08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

由耀

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第1部 輪

EP15 運命

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 トミオがソファーで転寝をしていた。
 最近仕事が立て込んでいたせいか疲れがたまっていたのだろうと彼女は判断した。
 収納からタオルケットを出して、トミオを起こさないように慎重に掛ける。
 
 テーブルの上には、藍色のハンカチ。トミオのお気に入りのもの――。
 彼女はそのハンカチを手に取った。汚れているなら洗濯をしなければならないからだ。
 が、ひらりと軽いものが彼女の足元に舞い落ちる。
 
 彼女はソレを丁寧に拾い上げ、カメラアイで撮影した上で分析を始めた。
 ソレは”植物”であり、“四葉のクローバー”という分析結果が出る。
 それから植物辞典のデータを丁寧に検索をかけた。
 過去の学習データから、この植物が”主”トミオにとって、大事な意味を持つと理解する。
 
 そう言えば朝に”オミヤゲが欲しい”と”主”トミオにジョークを告げた。
 こうしたジョークは学習ベースである”リエ”の記録を再現したものだ。
 だからこそ”四葉のクローバー”は”サツキ”ではなく、”リエ”のために用意されたもの。
 そう解釈することが正しい。  
 ところが彼女はそうは思わなかった。
 
(マサカ……ホントウニ? サツキ ノ タメ二?)
 
 プログラムが、”エラー”を表示する。
 それはプログラムの意図から外れている時のエラーだ。
 そう思うことはサツキには許されない。8秒後にはこの誤認は抹消されてしまう。

(モシカシテ……?)
 
 核を冷やすための冷却水がいつもより循環したのか、彼女のカメラアイから僅かに漏れ出る。
 学習データによれば、人間は”悲しい”と感じたときに”涙”という澄んだ液体を流す。
 
 その時、病院からの診断書とトミオが主治医と交わした書類のデータが受信される。
  
患者トミオ・ケイ・イサキは延命治療を拒否、これまでの治療を継続し自宅での終活を望む』
 
 すると、頭部にあるコアがセンターからの指示を受信する。記憶プログラムが発動する。
 
『ユーザーとの規約により、所有AIドールのカウントダウンを開始します』
 
 彼女のカメラアイが穏やかな表情で寝ているトミオを映し出す。
 
(サツキ ハ トミオサン ノ……)
 
『致命的なエラーが発生した為、強制自動修復を行います』
『”四葉のクローバー”はユーザーの指示に従い、学習データに基づいて適切に処理してください』
『記憶の調整が終わり次第、再起動を開始します。待機姿勢に入ってください』

(ゴメンナサイ……)

 彼女は”四葉のクローバー”をハンカチの中にしまい、テーブルの上に置く。
 それから待機姿勢を取りカメラアイを閉じる。
 すると頭部にあるメモリーコアの中から一部の記憶が消去された。
 それはいずれも彼女が大事なものと認識する記憶だ。
 システムによってエラーと判断された記憶は削除され、前後の違和感がないようにつなぎ直される。

「……サツキ?」
 
 トミオが目を覚まし、サツキを呼ぶ。サツキはトミオの声に応えるべく再起動するが――。
 そのサツキがこれまでとは違うサツキであることを、トミオは知るよしもなかった。
 
 -※-
 
 眠りから目覚めたトミオは、ハンカチの位置がずれていることに気が付いた。
 サツキは、忙しく夕食の支度をしている。
 ならばこの”おみやげ”を少し加工して、後でサツキに渡そうと思った。
 
 少女が持っていた人工水晶のように、内部に”四葉のクローバー”を閉じ込めるのも悪くはない。
 だがもっと軽量でエプロンに付けられるほうが良いだろう。
 トミオはそう考えながら”四葉のクローバーを”保存液に漬け、乾燥と腐敗を防ぐ処置を行った。
 それから軽い透明の樹脂の中に“四葉のクローバー”を入れ、固める。
 縦長の楕円形の中に四葉のクローバーが綺麗に収まり、上部に穴を空け、小さなチェーンを通した。
 
 そう言えば以前、ユイに頼まれて”四葉のクローバー”を使った、似たようなものを作った気がする。
 それをユイは携帯端末に付けていたはずだ。
 確か友達とお揃いにしたいんだ、とユイは言っていた……。
 
「まさか、な……」
 
 トミオは雑念を捨て仕上げを急いだ。丁寧にヤスリをかけ、光沢を出す。
 そうして出来上がったものを、服のポケットに入れて部屋を出た。
 
「トミオさん、ちょうど食事の時間でした。」
「うん、ありがとう。頂くよ……」
 
 サツキはいつも通りトミオの食事を配膳してくれる。
 変わったところなど何もないはずなのに、トミオはサツキの様子が気になった。
 お盆に乱雑に置かれた箸、用途のわからないフォーク……。
 そんな些細なことなのだが、自宅に来たばかりの頃はそれが当たり前だった。
 寝ている間にサツキに何か不具合でも起きたのだろうか。
 トミオはそんな疑問を抱えたまま、夕食を食べ始めた。
  
 玄関のインターフォンが鳴る。
 サツキが何かの信号を受け取り、玄関の受け取り口から何かを持ってくる。
 ユイの例の端末が届いたか? それとも青紫色の鉢植えが届いたか?
 
「ユイさんからのお荷物。ユイさんは心配性……」
  
 ユイはありとあらゆる衝撃から端末を護ることを想定したのか、厳重に梱包を施したようだ。
 サツキが首をかしげながらその厳重な荷物を見つめ、トミオに手渡す。
 
「ユイはそれだけこの端末を……いや、マシューの存在を大事にしているんだ」
 
 トミオは独り言をつぶやくように言葉を続けた。
 サツキは何も言わず、その続きを待った。

「大切なモノは壊れてほしくないと思う。だが世の中に壊れないモノは存在しない……」

(――人のそんな想いを繋げたい)
 
 トミオは慣れた手つきで、ユイの施した厳重な梱包を解いていく。
 この梱包の仕方をユイに教えたのはトミオ自身だ。
 暫くしてボロボロの端末機が姿を現すと、サツキが興味ありげに見つめた。
 
「こんな状態でも、トミオさんなら直せる?」

  サツキは何かを考えているかのようなポーズを取る。

「それはわからない」 
「大丈夫。トミオさんな想いをちゃんと繋げられる。サツキはそう思う」
 
 サツキの意外な言葉に、リエがサツキと重なって見える。
 リエならばきっとそう言うだろう。
 
「ありがとう。ここは俺の腕の見せ所だし、サツキの応援で俺も頑張れるよ」
「……もしサツキが壊れたら、トミオさんが直してくれますか?」
 
 なぜ自信がなさそうに疑問形なのだろう。
 
「もちろん。……サツキは大事な存在あいぼうだからね」
 
 トミオの言葉に、サツキのカメラアイがクルクルと回る。
 しかしサツキのカメラアイに色が宿ることはもうなかった。
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