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15 王子の想い

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私が女性に恐怖を感じることに気づいたのは学園に入学する頃だった。
元から王太子候補時代に女官たちと上手く言っていなかったせいで乳母以外とはあまり口を聞いていなかった。けれどそろそろ婚約者選びを本格的にはじめると聞いた頃から私はおかしな夢を見出した。

夢の中で学園で出会った女性と周りの反対を押し切って結婚した私はその女性に不貞を働かれ間男たちと彼女を怒りに任せて斬り殺す。「好きなのに。どうして?」身勝手な糾弾をする彼女、何度も私に切り裂かれ血溜まりに沈み赤に染まる。目を覚ますと姿も声もわからなくなるのに肉を切った感触だけは手に残る。毎夜毎に夢の中で香水と混じった血の匂いを嗅いで飛び起きる。眠れなくなった私を乳母が夢見を生業にしている魔法使いに会わせに連れて行ってくれた。

話を聞いた夢見にあっさり「学園に在籍中に女性と婚約するな。学園を卒業してから婚約者を決めればいい」と言われた私はそんな簡単なことでいいのかとあっけにとられた。疑っている私の気持ちを読み取ったのか「恋に落ちても『好き』といわないこと」とわざわざ契約魔法を使って契約させられた。しかしその晩から悪夢を見なくなったのだから夢見の言うことは信用することにした。

だが夢を見なくなったからそのことを忘れたわけではない。

酷い夢を見続けたせいで元からうっすら持っていた女性に対する恐怖心が嫌悪感をも伴うものになってしまった。そう気づいたのは婚約者候補の令嬢たちと茶会で会話し舞踏会で踊るうちに否定しようのないものとして私の心に巣食ってしまった後だった。特に夢の中で強烈に記憶に残った甘ったるい香水の香りのせいか女性者の香水に肉体的に拒否反応を示すようになってしまったのは我ながら情けなかったがやめようと思ってやめられるものではないのだからどうしようもない。

複数の相手をするのが苦しいならお気に入りという立場のものを一人選んだらどうかと言ったのは意外なことに親友のサイラーだった。サイラーは幼い時から一緒にいるが真面目な性格で思春期を経てどちらかというと女性に潔癖な性分だと思っていたから私は驚いた。まさか女心を弄ぶようなことを提案してくるなんてどうしたんだろうか。

「一人を選べと言われても婚約者候補の誰であっても近くに寄ると吐き気がするんだが」

特に女性らしさを強調したドレスと香水の組み合わせで私の嫌悪は最高潮に達する。どうしても夢の中の女性と結びついて鼻の奥にあるはずのない血のむせる匂いを感じてしまうのだ。

「最終的には一人に絞ればよいのならふるいにかけるんだ。仮のお気に入りをつくってそれにどう反応するのかを見るんだ。王族の多情なんてよくある話だ。それに耐えられないようなら王太子妃は向いてないだろう」

なるほど意外と筋の通った話かもしれない。私はサイラーの案に乗ることにした。夢見の助言通り私は学園卒業後まで婚約者を決める気はなかったし、それまで婚約者候補達と触れ合う機会が少なくなればなるほどありがたい。

「候補者どのたちと感じが全く違う方がいいだろうな。どちらかと言うと地味で貧相な、ほら例えばああいう感じの」

そういってサイラーが指したのはやたらと線の細い女生徒だった。庭園の端にある低木の茂みのあたりをうろうろしては何かを口に運んでいる。たまに酸っぱいものにあたったのか遠目にも分かるほどに震えているのがなんだかとても可愛らしかった。

「は、学園の生徒たるものがベリーを茂みから直に食べるとはな。よほど腹が空いていると見える。しかしあの動き遠目に見るとリスのようで愛らしいな」

どうやらサイラーも私と同意見らしい。小動物のような動きに笑みが漏れる。どこの誰かもわからない人物だが、私達二人は彼女の動きに無聊をなぐさめられた。私達は彼女を仮のお気に入りとして扱うことに決めた。ベリーを摘むほどお腹が空いているならばきっと彼女にかける迷惑は礼金で賄えると思ったのだ。しかしその時は、まさかフィルが男性だったとは二人とも夢にも思わなかった。結局男性であれ女性であれ婚約者候補達がどう動くか見る囮として役立つことに変わりはないのでフィルをお気に入りにすることは決行されたわけだが。詳しい説明はしなかったがお小遣いとして渡している礼金の量から私達の関係が友情や普通の取り巻きとして動いてほしいわけではないと察してくれるだろうと私は思っていた。

最初は何が起きているのか分からず私達の側に居てもおずおずとしていたフィルだったが、しばらくすると私への好意を全身で示すようになってきた。心苦しくはあったが私も男だしまさかフィルに恋愛的な感情で惚れられるとは思っていなかったんだ、作戦上問題はないとそのままにしておくことにした。

途中からサイラーがなんだか形容しがたい顔をするようになってフィルに怯えられていた。どうやらこちらも予想外の感情に振り回されているらしい。けれど私から二人の仲を取り持つ気はない。なんとかしたいなら学園を卒園してからなんとかするといい。

王と王妃には学園を卒園するまではお気に入りを持ち婚約者候補を篩にかける計画は了承を得ている。今後の貴族たちの様子見にも使えるということで悪くはない考えだと褒められた。権謀術数渦巻く王宮模様などどの国でもあることだが王の選んだ嫡子でもないまだ若い王太子への忠誠心など小さな要因でいくらでも変わる。

王太子が男色家であると誤解した婚約者候補たちの家は娘に身を引かせ一族の中からフィルに似た見た目の者を宛がうために探し、あまつさえ細身になるようにしつけているらしい。仕掛けておいて悪いが貴族達の行動が滑稽で笑いが止まらない。フィルの小柄さはあれは幼い時の栄養失調による弊害だ。青年期に絶食させても骨格がかわるわけではないというのに。お腹をすかせているだろうフィルの代わりの候補には同情しかない。

情報戦に長けている宰相家はどうやら真実を掴んだらしく静観するようだった。このままでいくと婚約者になるのはエリカ殿かな?彼女は私の苦手な女性らしいところも少ないし国母としての能力も申し分ないだろう。私が耐えられるかどうかだけが問題だが。

そういえば、と私は気づいた。フィルと一緒にいるとあの嫌な夢を思い出すことがない。
彼を膝に乗せるとなんだか安心できるいい香りがする。だから機会さえあれば彼を膝に乗せるのだがきっと周りからはフィルがわがままを言って私にまとわりついているように見えるだろう。私がそれを望んでいると気づいてる者はいるだろうか?恋ではないがフィルといると心地いい。

フィルの振る舞いは我儘のように見えるけれど彼はきちんとわきまえているんだ。
「好き」だと伝えて来るけれど私からの『好き』は求めていない。もしも私が彼に恋をしても夢見との約束があるから言ってあげれないけど『好き』という言葉を諦めている彼の物分りの良さに心が痛む。私達の関係は学園卒業までだと伝えては居ないけれどきっと彼は気づいているのだろうなと思っていた。

フィルが階段から落ちたらしい。お見舞いに行くと少し様子がおかしかった。打ちどころが悪かったのだろうか?フィルには腕の良い魔法使いがついているのに。後遺症でも残るのだろうか?

***

最近のフィルは我儘な振る舞いをしなくなった、私が以前のように膝に乗せると困った顔をする。
なんでだろうその顔を見るともっと困らせたくなるんだ。
恥じらう素振りがかわいいなんて……おかしいな。
学園を卒業しても側に居てほしいなんて言ったらサイラーから恨まれるだろうか?

***

フィルが刺された?なんだって?学園の野草園で女生徒に襲われた?
夢の中で私が刺し赤く染まっていた女性が犯人だ。

なぜか確信があった。あぁ、血の匂いがする……


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