転生勇者を観察していたら、不可解だらけの日常が始まった件

Y-z

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第16話 怒りの台本

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 森の闇を切り裂くように、魔獣の咆哮が響き渡った。
 先ほどの群れを退けたはずなのに、さらに大きな影が姿を現す。
 その巨体は、まるでこの場の“仕組まれた主役”を演出するために生まれたようだった。

 生徒たちは次々に後退し、教師でさえ腰を抜かしている。
 それでも獣の赤い眼光は勇者に向かわず――私に、まっすぐ突き刺さった。

 背筋を冷やす感覚が走る。
 まただ。舞台は、私を犠牲として選ぼうとしている。



「ルカ! 下がって!」
 カレンが必死に叫び、私の袖を引く。
 けれどその足取りもどこかおかしい。まるで見えない糸に操られるように、前へと進み出そうとしていた。
「だめ、カレン!」
 私は彼女の手をつかみ、強く引き寄せた。

 胸の奥で言葉が芽生える。
 ――なぜ、この舞台は死を欲する?

 思考の端で、答えが形を取る。
 悲劇は物語を燃料にする。
 誰かが散れば、勇者は怒りに目覚め、さらに強くなる。
 つまり、舞台は蓮を輝かせるために、私たちに“死の役”を押しつけている。

「……そういうこと」
 唇が自然に動き、私は実習用の剣を握り直した。
 「私は死なない。そんな役割、受け入れない」



 魔獣の尾が唸りをあげ、地面を砕いて襲いかかる。
 私は必死に受け止めたが、衝撃で腕が痺れ、視界が滲む。
 圧力は消えず、なお強まっていく。

「ルカッ!」
 蓮が飛び込み、剣を振りかざした。
 光が走り、魔獣の巨体を消し飛ばす。
 炎のような輝きに、観客の生徒たちが歓声をあげる。
「勇者さまが覚醒した!」
「やっぱり伝説だ!」

 だが蓮の表情には笑みも誇りもなく、ただ深い迷いがあった。
「……君が死にかけたから、俺は……」
 彼の声は震えていた。



 戦いの余韻の中で、私はノートを開き、羽ペンを走らせる。

『舞台は犠牲を求め、勇者の怒りを燃料とする。
その役割に私を選んだのだろう。
だが、私は従わない。
不可解は、確実に物語を揺らし始めている』
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