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【最終話】大切な人(メスフィルール視点に戻ります)
スラッジマン侯爵邸の応接間に案内され、中へ入るとソファに座っているゴーシュ様の姿が見えた。
フテイシ伯爵領で怪我をしたゴーシュ様は、その場所が侯爵領にも近かったため他の怪我人を抱えスラッジマン侯爵領へ向かったそうだ。
「ゴーシュ様、怪我をされたと聞きました……っ」
「怪我といっても手の甲を魔獣に少し傷つけられたくらいだ。すぐに治る」
私に向けて微笑んでくれたゴーシュ様の様子に涙腺が緩んで視界が滲む。
「本当ですか、無理なさっていませんか?」
「メスフィ、俺は大丈夫だから泣かないでくれ。メスフィに泣かれる方が怪我よりもつらい」
席を立ったゴーシュ様にふわりと抱き上げられた私は、ソファに戻ったゴーシュ様の腿の上に座らされた。
そこで初めて、正面に座るマクリ様とジェルシーラの姿に気づく。
これがあの冷酷無慈悲だと噂の……? と呟いているから、優しげなゴーシュ様の表情に驚いているのだと思う。
でもどうしてマクリ様とジェルシーラが、スラッジマン侯爵邸にいるのかしら。
そんな風に疑問に思っていると、テーブルの短辺の方に配置されたひとり掛けソファに座るスラッジマン侯爵が話し始めた。
「今回ゴーシュタインが怪我をしたのは、マクリ殿を庇ったからなんだ。そのため今日はこうして見舞いに来てくれている」
「そうだったのですね、マクリ様を庇って……」
小さく呟いたら、ゴーシュ様の大きな手が私の頭を優しく撫でた。
「マクリ殿は元気だから安心してほしい。彼だろう? フテイシ伯爵領の人で、メスフィが大切に思っていた人物は」
「え、大切に……?」
「フテイシ伯爵領は騎士団への派遣依頼が更新されていないかもしれなくて魔獣の被害に遭っている人がいるのではないか、と心配していただろう?」
向かいのソファに座るマクリ様が、小さく息を呑んだ。
私はゴーシュ様の言葉に驚き、目を見開いてしまう。
ゴーシュ様は私の頭を撫でながら言葉を続けた。
「もしメスフィが望むのならば、これからも自由にマクリ殿と会う事を認めよう」
「そ、それは、メスフィルールとふたりきりで会っても構わないという事ですか? しかも自由にという事は、泊りでも良いと?」
マクリ様の鼻息が荒い。
ゴーシュ様は眉を寄せ、いつも以上に低い声で呟いた。
「……メスフィがそう望むのであれば」
「はぁ、なによそれ、まるで浮気をしてもいいと言っているようなものじゃない! マクリは私の夫なのよ、ふたりで会ったりしたら慰謝料を請求してやるから!」
マクリ様の隣に座っていたジェルシーラが私に向かって大きな声で怒鳴る。
驚いてビクッと肩を震わせた私の様子に気づいたのか、ゴーシュ様が私の身体を包むように優しく抱きしめてくれた。
「メスフィのためならば、いくらでも払おう」
「え、いくらでも……?」
ゴーシュ様を見つめるジェルシーラの瞳が、キラキラと輝いていた。
でもすぐに軽く握ったこぶしを両手とも顎にあて、ウルウル……と瞳が潤んでいく。
「夫に他の女性と会う事を許すなんてつらいけれど……いいわ、メスフィルールがマクリの事をそんなにも想っているのなら、可愛い義妹のためだもの、浮気には目を瞑るわ」
ふと気づくと、ねっとりとした視線でマクリ様に見つめられていた。
先ほどよりもマクリ様の鼻息がさらに荒くなっている。
「公爵も認めてくれているようだし、これからは僕が愛情を向けてあげよう」
スッと片手をこちらへ差し出しながら立ち上がったマクリ様。
「メスフィル―「大切な人はマクリ様じゃありません!」
マクリ様が私を呼ぶのに被せて思わず声をあげてしまった。
不躾な態度を、ゴーシュ様にどう思われたか心配で見上げる。
ゴーシュ様は私の顔を見つめ、目を見開き驚いたような表情をしていた。
「では誰なんだ、メスフィが大切に思っている人は。フテイシ伯爵領にいると言っていただろう?」
「私が大切だと思っているのは、フテイシ伯爵領の領民たちです」
「領民たち……」
「はい、そうです」
きゅ、とゴーシュ様に抱きしめられる。
すると養父で現騎士団長のラフィアン・スラッジマン侯爵が、「フテイシ伯爵領の領民たちなら、今後は心配いらないよ」と話し始めた。
「ゴーシュタインは伯爵領へ向かう前に騎士団へ寄ったんだ。フテイシ伯爵領は騎士団への派遣依頼が更新されていないかもしれないから調べてほしいと言ってね」
スラッジマン侯爵はテーブルの上に、バサッと書類の束を置いた。
「派遣依頼は無く、その分の費用はどうなったか調べてみたよ。うちから渡した支度金もメスフィルール嬢には使われていなかったようだから、気になったしね」
マクリ様とジェルシーラの顔が青ざめている。
スラッジマン侯爵は、にこやかに微笑んでいた。
「この数日間で調べただけでも、メスフィルール嬢が嫁いだ後のフテイシ伯爵家のお金の使い方が色々とわかったよ。国王陛下への報告は済んでいる。フテイシ伯爵領はいったん王家預かりとなり、手続きが済み次第スラッジマン侯爵領に吸収される事になった」
「そんな事になったら、伯爵位を継ぐ僕の領地がなくなってしまうじゃないか」
「そうよそうよ、領地がなくなったら伯爵令嬢の私にどうやって暮らしていけっていうの」
まくし立てるマクリ様とジェルシーラに対して、スラッジマン侯爵は優しげな笑みを向ける。
「領地どころか爵位が確実に剥奪となるだろうね。騎士団の寮の下働きの仕事でよければ紹介するよ」
「イヤだ!」、「嫌よ!」と叫ぶマクリ様とジェルシーラを、ゴーシュ様が威厳のある静かな声で「黙れ」と一蹴した。
私の身体をふわりと抱き上げながら、ゴーシュ様が席を立つ。
「ラフィアン、色々と世話になったな。礼には改めて来るが、今は少しでも早くメスフィを連れて帰りたい。失礼する」
帰りの馬車の中でも、私はゴーシュ様の腿の上に座らされていた。
私の髪を撫でていたゴーシュ様の指が首に触れ、久しぶりの感触に吐息を漏らしてしまう。
そんな私を見つめて、ふ、と小さくゴーシュ様が笑う。
「何日も会ってなかったから赤い色がすっかり薄くなってしまったな。今夜、首に所有印をつけ直してもいいだろうか」
「もちろんです。あと……ゴーシュ様……」
「なんだ、メスフィ?」
少しだけ恥ずかしくなり、ゴーシュ様の胸元へ顔をうずめる。
「……私の大切な人はゴーシュ様です」
こんな愛の告白のようなセリフは初めて言った。
羞恥に襲われて俯いたまま顔をあげる事ができない。
そんな私の顎に添えられたゴーシュ様の指で、クイッと顔を上向きにされる。
ゴーシュ様は低いのに甘さを感じさせる声で「俺の大切な人はメスフィだ」と囁くと私にキスをした。
【本編 完】
あと一話だけおまけの話がありますので、もしよろしければお付き合いください。
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