年下騎士は生意気で 番外編ショートストーリー集

乙女田スミレ

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☆ショートストーリー☆

年下女騎士は生意気で 8

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「――今日のところは、解散っすね」

 ケイストがティアーナを形容する言葉が〝小悪魔〟から〝尻軽〟に変わったあたりで、フィンはだるそうに立ち上がった。

「ん? マナカール……」
「――そうだね」

 アイリーネも静かに席を立つ。

「二つの中隊で聞き取った内容を照らし合わせるために集まったんだから、照合できるような材料がないのなら帰らせてもらった方がいいね」

 呆然とするケイストとオルボーには目もくれずに書類を回収すると、二人は出入り口の方へと歩いていった。

「お、おい……?」
「じゃ、失礼します」

 さっと扉を開けて出ていったアイリーネに続こうとしたフィンは振り返り、ひとつも可笑しくなさそうに口の端を上げた。

「次の機会までには、きちんと仕事をやっといてくださいよ。このままだと、職務怠慢なんで」

   ◇  ◇  ◇

「無駄な会合だったな」
「うん……オルボーがため息をついてた意味が解ったよ」

 厩舎に向かっていたアイリーネたちを、背後から呼び止める声がした。
「アイリ、フィン!」

 大きな身体を揺らしながら、急いでオルボーが駆けて来る。

「あの……悪かったな」

「オルボー」
 アイリーネは、同期の騎士を叱るような目で見た。
「いくらケイスト小隊長の方が先輩だからって、あんな裏付けのない決めつけを放っておくのはどうかと思うよ?」

「ほんとわりい……。いつもあの調子でティアーナの悪口をまくし立てるばっかで、なかなか口を挟ませてくれねえんだ……」

「せっかく地声がデカいんですから、活かしてくださいよ」
 フィンの言葉にも、オルボーは素直に「面目ねえ……」とうなだれる。

 しばらく地面を見つめていたオルボーは、思い切ったように顔を上げた。
「あのっ、これから一緒に、アークやブレッグさんの部屋に話を聞きに行ってくんねえか?」

「えっ……」
「傷心で休みを取ってるアークも、消灯後に部下を自室に入れようとした件で自ら謹慎を申し出たブレッグさんも、どっちも宿舎でおとなしくしてはいるんだが、『健康状態が許す限り、聴取には応じるように』って隊長から言われてるはずなんだ」

 戸惑いを浮かべるアイリーネたちに、オルボーはずいと近づく。

「かといって、小隊長代理を仰せつかったばかりの俺だけで行ったって、はねつけられるかも知れねえ」
「いや、そんなことは……」
「今日のおまえたちの任務は〝双方の証言を照らし合わせる〟ことだろ? 当事者たちから直接話を聞いたって、それは果たせるはずだ」
「えぇ……」
「頼むっ! 隊長から再聴取の進捗を訊かれるたびに、『少しずつやってます』なんてごまかすのは、もう嫌なんだよう」

 すがりつくような目をして詰め寄るオルボーをなだめるようにアイリーネは言った。
「ねえオルボー、それならまずケイスト小隊長と相談して……」

 オルボーは眉を顰め、頭を振る。
「ケイストさんはダメだ……! ティアーナの主張が通らないのを望んでて、新たな証言を引き出すつもりなんか、さらさらねえんだから」

「えっ、なんで……」
「あの人は、遠乗りの誘いを断られて以来、ティアーナに対してむちゃくちゃ風当たりが強えんだよ」

 先刻の悪態には逆恨みがたっぷり込められていたのだと分かり、アイリーネたちは唖然とする。

「なっ、アイリ、フィン。かつてはひとつ屋根の下で暮らした仲じゃんか。俺と一緒に来てくれよお……!」

   ◇  ◇  ◇

 入隊二年目の騎士アーク・コリードは、先輩騎士たちの突然の訪問に少し戸惑いながらも、素直に部屋の中へと招き入れた。

「すみません、空気がこもってて……」

 四人部屋だが、日中ということもあってアークの他には誰もいない。
 アークは窓を開け、陽の当たる窓座に腰掛けるよう先輩たちに勧めた。

「アーク、おまえも何かに座れよ」

 オルボーに促されたアークは、部屋の隅に置かれていた木製の踏み台を運んできて、それに腰を下ろす。

「……あの」
 ナラの幹のような髪色の若い騎士は、おずおずと口を開いた。
「第一中隊のグラーニ小隊長と、マナカール小隊長ですよね? どうしてオルボーさんと……」

「この二人が、第一中隊でティアーナの聴取を担当してるんだ」

 オルボーの言葉に、アークは大きく目を見開く。

「せっかくこっちに来てくれたことだし、一緒に話を聞いてもらおうと思ってな」

 顔つきにまだ少し幼さが残る若い騎士は、少しうつむいて訊ねた。
「……ティアーナは、元気ですか……?」

「まあ、元気そうには見えるぞ」
 フィンがそう言うと、アークは「……良かったです」と呟いた。

「ティアーナとは、同期で入隊したんだよね?」

 アイリーネの問い掛けに、アークは少しだけ顔を上げる。
「はい……。所属してる小隊もずっと同じです」

「たしか、部屋も最初から一緒だったんだよな?」

 オルボーに訊かれたアークは頷き、左右それぞれの壁面に据え付けられている二段の寝台の一方に視線を向けた。

「上段がティアーナで、下段がおれです」

 数少ない女性隊員の部屋割りは、上官たちが特に神経を使う事柄のひとつだ。同室の男性隊員は、品行の正しい者が選ばれる。アークの人品は、見習い時代の修行先からも保証されていたのだろう。

「入隊してからしばらくは女性の先輩がいたんで、あの寝台はティアーナとその先輩で使ってました。去年の秋ごろ、先輩が結婚して産休を取ることになったとき、ティアーナがおれに『下の段を使って欲しい』って頼んできて……」

 アークがティアーナからかなり信用されていたことがうかがえる。
 アイリーネも小隊長になるまでは四人部屋で男性隊員たちと寝起きを共にしていたが、きょうだいのような存在であるキールトと寝台の上下を分け合っていた。

「それもあって、特別な好意を持たれてると思ったのか」
 フィンにそう言われ、アークの頬が赤く染まる。

「ああ……」
 なぜかオルボーが、しみじみとした声を漏らした。

「俺も、独り身のときに何度も勘違いしたなあ……。なにか頼られたり任されたりすると、その女の子が自分に気があるんじゃないかって。単に、恋愛対象外だから頼みやすかったってだけだったんだけどな」

「ちょ、ちょっと!」
 アークが少し泣きそうになったことに気づいたアイリーネは慌てる。
「そういうことを言いにきたわけじゃないでしょう?」

「……グラーニ小隊長、いいんです」
 うっすらと涙をためた若い騎士は、弱々しく微笑んだ。

「騒動の直後にティアーナから、『恋人として交際していたつもりはこれっぽっちもなかった』なんて言われたときは頭に血が上りましたけど、冷静になってみると、おれの一方的な思い込みだったんだなって……」
「アーク……」

「ティアーナが剣の稽古や休日の買い物に誘ってくれたのも、食事や余暇の時間を一緒に過ごしたがったのも、おれのことを人畜無害な同僚だと思ってたからなんだって、よく分かりました……」

 同情を寄せるように目をしばたたかせているオルボーの横で、フィンが念を押す。

「じゃあ、おまえはストイムの恋人じゃなかったと認めるんだな?」
「……はい」

 アークは表情を引き締め、背筋を伸ばした。
「だから、今は猛省していますし、やってしまったことに対してはきっちりと処分を受けたいと思っています……!」

 一瞬、沈黙が部屋を覆う。

「……処分……?」

 ティアーナをけるために消灯後に部屋の外を出歩いた件なら、口頭注意は済んでいるはずだ。
 不思議そうな先輩たちを見て、アークはハッとした。

「もしかして、ティアーナは喋ってないんですか……?」
「何をだ?」

 アークはうろたえた様子で、視線をさまよわせる。

「あ、あの……彼女は、暴力をふるった理由をなんと言ったんですか?」
「おまえとノイル・ブレッグがつかみ合いになりそうになったところを止めに入って、勢い余ったって聞いてるぞ?」

 フィンの答えに、アークは混乱したように頭を抱えた。
「そんな……どうして……」

「違うのか?」

 アークは「おれが――」と言いかけて、途中で止めた。
「……すみません。ティアーナが明かさないのは、何か理由があってのことかも知れません。卑怯ですが、おれの口から言うことはできません」

 ただ――と、最後にアークは付け加えた。
「彼女は悪くないんです。できれば本当のことを話して欲しいって伝えてください」

   ◇  ◇  ◇

 自ら申し出たことにより謹慎中の小隊長ノイル・ブレッグの態度は、アークのものとは異なっていた。

「は……冗談に決まってるだろう?」

 訪ねてきた三人を部屋に入れたブレッグは、まずティアーナの聴取内容についていくつか質問した後、半笑いを浮かべてそう言った。

「幻の『ガレムアの指南書』が、そう簡単に手に入るわけないよな? それはあのだって承知していたはずだ」
「えっ、でも……」

 いつもの自信に満ちた表情で、ブレッグはアイリーネを見る。
「ハヤブサ、君なら分かるだろう?」
「は……?」

 ブレッグは、一昨年の剣術大会で対戦して以来、勝利したアイリーネのことを、本人曰く「敬意を込めて」〝ハヤブサ〟と呼ぶ。

だって、共感してくれるはずだ」

 ブレッグに視線を向けられたフィンは、冷静に返した。
ですが」

「ああ、フィンだったかな。いや、去年まで全く知らなかったから……」
 フィンとブレッグは、昨年の王の御前試合の決勝で当たっている。

「とにかく、かつての上官と部下という間柄で恋を実らせた君たちなら、理解してくれると思う。規則を破ったことについては良くなかったと反省しているが、同じ職場で憎からず想い合っている男女がぐっと仲を進めるためには、時には見え透いた駆け引きも必要だろう?」

 三人の聴取担当者は揃って訝しげに眉根を寄せ、滔々と持論を語る洒落た髭の騎士を見た。

「俺は部屋に来やすい口実を作ってあげて、彼女もそれに乗っかったってだけだ。アークさえ邪魔しなければ、ことはすんなり運んだはずだったんだよ」
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