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序
しおりを挟む今日は学園の卒業パーティー。
首席だった私は卒業生代表の挨拶を無事に終え、ホッと安堵の息を漏らす。
ステージから卒業生たちで賑わうフロアへ戻ると、婚約者の姿が目に入った。
私の婚約者、ボクシング侯爵家嫡男のワンツ様。
隣に立つ女性の腰に手を添えていらっしゃる。
とても仲睦まじく語り合っているご様子だこと。
ふたりの周りには、これでもかというくらい大きな花が咲き乱れていた。
下級生代表で卒業パーティーに参加していたスリーフォフ様が、少し離れたところから私の方を心配そうに見つめている。
スリーフォフ様が心配するのも無理もない。
これではワンツ様が婚約者の私を蔑ろにして他の女性にうつつを抜かしていると公言しているようなものだから。
この国には、愛を告げると必ず花が出現するという不思議な魔法がある。
現れる花は、対象への愛情が具現化されたもの。
それは魔力のあるなし関係なく、誰にでも発現するし誰にも防ぐことのできない魔法。
魔法で現れた花はしばらく空中を漂ったあと自然に消えるので、特に害はない。
害は、無い、のだけれど……
今、ピタリと身体を寄せ合い何かを囁き合っている私の婚約者と子爵家のご令嬢の周りには、大きくて見事な花がたくさん咲いている。
これって、僕の心は浮気してまーす、って事ですよね?
どうしたものかとふたりの様子を眺めながら近づいていったら、ワンツ様と目が合った。
フン、とワンツ様の鼻が鳴る。
「アイーブ、お前との婚約は破棄させてもらう!」
フロアに響き渡りそうな声で宣言しながら、隣に立つシークス子爵家のご令嬢セーブ様の腰をグッと引き寄せた。
「俺はセーブを愛している! 真実の愛を見つけたんだ! 俺はセーブと結婚する!」
ポポンッ、と新たに大きな花が咲く。
まぁ、綺麗!
花に見惚れていたら、「アイーブ様、申し訳ありません……」という声が聞こえたので視線を戻す。
すると言葉とは裏腹に勝ち誇ったような微笑みを浮かべたセーブ様の姿がそこにあった。
「婚約者のアイーブ様がいるのは分かっていましたが、愛してしまったのです……」
ポポポンッ、とまた見事な花が咲いた。
ちなみに私とワンツ様の周りには、過去を振り返ってみても小さな花しか咲いた事がない。
その花は友人同士でも、咲くような花。
今ふたりが咲かせた花とは、比べ物にならない。
真実の愛、ですわね……。
私なんかが邪魔してしまっては、いけません。
ワンツ様と私の婚約は、父親同士が決めたもの。
子爵の父とボクシング侯爵は、身分は違えど学生の頃から仲がよかったらしい。
私たちは生まれた時からずっと、家族ぐるみの付き合いがあった。
おかげでボクシング侯爵家の家庭教師の先生に、一緒に勉強をみていただくことができて。
二年連続して学年主席となった私へ、ボクシング侯爵から父に婚約の打診があったと聞いている。
スリーフォフ様が慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。
「兄上、なに馬鹿な事をおっしゃっているのですか! すぐに発言を取り消してアイーブ様に謝ってください!」
スリーフォフ様は、ワンツ様の弟君。
私とワンツ様よりもひとつ年下だけれど、とても優秀な方。
小さな頃はワンツ様の方がかなり優秀だったけれど、年を重ねるごとにワンツ様は遊びに目覚め、スリーフォフ様は将来のために必要な勉学に目覚め、気付いた時にはスリーフォフ様の方が遥かに優れた知識と知性を身につけていた。
学年が同じだったら、卒業生代表の挨拶は私ではなくスリーフォフ様だったに違いない。
「取り消すものか! 優秀で俺の事を立てられず、いつも俺に惨めな思いをさせる嫌な女となんか結婚できるわけがない! 皆の前で婚約破棄を告げられて、少しは絶望する気持ちを味わうがいい!」
優秀だと否定されるなんて……
婚約が決まり、寝る時間も遊ぶ時間も極力減らして勉強に打ち込んだ私。
ボクシング侯爵領の民のため、裕福な今の状況を維持し安定した領地運営ができるようにと勉学に励んできたのが裏目に出てしまったのでしょうか。
「俺は愛しいセーブと結婚する。彼女なら侯爵家次期当主の俺を立て、控えめについてきてくれるだろう」
セーブ様が、甘えるようにワンツ様の腕に自分の腕を絡ませた。
「はい、私は侯爵家の仕事に口を出したりしません。すべてワンツ様にお任せいたします」
「なんて可愛らしい事を。セーブ、愛している……」
「私も、愛しています……」
ポポポポポポポンッ、と連続して大きな花が咲いた。
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