちゃんはそのまま歌い続ける。

 語感だけで成立している。

「人の名前みたいになっとるな」

「ジャノーメさん」

「新しい講師ですかね」

「いない」

 そんなこんなで買い物を済ませ、塾に戻るころには――。

「……」

「結構濡れてるな」

 凛ちゃんの髪がしっとりしていた。

 傘の役割を半分くらいしか果たしていない。

「こっち来い」

 タオルで頭を拭いてやる。

「えへへ」

 嬉しそうだ。

 椅子に座らせると、すぐに立ち上がる。

「りんちゃん、てつだーう!」

「おお」

「じゃあ」

 ボクはトマトを差し出した。

「これ数えてくれ」

「うん!」

 元気よく頷く。

「ひとーつ!」

「ふたーつ!」

「みっつ!」

「たくさーん!」

「……」

「適当だな」

「たくさんはたくさんなの!」

「そうか」

 まあいい。

 数はあとで確認すればいい。

 そのうち、台所にいい匂いが広がり始めた。

 ひき肉をこねる音。

 玉ねぎを炒める香り。

 ジュウ、と焼ける音。

「……いい匂いですね」

 もぐらくんが入ってきた。

「今日はハンバーグっすか」

「そうだ」

 その後ろから、ぞろぞろと人が増える。

 アレクセイ。

「腹減った」

 セーラ。

「いい匂い……」

 ランファン。

 無言でカメラを構えている。

 さらに――。

「おいっす!」

 ポチの手下たちまでやってきた。

「……」

「増えたな」

 凛ちゃんがぱっと顔を輝かせる。

「あ、ポチたんのてしただー!」

「おう!」

「トマト数えるの手伝って!」

「え?」

「いいっすよ!」

 完全に仕事を押し付けている。

「ひとーつ!」

「ふたーつ!」

「三十……?」

「おい適当すぎるだろ」

 わいわい。

 がやがや。

 台所は一気に騒がしくなった。

 やがて、焼きあがるハンバーグ。

 皿に並べる。

 ソースをかける。

「ほら」

「できたぞ」

「いただきまーす!」

 一斉に箸が伸びる。

 肉汁。

 ふわふわの食感。

「うまっ!」

「最高っす!」

「おいしい……」

 凛ちゃんも小さな口で一生懸命食べている。

「ねこたんも!」

「ニャー」

 ニャーも当然のように参加している。

 ポチも「ワフ」と満足そうだ。

 だが――。

「……」

「ちょっと待て」

 ボクは皿を見た。

「一個足りない」

「え?」

 もぐらくんが首をかしげる。

「さっき数えたっすよ?」

「お前の数え方信用ならん」

「ひどい!」

 ボクは周囲を見回す。

 そして。

「……」

「セーラ」

「……なに?」

 目をそらす。

「口元にソースついてるぞ」

「……」

「……」

 セーラはそっと拭いた。

「ルルルー」

 ごまかしている。

「一個多く食べただろ」

「そんなことないよー?」

 完全に白を切っている。

「……」

「足りないんだが」

「塾長、焼いてよー」

 にこにこしている。

「……」

「仕方ないな」

 結局、またフライパンに火を入れることになった。

 ジュウ、と音が鳴る。

 追加のハンバーグ。

 次々と焼く。

 気がつけば、最初より量が増えている。

「……」

「なんだこれ」

 凛ちゃんは満足そうに笑っていた。

「おいしいね!」

「そうだな」

 雨はまだ静かに降っている。

 窓の外は薄暗いが、室内は暖かく、にぎやかだ。

 肉の匂いと、笑い声。

「……」

「まあ」

「いい日だな」

 ナビ子が言った。

『仕事しかしてませんけどね』

 ボクは。

 聞こえなかったことにした。
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