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36 新たなうわさ

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「王子、事実無根なんですから機嫌直してくださいよ」
「……うかつだった……」

 ノーヴィエ侯爵夫妻が去った執務室で、ロゼルトはうつろに呟く。

「昨日の友は、今日の敵……」
「やめてくださいよ」
「だってさあ……!」

 ロゼルトはアルドをキッと睨みつけた。

「よく考えると、君たちお似合いだし!」
「は?」
「一緒にいたところを振り返ってみると、なんだかすっごく絵になってるよね!?」
「そ、そうですか?」
「アルドはいつも王子さまみたいにピアを助けに来るしさあ」
「本物の王子さまはそっちでしょう。一応」
「ど、どうしよう……ピアがアルドを好きになっちゃう……」

 思いつめたようにロゼルトは頭を抱える。

「アルドが辺境に配属になるよう、母上に進言しようかな……」
「冗談に聞こえなくて怖いんですけど」

 そのとき、部屋の扉が叩かれる音がした。

「ほら、またどなたかいらっしゃいましたよ」

 アルドが扉を開けにいくと、今度はフォルタが硬い表情をして立っていた。

「これは、女王陛下……」

 お辞儀をしたアルドに、女王はなぜかひどく困惑したような眼差しを向ける。

「あなたたち、やっぱり一緒なのね……」
「え……」

 フォルタは深刻な面持ちでロゼルトとアルドの双方に話があると告げ、自分と向かい合って腰掛けるように促した。

「――思いもよらない噂が私の耳に入ってきたので、取り急ぎ真偽を確かめに来たのよ」
「母上、その噂って……」

 ピアとアルドのことかと訊ねようとしたロゼルトを、フォルタは遮る。

「いい? 頭ごなしに反対するようなことはしないから、どうか正直に答えてね」

 女王は神妙に二人を見据えると、改まったように「ロゼルト、アルド」と呼びかけた。

「あなたたちが交際してるって、本当なの?」
「は……?」

 王子と騎士は、ぽかんと口を開けた。

「二人は……恋仲になったの?」

   ◇  ◇  ◇

「そうだったのね……」

 あまりにも激しく否定したため、女王が納得してくれたときには二人ともぜいぜいと息を切らしていた。

「私もまさかとは思ったんだけど。もしかしたら、いつも辛抱強く支えてきてくれたアルドの優しさに傷心のロゼルトがよろめいたのかしらーって」

「ありえないですからっ!」
 二人は声を揃えて嫌そうに叫ぶ。

 今朝早く、長髪のカツラと女性用の寝間着を身につけたロゼルトの肩を抱いて城内の建物の陰を縫うようにして忍び歩くアルドを見掛けた者がいたらしく、その話が女王の耳にまで届いたのだという。

「でも西の塔に行ってたなんて……。やっぱりロゼはピアのことを諦めてなかったのね?」
「好きじゃなくなる方法があったら教えて欲しいよ……」

 唇を尖らせてロゼルトが言うと、女王は深いため息をついた。

「ねえ、忘れてないわよね? あなたはこの社交の季節の間に結婚相手を見つけないと――」
「ストレーガ城送りでしょ? ちゃんと憶えてるよ」

 ロゼルトはどこか挑戦的な口調になる。

「でも、その〝結婚相手〟ってのは、ピアでもいいわけだよねえっ?」

 フォルタとアルドは驚いて目を丸くした。

「もし彼女が承諾してくれたら、僕はピアをお嫁さんにしたっていいんでしょう!?」
「ロ、ロゼ、ちょっと待って」

 混乱したようにフォルタは指先をこめかみに当てる。

「元々はそうなるといいと思ってたからもちろん歓迎するけど、実際に、あなたたちの間でそんな話は……」
「出てるわけないよ! そんな兆しすら全くないっ!」

 なぜか堂々と言い放つと、ロゼルトは切なそうに声を落とした。

「ただ……僕がいつまでも望みを捨てられないだけだ……」

 フォルタはまたひとつため息をついた。

「ロゼ……、あなたがなかなか恋心を断ち切れないのはわかったけど、ピアが大切なら彼女の心の平穏を第一に考えてあげて」
「もちろん、小さいころからピアをいつも笑顔でいさせたいって思ってるよ。……ここのところは失敗してばかりだけど」
「その気持ちは、来週の夜会のときにも絶対に忘れないでね」
「来週?」

 不思議そうに聞き返したロゼルトに、横からアルドが囁く。

「王配殿下のお誕生日でしょう」
「あ……」

 王配レンスロットの誕生日を祝う夜会には、王都に住むほとんどの貴族や名士が招待される。

「ピアの社交先にはあなたやバレンテ伯爵家の人たちと顔を合わせないようなところばかりを選んできたけど、あの夜会だけはそうはいかないのよ」

 女王は力を込めて息子に念を押した。

「ロゼ、お願いよ。大切なお父さまのお祝いの場なんだから、くれぐれも暴走しないでね……!」
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