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第二章
第16話「日常の灯火」
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戦から戻って数日。
村はまだ戦の余韻に包まれていた。瓦礫を片づける音、家を直す木槌の音、そして無事を喜び合う人々の笑い声。
リシアは家の庭で洗濯物を干していた。
風に揺れる布の白さを眺めながら、ようやく「普通の生活」に戻ったのだと実感する。
けれど、その小さな手に残る剣の重みの記憶が、胸の奥で燻り続けていた。
「お姉ちゃん! これ見て!」
弟のレオンが、庭の隅で捕まえたカブトムシを誇らしげに掲げる。
リシアは笑顔を作って、彼の頭を撫でた。
「すごい……! レオンの方がずっと強いね」
「えへへっ。姉ちゃんだって強いよ! だって英雄だもん!」
その言葉に、胸がちくりと痛む。
(……英雄なんかじゃない。あの時、戦ったのは私じゃなくて、ベルナルトだった)
夜。母が作った温かいスープを囲み、家族と他愛もない話をする。
父は珍しく早く帰宅し、疲れた顔でありながら娘の無事を心から喜んでいた。
「よく生きて帰ったな、リシア。お前は誇りだ」
「……ありがとう」
リシアは微笑みながらも、下を向いて器を両手で持つ。小さな指がまだ震えていた。
食後、縁側で夜風にあたる。
澄んだ空に星が瞬き、弟の寝息が背後から聞こえる。
ふいに、意識がまた淡い霧に包まれていった。
――意識の草原。
そこに、老いたベルナルトが立っていた。
背筋を伸ばしながらも、その横顔にはどこか翳りがある。
『……お前はよくやった。だが、この身体では剣の重みに呑まれる。まだ時期尚早だ』
「それでも……私がやらなきゃ。私の剣で、みんなを守りたいの」
『守ることと、勝つことは違う。わしは勝つために剣を学んだ。お前は――』
「私は、勝つためにじゃない。守るために、強くなりたいんだ」
リシアの声はか細いけれど、芯の強さを帯びていた。
ベルナルトはしばらく黙り、やがて口元にわずかな笑みを浮かべる。
『……なるほど。ならば稽古を重ねよう。お前の剣を形にするためにな』
リシアはきゅっと拳を握りしめた。
「うん。私、必ず強くなる」
意識が現実に戻ると、庭の向こうにセリナの姿があった。
夜風に黒髪を揺らし、焚き火の赤い光を背に立っている。
「リシア」
「……セリナ?」
「今日の稽古、まだ甘い。次は容赦しないぞ」
リシアは驚いたように笑みを浮かべ、そして頷いた。
「……うん。もう逃げないから」
心の奥で、ベルナルトが静かに囁く。
『そうだ。お前の剣は、ここから鍛え上げられる』
夜空に散る星々が、二つの魂を包み込むように瞬いていた。
村はまだ戦の余韻に包まれていた。瓦礫を片づける音、家を直す木槌の音、そして無事を喜び合う人々の笑い声。
リシアは家の庭で洗濯物を干していた。
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けれど、その小さな手に残る剣の重みの記憶が、胸の奥で燻り続けていた。
「お姉ちゃん! これ見て!」
弟のレオンが、庭の隅で捕まえたカブトムシを誇らしげに掲げる。
リシアは笑顔を作って、彼の頭を撫でた。
「すごい……! レオンの方がずっと強いね」
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その言葉に、胸がちくりと痛む。
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父は珍しく早く帰宅し、疲れた顔でありながら娘の無事を心から喜んでいた。
「よく生きて帰ったな、リシア。お前は誇りだ」
「……ありがとう」
リシアは微笑みながらも、下を向いて器を両手で持つ。小さな指がまだ震えていた。
食後、縁側で夜風にあたる。
澄んだ空に星が瞬き、弟の寝息が背後から聞こえる。
ふいに、意識がまた淡い霧に包まれていった。
――意識の草原。
そこに、老いたベルナルトが立っていた。
背筋を伸ばしながらも、その横顔にはどこか翳りがある。
『……お前はよくやった。だが、この身体では剣の重みに呑まれる。まだ時期尚早だ』
「それでも……私がやらなきゃ。私の剣で、みんなを守りたいの」
『守ることと、勝つことは違う。わしは勝つために剣を学んだ。お前は――』
「私は、勝つためにじゃない。守るために、強くなりたいんだ」
リシアの声はか細いけれど、芯の強さを帯びていた。
ベルナルトはしばらく黙り、やがて口元にわずかな笑みを浮かべる。
『……なるほど。ならば稽古を重ねよう。お前の剣を形にするためにな』
リシアはきゅっと拳を握りしめた。
「うん。私、必ず強くなる」
意識が現実に戻ると、庭の向こうにセリナの姿があった。
夜風に黒髪を揺らし、焚き火の赤い光を背に立っている。
「リシア」
「……セリナ?」
「今日の稽古、まだ甘い。次は容赦しないぞ」
リシアは驚いたように笑みを浮かべ、そして頷いた。
「……うん。もう逃げないから」
心の奥で、ベルナルトが静かに囁く。
『そうだ。お前の剣は、ここから鍛え上げられる』
夜空に散る星々が、二つの魂を包み込むように瞬いていた。
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