08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

由耀

文字の大きさ
26 / 48
第2部 継承

EP25 声

しおりを挟む
 この世界には4つの大きなリージョンがある。
 リージョンRは、北に位置する古くから栄えた大きなリージョンだ。
 ユイが住むリージョンCからは、陸・海・空どの交通手段も利用可能だ。

 マシューは、ユイにリージョンCの大きな運河からリージョンRを目指すことを提案する。
 意外なことにルートが最速なのだそうだ。

 マシューに頼んで水上タクシーの手配をして貰っている間、ユイは音楽フェスの問い合わせ窓口にアクセスし、チケット(座席)のグレードをアップさせた。

 音楽バンド的なものを想像していたら、「合唱・管弦楽など」のフェスだったようだ。

(なるほどね。彼女が行きたがらない理由が何となくわかるかも)

 行動のきっかけは押し付けられたチケット。
 だけど流されたまま用意された席に収まるのは何かが違う。
 自分が座る席は自分で選んだ物にしたい。
 そんなささやかな決断にマシューも賛同する。

 黒い総レースのロングワンピースに着替え、マシューと共に水上タクシー乗り場へと向かった。
 小さな星が輝く夜。大きな運河を北上するのは気持ちが良い。
 周りを見る。
 動物型AIドールを連れている人も何人かいた。
 彼らは水がかからないようドール専用のコートをAIドールに着せていた。
 ユイはマシューにもそうしたコートを用意すべきだったと後悔するも、当の本人は。

「IPX8相当の防水性能だ」

 と、なぜか誇らしい。
 何でも、水深3メートルで30分は耐えられるのだとか。
 それなら今度プールにでも誘おうか。

(お爺ちゃんたら、どうしてそんなオプションつけたんだろう……)

 護衛AIドールだから、必要と思ったんだろうか。
 
(もしかして耐性オプション全部付けたとか……。いや、流石にそれはないか)

 そうして優美な曲線を描いた街灯が両岸に見え始めた頃。
 幻想的な光に包まれたリージョンRの中心地の街並みが姿を現した。
 リージョンRは”音楽の都”と呼ばれている。
 音楽フェスは、美術的価値が高いと有名なコンサートホールで行われるのだ。

 伝統的な石畳の道が何処までも長く続いている。
 水上タクシーが目的地に着くと、マシューは開催場所までの最短ルートを案内する。

「本当にこの道で大丈夫なの?」
「当然だ。開演には間に合う道を選んでいる」

 マシューに連れられ、地元の人間にしかわからないような迷宮路を歩く。
 いつもの歩調で歩いたにもかかわらず、会場にはマシューの言う通り開演前に到着した。

「こんな謎のルートを着き進んでこの時間に着くなんて、流石マシュー……」
「うむ。護衛とは危険から主を護るだけではない。危険から遠ざけるのも護衛――」
「はぁ……ステキ! ちょっとドキドキしてきたかも」

 目の前には、風の流れを彷彿とさせる優美な曲線を描く壁。
 繊細な光を湛える巨大なガラス面。建築物それ自体が、静かに鼓動する芸術品のようだった。
 そんな空間に引き寄せられるように、ユイはフラフラと入口へ進む。

「……そこは関係者用だ。ついてこい」
「はぁい」

 各式の高さを醸し出す、上品な雰囲気のコンサートホール。
 ドレスコードがあるのではないかと思ったら、カジュアルファッションの観客も居るようだ。
 黒のワンピースにしてよかったと思いながら、ユイは席を探す。

 黒の執事服を着た老紳士がコンシェルジュのようだ。
 チケットを見せると、すぐに新しい座席のチケットと交換してくれた。
 奮発した最高グレードだ。

「ええと……「C」の「04」って、あ。ここか」

 目の前に広がる扇状のステージ。
 左側には白いグランドピアノが置かれている。
 
(……あの時と、全然違う)

 周囲を見回すユイ。
 祖母のリエとRARUTOのライブに行ったときのことが脳裏に浮かぶ。

 手を伸ばせば届きそうな距離感に心が高鳴る。
 きっかけは押し付けられた物だったのに、こんなに世界が変わるなんて。
 
 音楽団や合唱団が目の前で音楽を奏で、観客に礼を尽くして去っていく。
 あっという間にラストプログラムに移行し、トリを飾る団体がステージに上がる。
 オーケストラと合唱団の共演らしい。
 曲はこの世界で過去に発表された文学作品の、主題歌を演奏するようだ。

 ユイの足元に丸くなって待機していたマシューが、ステージのほうを見上げるように座り込んだ。
 その時、圧倒的なステージの光を浴びて歌う男性が現れた。

(こんなことって……) 
 
 彼はもう眼鏡をかけていなかった。
 銀色の髪を整え、漆黒のスーツを身に纏って、舞台の上でただ輝いていた。

 テナーのソリストとして。

 他の演奏者とまるで違う、強い熱情がそのまま服装に現れているようだ。
 豪華な金糸の刺繍が入った深紅のベストは、まるで王族の正装にもみえた。
 同時にどこか型破りで情熱的な、彼だけのアレンジが施されているような気がした。

(ヒロト・セナ・リーシェン……)

 彼の名前がユイの心の中に響く。
 情熱的で張りのある高めの声と、圧倒的な存在感。

 そんな人が手を伸ばせば届く距離にいる。
 ただ”彼”を知ってみたいと想う。

 美しいソプラノもオーケストラの音楽も耳をただ素通りするのに、
 ヒロトの歌声だけがユイの中で甘く響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ

海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。 あぁ、大丈夫よ。 だって彼私の部屋にいるもん。 部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...