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41 公の王女と秘密の王子
しおりを挟む「騎士のまま……?」
ヴリアンがますます訝しそうな表情になると、王が説明を加えた。
「ルーディカが〝公の王女〟として生きることを選んでくれたので、フィンは〝秘密の王子〟となるのだ」
「秘密の王子……ですか」
「昨日、フィンの継父や長兄も呼んで話し合っておいたことだ。兄の方は何も聞かされていなかったのでたいそう驚いていたが……。フィンは、表向きはこれまでと同じく、モードラッド伯爵家の五男として騎士を続けることになる」
「――ああ、なるほど。『すべての卵を同じ籠に入れるな』ということですね?」
ヴリアンは得心したように言った。
「想像もしたくないことですが、分けて入れておけば一方に何か起きたとしても、もう一方の籠の中の卵は難を逃れる。その籠が存在していることすら隠して、キツネやイタチが気づかないところに置いておけばますます安心でしょうし」
フィンが「そんな大げさな話じゃなくて」と苦笑いする。
「俺が陛下の跡取りにならなくていい場合は、王家の血を引いていることは公表せずに、今まで通りに暮らしたいって頼んだだけです。幸い、日記を盗んだ奴にも俺のことは知られてないようだし」
「ヴリアンの考え方は間違ってはおらぬぞ」
気楽に構えている様子のフィンに対し、王は真面目な口調で説いた。
「万一のことがない限りは公にせぬというだけで、フィンが亡き王太子の遺児だという証拠は私の署名入りで国家機密庫に厳重に収められるし、王位継承順位はルーディカに次ぐ二位のままなのだからな」
「まあ、その二位ってのも、ルーディカさんに子供が生まれるまでのことですけど」
それはそんなに遠い未来ってわけでもなさそうだし……とフィンが言うと、ルーディカとキールトは少し気恥ずかしそうに身じろぎした。
「――ああ、このふたりの今後についても、まだ触れていなかったな」
王は柔らかく相好を崩して、左右を見る。
「誕生日式典でルーディカの立太子を宣言した後、数か月のうちにはキールトとの婚約を正式に発表することになっている。王族の結婚ともなると準備には時間がかかるので、式は一年ほど先になるだろう」
「わあっ」
ヴリアンが声を弾ませた。
「良かったねえ、ふたりとも。おめでとう!」
長年の望みが叶うことになったはずのルーディカとキールトだが、王位を継ぐ者とその配偶者になるという重責が待ち構えているためか、まだ手放しでは喜べない様子で、薄い微笑みで祝福に応えた。
「キールトは……さすがに騎士を続けられないよね?」
ヴリアンに問われたキールトは、穏やかに目を細める。
「ああ。式典が終わったら一旦エルトウィンには戻るけど、残務整理や引き継ぎを済ませたら隊から離れることになる」
神学生から騎士に進路を変更したときも、騎士から王家の一員になろうとしている今も、キールトの人生の選択の中心にはいつもルーディカへの想いがあった。
「僕の後任が決まるまでは君たちにしわ寄せが行くかも知れない。すまないが、どうかよろしく頼む」
向かい側に腰掛ける同僚たちを見回しながら、キールトは申し訳なさそうに言った。
「苦楽を共にしてきた僕たちに、あんまり水くさいこと言わないでよ」
ヴリアンが優しく声を掛ける。
「文武に優れた君がいなくなると不安なところも多々あるけど……んん、ややこしい報告書とか計画書とかを作るときにも、もう君を頼れないってことかあ……」
やや不安げに眉根を寄せた後、ヴリアンは「まあ、僕たちで力を合わせてなんとかやってみるよ!」と笑ってみせた。
「キールトのほうも、新たに憶えなきゃならないことが沢山ありそうで大変だね」
「そうだな。でも、できるだけ早くルーディカを支えられるようになりたいと思ってる」
「寂しくなるけど、応援してるよ」
「ありがとう」
ルーディカは何も言わなかったが、潤んだ目を何度もしばたたかせていた。
「――アイリーネ」
王から唐突に名前を呼ばれ、アイリーネはハッとしたように顔を向ける。
「いまだ驚き醒めやらぬといった様子だな。フィンからすべて聞いたのだと思い込み、仰天させてしまいすまなかった」
君主から真摯に謝罪され、アイリーネは恐縮した。
「い、いいえ、あの……丁寧に話していただきましたので、経緯はよく分かりました……」
王は安堵したような笑みを浮かべる。
「それは良かった。それで、その方たちの婚約の件だが――」
王の視線は、明らかにアイリーネとフィンに注がれていた。
「いったん駐屯地に戻ってしまうと、なかなか話を進められないであろう。折よく両家の当主が王都にいるのだから、合意を急がせ、式典が終わったらすぐに許可を出したいと思う。正式な婚約者となってエルトウィンに帰るがよい」
王族や貴族が結婚の約束を正式に取り交わすには、国王の許しが必要となる。
隣に座るフィンはすぐに礼を述べたが、アイリーネは黙ったまま視線を落とした。
「――アイリーネ?」
深刻な面持ちで下を向くアイリーネに気づいた王が、不思議そうに訊ねる。
「どうしたのだ」
アイリーネは思い切ったように顔を上げ、神妙に口を開いた。
「――恐れながら、国王陛下」
苦しげだが、はっきりと伝わる声でアイリーネは告げた。
「婚約は……できません」
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