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第4話「カモミールの祈り」
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夜はまだ深い。
雨上がりの街は、アスファルトが濡れて光り、街灯の灯りを滲ませていた。
白衣のまま、傘も差さず歩いていた女の人がふと足を止める。
看板の上で、月を映すようにやさしく光が揺れていた。
「Midnight Café」
「……カフェ?」
夜勤帰りの看護師・真紀(まき)は、思わず独り言をもらす。
体は重く、心はそれ以上に沈んでいた。
今日、病室でひとりの小さな命を見送ったばかりなのだ。
必死に手を尽くしたけれど、どうしても救えなかった。
涙はもう枯れたはずなのに、まぶたの裏には、その子の笑顔が残っている。
重い扉を押し開けると、カラン、と鈴の音。
温かな空気と珈琲の香りが、胸の奥にまでしみ込んでくる。
⸻
「いらっしゃいませ!」
カウンターの奥から灯(あかり)が顔を出した。
真紀は目を見開く。
「……あなた、子どもじゃない?」
「えへへ。ここでは、普通なんです」
小さな手で差し出された水のグラス。まだ冷たさが残っていて、真紀は思わず笑ってしまった。
「お疲れさまです」
マスターが、白髪を束ねた姿でカウンターに立っていた。
その落ち着いた声に、張りつめていた心がほんの少しだけ和らぐ。
⸻
真紀は、しばらく沈黙したあと、ぽつりと口を開いた。
「今日ね……子どもをひとり、助けられなかったの」
カップを握る手が震える。
「どれだけ頑張っても、どうにもならない命がある。そう思うと、もう眠れなくて……」
灯はじっと見つめ、ゆっくりとつぶやいた。
「……でも、助かった人もいるんですよね? きっと、その人たちは嬉しいと思ってる」
その言葉に、真紀ははっとして目を上げる。
小さな少女のまっすぐな瞳に、自分を責め続けていた心が少し揺らいだ。
⸻
そのとき、マスターが小さなカップを差し出した。
「どうぞ。カモミールミルクです」
湯気とともに、やさしい甘い香りが広がる。
ひとくち口に含むと、胸の奥にふわりと柔らかい温もりが灯った。
涙が、またあふれてきた。
――病室のベッドで、手を握りながら「ありがとう」とつぶやいた患者の声。
その笑顔が、温かく蘇る。
「……そうか。救えなかったけど、ちゃんと届いてたんだ」
真紀は小さく笑い、震える手を落ち着かせた。
マスターが静かに言う。
「すべてを救えなくても、あなたの言葉ひとつで救われる心はあります」
⸻
カップを置いた真紀は、深く息をついた。
「ありがとうございます……少し眠れそうです」
灯はにこりと笑い、
「おつかれさま。また、来てくださいね」と送り出す。
扉を開くと、夜の空が白みはじめていた。
東の空に淡い朝焼けの光が広がり、雨上がりの空気は少し甘かった。
⸻
残された店内で、灯はふっと視線を落とす。
「……わたしも、誰かを救えるのかな」
小さな声に、マスターは懐中時計を指でなぞりながら、穏やかに微笑んだ。
「その日が来れば、きっと」
チクタク……チクタク……
古い時計の音が、またひとつ、静かな夜に溶けていった。
雨上がりの街は、アスファルトが濡れて光り、街灯の灯りを滲ませていた。
白衣のまま、傘も差さず歩いていた女の人がふと足を止める。
看板の上で、月を映すようにやさしく光が揺れていた。
「Midnight Café」
「……カフェ?」
夜勤帰りの看護師・真紀(まき)は、思わず独り言をもらす。
体は重く、心はそれ以上に沈んでいた。
今日、病室でひとりの小さな命を見送ったばかりなのだ。
必死に手を尽くしたけれど、どうしても救えなかった。
涙はもう枯れたはずなのに、まぶたの裏には、その子の笑顔が残っている。
重い扉を押し開けると、カラン、と鈴の音。
温かな空気と珈琲の香りが、胸の奥にまでしみ込んでくる。
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「いらっしゃいませ!」
カウンターの奥から灯(あかり)が顔を出した。
真紀は目を見開く。
「……あなた、子どもじゃない?」
「えへへ。ここでは、普通なんです」
小さな手で差し出された水のグラス。まだ冷たさが残っていて、真紀は思わず笑ってしまった。
「お疲れさまです」
マスターが、白髪を束ねた姿でカウンターに立っていた。
その落ち着いた声に、張りつめていた心がほんの少しだけ和らぐ。
⸻
真紀は、しばらく沈黙したあと、ぽつりと口を開いた。
「今日ね……子どもをひとり、助けられなかったの」
カップを握る手が震える。
「どれだけ頑張っても、どうにもならない命がある。そう思うと、もう眠れなくて……」
灯はじっと見つめ、ゆっくりとつぶやいた。
「……でも、助かった人もいるんですよね? きっと、その人たちは嬉しいと思ってる」
その言葉に、真紀ははっとして目を上げる。
小さな少女のまっすぐな瞳に、自分を責め続けていた心が少し揺らいだ。
⸻
そのとき、マスターが小さなカップを差し出した。
「どうぞ。カモミールミルクです」
湯気とともに、やさしい甘い香りが広がる。
ひとくち口に含むと、胸の奥にふわりと柔らかい温もりが灯った。
涙が、またあふれてきた。
――病室のベッドで、手を握りながら「ありがとう」とつぶやいた患者の声。
その笑顔が、温かく蘇る。
「……そうか。救えなかったけど、ちゃんと届いてたんだ」
真紀は小さく笑い、震える手を落ち着かせた。
マスターが静かに言う。
「すべてを救えなくても、あなたの言葉ひとつで救われる心はあります」
⸻
カップを置いた真紀は、深く息をついた。
「ありがとうございます……少し眠れそうです」
灯はにこりと笑い、
「おつかれさま。また、来てくださいね」と送り出す。
扉を開くと、夜の空が白みはじめていた。
東の空に淡い朝焼けの光が広がり、雨上がりの空気は少し甘かった。
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残された店内で、灯はふっと視線を落とす。
「……わたしも、誰かを救えるのかな」
小さな声に、マスターは懐中時計を指でなぞりながら、穏やかに微笑んだ。
「その日が来れば、きっと」
チクタク……チクタク……
古い時計の音が、またひとつ、静かな夜に溶けていった。
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