月下遊戯(げっかゆうぎ)

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第8話「揺れる均衡」

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冷たい照明が灯る会議室。
壁に映し出された監視映像には、昨夜の戦闘の記録が繰り返し流れていた。
黒い布をまとった少女――〈ジョーカー〉が、必死に銃を構え、赤いマントの怪盗を追う姿。
しかし最後に積荷をさらったのは、やはりクラウンだった。

「……結果は失敗。君の働きだけでは不十分だ」

無機質な声が天音の耳に突き刺さる。
ヴァルハラ社の幹部は、彼女に表情ひとつ見せず淡々と告げた。

「次の任務では、別の影を同行させる。詳細は追って伝える」
「……了解」

天音は感情を押し殺し、静かに頭を下げる。
その胸に抱いた〈Quiet Teddy〉だけが、彼女の小さな鼓動を知っていた。

(また……信じてもらえなかった)
内心の声を、誰も聞くことはない。
唇の端に浮かぶのは、無表情を装うための硬い線。



午後。
高校の進路相談室。
神楽隼人は机の上に資料を広げ、向かいの生徒に問いかけていた。

「将来、やりたいことはあるか?」
「うーん……まだ決まってなくて」

目を伏せる生徒を見つめながら、隼人はふと遠い日の自分を思い出す。
やりたいことが見えず、ただ日々をやり過ごしていた頃の空白。
――その空白を埋めるように、彼は仮面を被った。

耳元でヴェイルの声が落ちる。
「昨夜の設計図には、子供を用いた実験記録が含まれていました」
「子供を……」
思わず握る手に力がこもる。だが、すぐに笑みを作った。
「夢は、まだ見つからなくてもいい。探し続ければいいんだ」

生徒は安心したように頷いた。
隼人は胸の奥に渦巻くざわめきを、笑顔の裏に押し込めた。



夕暮れの商店街。
天音は駄菓子屋の袋を片手に、ふらつきながら自販機に小銭を入れていた。
だが古い機械は反応せず、ガコンと硬貨を飲み込んだまま沈黙する。

「え、ちょっと! 返してよー!」
小さな拳で叩くが、返却口はうんともすんとも言わない。

その後ろから、低い声がかかった。
「調子が悪いらしいな。……試してみてもいいか?」

振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。
琥珀色の瞳に軽い笑みを宿した、見覚えのある“大人”。

「あ……この前の、おじさん」

隼人は苦笑し、指先で軽くボタンを押す。
カラン、と音を立てて瓶が転がり出た。

「ほら。こういうのは力じゃなく、ちょっとしたコツだ」
「すごい! ありがとう!」
天音は小さな手で瓶を抱え、嬉しそうに笑った。

「お礼に……これ、あげる」
彼女は駄菓子屋で買ったばかりのラムネを一本差し出した。

「おじさん、ラムネ飲んだことある? めっちゃおいしいんだよ」
「ふふ、じゃあいただこう。君のおすすめなら、きっと名演だ」

隼人は軽く頭を下げ、ラムネ瓶を掲げる。
天音は「変な人だなぁ」と呟きつつも、どこか楽しげに手を振った。



夜の帳が降りる。
天音は制服を脱ぎ捨て、仮面と黒布をまとった。
〈Quiet Teddy〉が闇の中で静かに形を変え、銃口を光らせる。

「……次は、必ず」
少女の声が消え、影がトンネルへと溶けていった。

その頃、ヴァルハラ社の別室。
幹部たちが密やかに頷き合う。

「ジョーカーには知らせるな。第二の影を動かす」
「はい。彼女には彼女の役を演じさせればいい」

知らぬ間に、天音の背後にもう一つの影が忍び寄ろうとしていた。
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