転生勇者を観察していたら、不可解だらけの日常が始まった件

Y-z

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第23話 揺れる視線

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 宝珠が封じられてから数日。
 学院は、何事もなかったかのように落ち着きを取り戻していた。
 講義室には呪文の朗読が響き、訓練場では杖を振るう音が混じる。
 昼休みになれば、カフェテリアから甘い香りが漂い、生徒たちの笑い声が校舎を満たしていく。
 すべてが“正常”の顔をしていた。

 ――だが、それは仮初めの静寂にすぎない。
 残響の声は消えたのではなく、ただ眠りについただけ。
 私はノートの余白にそう書き残して、ペンを置いた。



「勇者さま!」
「この間はありがとうございました!」

 中庭の噴水前、神谷 蓮は人だかりに囲まれていた。
 生徒たちが口々に礼を述べ、教師までも「君のおかげで学院は救われた」と肩を叩く。
 彼は笑みを浮かべ、ひとりひとりに応じていた。
 その姿は誰が見ても“英雄”だった。

 けれど私の目には違って映った。
 彼の笑顔はどこか硬く、ふとした瞬間に視線が宙をさまよう。
 歓声に包まれながらも、彼の瞳には迷いが滲んでいた。



 群衆のざわめきに紛れて、低く掠れた声が漏れる。
「……なぜ、俺なんだ」

 その言葉を拾えたのは、柱の影に身を寄せていた私たちだけだった。

「異変は、俺の周りでばかり起きる。
 皆は称えてくれるけど……俺は正しいのか?
 俺がここにいる限り、むしろ世界が歪んでいるんじゃないか……」

 淡々と語る声の底には、不安と疲労が滲んでいた。
 歓声に掻き消されることのないその響きに、私は思わず息を止める。



「……聞こえましたか」
 ユウリが小声で問う。彼の指は冷たく震えていた。
「ええ。不可解」
 私は短く答えた。

「勇者って、あんな風に迷うんだ……」
 カレンは俯き、唇をかんだ。
 その横顔は、彼女なりの同情と戸惑いを隠しきれていなかった。

「普通なら、あの立場にいる人は……疑いなんて口にしない」
 ユウリの眼鏡の奥で、瞳が細く光った。
「だからこそ、今の声は……危うい」



 私はノートを開き、羽ペンを走らせる。

『勇者は称賛を受けながらも、己の存在を疑い始めている。
異変は彼を中心に広がる。
彼は光であると同時に、舞台を縛る影でもある。』

 書き終えた瞬間、鋭い視線を感じて顔を上げる。
 蓮が群衆の隙間からこちらを見ていた。
 距離はあるのに、その瞳の揺らぎだけが鮮明に迫ってくる。

 ――彼の視線は揺れていた。
 英雄としての光を浴びる顔と、迷える少年の影を抱く顔、そのあいだで。
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