37 / 42
37 完璧な王子さま
しおりを挟むあっという間に翌週が来て、王配レンスロットの誕生日を祝う盛大な夜会が始まった。
女王夫妻の心温まる挨拶と宰相の音頭による乾杯の後、白地に金糸の刺繍が施された衣装をまとった王太子は、きらびやかな笑顔を浮かべて出席者たちと気さくに言葉を交わした。
「エスト侯爵、あなたとご息女の素晴らしい提言のお陰で、子どもたちのための図書館の設置が各地で進んでいますよ」
「バシャドーレ会頭、先日はお伺いすることができず非常に残念でした。ええ、次の機会にはぜひ外国での愉快な思い出話をたくさん聞かせてください」
「ファルファーラ伯爵夫人、あなたが主宰する会から、才能ある作家や芸術家が続々と輩出されていますね。彼らはみんな、あなたのことをひらめきを与えてくれる女神のような存在だと讃えていますよ」
その絵に描いたような王子さまぶりは、直接話をしている相手ばかりではなく、周囲にいる人々までもうっとりと見とれさせてしまうほどだった。
「ああやって自由自在にキラッキラを出し入れできるとこはさすがなんだよなあ……」
片手に飲み物を持ったアルドが、遠巻きに眺めながらぼそりと呟く。
母が熱心に打ち消して回ってくれたとはいえ、いっときピアともロゼルトとも噂になってしまった彼は、人々の好奇心をかき立てることがないよう二人とは距離を置いてひっそりと窓辺に佇んでいた。
アルドはピアのほうにもそっと目を向ける。
彼女は若葉を陽に透かしたような明るい緑色のドレスに身を包み、リオーネ王国のザンテ王子と笑顔で話をしていた。
初対面のときは女装したロゼルトに目移りしてしまったザンテ王子だったが、その後は会うたびにピアに惹かれていっているようで、元々はキリっとしていた目元がすっかり緩んでしまっている。
そこに加わろうと近づいていく若い男性たちも、ノルド子爵をはじめ錚々たる顔ぶれだった。
王子が取り乱さないといいが――と気を揉みながらアルドが視線を戻すと、珍しいことにロゼルトはピアのほうには目もくれず、ひたすら出席者たちに笑顔をふりまいていた。
どうやら今夜は〝ピアを視界に入れず!〟に徹して、平静を保つつもりらしい。
「進歩……なのか?」
ピアも、ロゼルトの様子がこれまでとは違うことに気がついていた。
最初はまた何かとんでもない行動に出てくるのではないかと内心ビクビクしていたが、拍子抜けするほど平和に過ごすことができている。
今夜のロゼルトは少しもこちらを見ることなく、美しい笑みをたたえて出席者たちと優雅に歓談しているだけだ。
「ピア嬢? どうかなさいましたか?」
ザンテ王子から不思議そうに声を掛けられ、ピアはハッとした。
「す、すみません……」
ロゼルトのことばかり気にしているなんてどうかしている。ピアは申し訳なさそうに微笑んだ。
「乾杯のお酒がわたしには少し強かったようで……他の飲み物を取ってきますね」
自分が持ってきましょうといういくつもの親切な申し出をやんわりと断り、ピアは貴公子たちの輪から抜け出した。
今はもう苦手というほどではないが、やはり大勢の男性に囲まれると緊張してしまう。
ほっと息をつきながら光沢のある布がかかった台の上に並べられた飲み物をピアが眺めていると、いきなり背後から女性の声がした。
「端正な殿方をたくさん侍らせて、ずいぶん人気がおありなのね」
振り向いたピアは、大きく目を瞠る。
そこに立っていたのは、薔薇柄の刺繍がふんだんに施された青いドレス姿の若い女性だった。
くるくると巻かれた金髪は赤みがかっていて、自信たっぷりに輝く瞳はピアと同じハシバミ色をしている。
「……カーラさん……?」
「お久しぶりね、お姉さま」
カーラ・スィ・フィチーレは、にっこりと笑う。
「五歳の夏以来かしら? 今夜はお父さまと一緒に来たんだけど、どこかのおじさまと馬の蹄鉄の話で盛り上がってしまって、退屈してたところだったのよ」
言葉が出てこないピアに向かって、カーラは有無を言わせぬ威圧感を漂わせて言った。
「せっかく再会を果たせたことだし、姉妹水入らずで話がしたいわ。いいでしょう?」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
34
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる