王女さま、大変ですっ!

乙女田スミレ

文字の大きさ
32 / 42

32 どうしてこんなことに? 前

しおりを挟む


 どうしてこんなことになってしまったのか、ピアにはさっぱりわからなかった。

 寝間着に肩掛けを羽織った姿のピアは、なぜか今、ロゼルトとふたりきりで部屋の中にいる。

 廊下から呼ばれて扉を開けたら、職務停止中のはずのアルドが騎士の制服姿で立っていて、そこでまず虚を衝かれた。
 さらにその後ろからロゼルトが現れたことで、しばらく固まってしまったのが良くなかったのだろうか。

 アルドが申し訳なさそうに「今夜ばかりは特別なのだと王子から説得されて協力することにしましたが、もし少しでも身の危険を感じられるようなことがありましたら、私を大声でお呼びください。速やかに排除しますので」と喋っているのを呆然と眺めているうちに、気がついたらロゼルトと一緒に扉の内側にいた。

「ピア……」

 藍色の瞳がおずおずとピアを見下ろす。
 ピアはハッと我に返り、脱兎のごとく部屋の奥へと駆け込んだ。

「なっ、何をしにいらしたんですかっ!?」

 寝台の向こう側に回り込み、ピアは詰問調で訊ねる。
 エスト侯爵邸のテラスで涙ながらにロゼルトを罵ったのは、つい昨晩のことだ。

「それに、その格好……」

 艶やかな長い金髪に、深みのある葡萄色のドレス。ロゼルトは〝王女ロゼルタ〟の姿になっていた。

「えっと……こっちのほうがまだましかも知れないと思って……」

 近くに置いてある椅子に手を伸ばそうとロゼルトが半歩踏み出すと、ピアは緊張を走らせ全身をこわばらせる。

「ああ……、勝手に近づいたりしないから安心して」

 ロゼルトは寂しそうに微笑み、引き寄せた椅子にすとんと腰を下ろした。
 王子としての生活が板についてきたのか、ドレスなのに膝を揃えることは忘れているようだった。

「――昨夜はごめん」

 神妙に謝られ、どう返事して良いものかとピアは迷う。
 あれからずっとロゼルトのことが頭から離れず、一人で怒ったり涙ぐんだりしていた。

「謝罪のために、こちらに……?」
「それもあるけど――」

 突然、ロゼルトは鋭い目つきでくうを睨む。

「え……?」

 次の瞬間ロゼルトは勢いよく立ち上がり、ピアのほうにまっしぐらに突進してきた。

「なっ……!?」

 ロゼルトはついさっき「勝手に近づいたりしないから安心して」と言ったばかりだ。

 あまりに素早い動作だったため、ドレスの裾を蹴り上げるようにして寝台に飛び乗ったロゼルトがすぐ目の前まで迫ってきても、ピアは身動きが取れなかった。

 真剣な顔をしたロゼルトの両手が、ピアの顔を挟むように伸びてくる。

「やっ……」

 咄嗟に目を閉じて身をすくめると、大きな手のひらがピアの耳をふわりと覆った。

「……っ……?」

 そのまま、ロゼルトはぴたりと動かなくなる。
 訝しく思ったピアが恐る恐るまぶたを開けると、王女の姿をした王子は遠慮がちに口を開いた。

『歌が……始まっちゃったから』

 唇の動きを読み取ったピアは、不思議そうに「歌……?」と呟く。

「――あっ」

 少し考えた後、ピアは今夜が夏至の前夜だということに気がついた。

『こうしてても、いい……?』

 控えめに伺いを立てたロゼルトを、ピアは目を丸くして見つめる。

『急に動いて、驚かせてごめんね』

 何度か瞬きをした後、ピアはそっとロゼルトの手首を掴み、ゆっくりと自分の耳から離した。

「ピ、ピア……?」

 西の塔と王宮前広場は離れているのではっきりとは聴こえてこないが、耳を澄ませば例の伝承歌が響いているのがわかる。
 心配そうな顔をしたロゼルトに向かって、ピアは穏やかに微笑んだ。

「わたし……、もう大丈夫みたいです」
「えっ」
「いつの間にか、そんなに気にならなくなっていたようです」

 心に残る古い傷痕は、もうほとんど疼かない。
 知らないうちにずいぶん癒えていたのだと、ピアは静かな感慨に包まれた。

「ほ、本当に?」
「はい」
「無理してない?」
「してません」
「ああ、よかった……!」

 ロゼルトは喜びを溢れさせ、ピアの両手を包み込むようにぎゅっと握る。

「ずっと、少しずつでもいいから辛い気持ちが薄らいでいって欲しいって――」

 ピアの戸惑ったような視線を感じ、断りもなく触れていたことに気づいたロゼルトは慌てて手を離す。

「ごっ、ごめん……」

 ぎくしゃくとした沈黙がふたりを包んだ。

「あ……そ、それならもう、僕がここにいなくてもいいね……」

 ロゼルトはぎこちない笑みを浮かべ、ずりずりと後ろに下がって寝台から降りる。

「お、おやすみ。いきなり押しかけて悪かっ――」
「あのっ」

 どうして呼び止めてしまったのか、ピアは自分でもよく分からなかった。
 そしてさらに思いがけない言葉が、勝手に口をついて出てくる。

「でもまだ少し不安なので、今夜はここで一緒にやすんでくださいませんか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ソウシソウアイ?

野草こたつ/ロクヨミノ
恋愛
政略結婚をすることになったオデット。 その相手は初恋の人であり、同時にオデットの姉アンネリースに想いを寄せる騎士団の上司、ランヴァルド・アーノルト伯爵。 拒否に拒否を重ねたが強制的に結婚が決まり、 諦めにも似た気持ちで嫁いだオデットだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

「今とっても幸せですの。ごめんあそばせ♡」 捨てられ者同士、溺れちゃうほど愛し合ってますのでお構いなく!

若松だんご
恋愛
「キサマとはやっていけない。婚約破棄だ。俺が愛してるのは、このマリアルナだ!」 婚約者である王子が開いたパーティ会場で。妹、マリアルナを伴って現れた王子。てっきり結婚の日取りなどを発表するのかと思っていたリューリアは、突然の婚約破棄、妹への婚約変更に驚き戸惑う。 「姉から妹への婚約変更。外聞も悪い。お前も噂に晒されて辛かろう。修道院で余生を過ごせ」 リューリアを慰めたり、憤慨することもない父。マリアルナが王子妃になることを手放しで喜んだ母。 二人は、これまでのリューリアの人生を振り回しただけでなく、これからの未来も勝手に決めて命じる。 四つ違いの妹。母によく似たかわいらしい妹が生まれ、母は姉であ、リューリアの育児を放棄した。 そんなリューリアを不憫に思ったのか、ただの厄介払いだったのか。田舎で暮らしていた祖母の元に預けられて育った。 両親から離れたことは寂しかったけれど、祖母は大切にしてくれたし、祖母の家のお隣、幼なじみのシオンと仲良く遊んで、それなりに楽しい幼少期だったのだけど。 「第二王子と結婚せよ」 十年前、またも家族の都合に振り回され、故郷となった町を離れ、祖母ともシオンとも別れ、未来の王子妃として厳しい教育を受けることになった。 好きになれそうにない相手だったけれど、未来の夫となる王子のために、王子に代わって政務をこなしていた。王子が遊び呆けていても、「男の人はそういうものだ」と文句すら言わせてもらえなかった。 そして、20歳のこの日。またも周囲の都合によって振り回され、周囲の都合によって未来まで決定されてしまった。 冗談じゃないわ。どれだけ人を振り回したら気が済むのよ、この人たち。 腹が立つけれど、どうしたらいいのかわからずに、従う道しか選べなかったリューリア。 せめて。せめて修道女として生きるなら、故郷で生きたい。 自分を大事にしてくれた祖母もいない、思い出だけが残る町。けど、そこで幼なじみのシオンに再会する。 シオンは、結婚していたけれど、奥さんが「真実の愛を見つけた」とかで、行方をくらましていて、最近ようやく離婚が成立したのだという。 真実の愛って、そんなゴロゴロ転がってるものなのかしら。そして、誰かを不幸に、悲しませないと得られないものなのかしら。 というか。真実もニセモノも、愛に真贋なんてあるのかしら。 捨てられた者同士。傷ついたもの同士。 いっしょにいて、いっしょに楽しんで。昔を思い出して。 傷を舐めあってるんじゃない。今を楽しみ、愛を、想いを育んでいるの。だって、わたしも彼も、幼い頃から相手が好きだったってこと、思い出したんだもの。 だから。 わたしたちの見つけた「真実の愛(笑)」、邪魔をしないでくださいな♡

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

「妃に相応しくない」と言われた私が、第2皇子に溺愛されています 【完結】

日下奈緒
恋愛
「地味な令嬢は妃に相応しくない」──そう言い放ち、セレナとの婚約を一方的に破棄した子爵令息ユリウス。彼が次に選んだのは、派手な伯爵令嬢エヴァだった。貴族たちの笑いものとなる中、手を差し伸べてくれたのは、幼馴染の第2皇子・カイル。「俺と婚約すれば、見返してやれるだろう?」ただの復讐のはずだった。けれど──これは、彼の一途な溺愛の始まり。

処理中です...