冷遇夫がお探しの私は、隣にいます

終日ひもの干す紐

文字の大きさ
5 / 5

第5話 今、やっとあなたと

しおりを挟む
 何かがギュッと巻きつくような感触が、シャノンの意識を揺り起こす。ふっと目を開けると辺りは明るく、目の前には泣き腫らした空色の瞳が見えた。

「帰ってきてくれたんだね……無事で、本当に良かった……」
「ロシェ、さま……?」

 彼の名前を呼ぶと、閉じ込めるように抱きしめる腕が深くなる。息遣いが胸元から伝わってくるほどの近さ。鼓動の音に合わせて、体温がじわりと染み込んでくる。

「おかえり、シャノン……」

 どこに行っていたんだ、なぜ勝手にいなくなったんだ、とは一言も聞いてはこない。ただただ優しく、無事に帰ってきてくれたことに安堵し、喜んでくれている。

 この人はこういう人なのだ、とシャノンは彼の腕の中で静かに噛み締めながら、彼の背中へと手を添える。その手がもう、白くてふわふわの小さな手ではないことに気づいた。

「本当は、ずっと隣にいましたよ?」
「……え?」

 ロシェは不思議そうに目を丸くし、軽く首を傾げる。あれだけ探しても見つからなかったのに、隣にいたと言われても納得いかないだろう。きっと本当のことを話しても、信じてもらえるかわからない。

 けれど、だとしても……

「今日こそ、私の話を聞いてくれませんか? 紅茶もお淹れいたしますから」
「……もちろんだよ。僕からも、君に話したいことも、謝りたいこともたくさんあるんだ」

 涙の乾ききらない瞳が、窓から射し込む朝日のように輝いている。アンブルだったときにしか向けられなかったロシェの笑顔が、今はシャノン自身へと向けられている。ブワッと柔らかな熱を灯した胸が、強く高鳴っていた。

「にゃぁ」

 猫の鳴き声がして目を向けると、いつの間にかアンブルとサフィールが、シャノンの寝台の上にちょこんと座っていた。

 そっか、やっぱり夢じゃなかったのですね。不思議な出来事だったけど……

「ありがとう、アンブル。ついでにサフィールも」
「アンブルとサフィールが何かしたのか?」
「ふふ……それも後でお話ししますから」
「あぁ、ゆっくり聞かせてくれ」

 ロシェはアンブルたちにしていたように、柔らかく目を細めてシャノンを見つめる。彼の両手がそっとシャノンの手を取り、優しく優しく包み込んだ。

 くすっと小さく笑うシャノンとロシェの声を、二匹はどうでもよさそうに聞いている。朝日をいっぱいに浴びながら、アンブルはくぁぁ……と一つ、大きなあくびをしていた。

 やがて屋敷の中は、ゆっくりと温かな笑い声に包まれていく。優しい香りの紅茶と甘いお茶菓子に、猫になっていた不思議な話を添えながら。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

完結 愛される自信を失ったのは私の罪

音爽(ネソウ)
恋愛
顔も知らないまま婚約した二人。貴族では当たり前の出会いだった。 それでも互いを尊重して歩み寄るのである。幸いにも両人とも一目で気に入ってしまう。 ところが「従妹」称する少女が現れて「私が婚約するはずだった返せ」と宣戦布告してきた。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。 そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。 死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

処理中です...