08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

由耀

文字の大きさ
25 / 48
第2部 継承

EP24 空

しおりを挟む
 ユイが勤務するのは、リージョンCにある大きな教育機関だ。
 この世界では、高度な教育を義務としていない。
 生きていくための教育は無料で誰でも受けることが出来るが、それは”知識の種”だ。
 この種をどう育てるかは個人の自由であり、個人が望むことで初めて高度な教育への道は拓ける。

 ユイはこの教育機関の事務局で、学生のサポートをしている。
 業務時間は、AIドールは長期待機というカタチでスリープ状態になる。
 マシューは、ユイの携帯端末からの指示を受け、必要に応じて本体を動かすのだ。
 その日ユイが出勤すると、大量の仕事がユイを待っていた。
 
「これ全部……!? 今日中に終わる……かな?」
「あ~、今朝イサキさんが来たら頼みたいって、主任が言ってたやつですぅ」
 
 隣の同僚が悪魔の様な笑顔で伝える。

「……これだけの量があるってことは元々はもっとあったの?」
「ん~、実は昨日私の所にきた案件なんですよぉ。でも時間だったんで!」
 
 そうだった。彼女はどんなに忙しくても”定時帰り”を美徳とするタイプだ。
 少し舌を出して照れながら頭に手を当てている。
 可愛らしくしたところで、仕事を押しつけたという事実に変わりはない。
 ユイはため息をついた。
 
「……手伝ってくれるよね?」 
「もちろんですよぉ! 今日の分は頑張りますぅ!」

 と、笑顔のサムズアップ。
 ユイはそれ以上何かを伝える気が失せてしまった。
 チラリと目をやると、小さく頷くマシュー。
 なんか了解された。

 ユイは、仕事の処理に向き合う。
 溜め息をつきながらもその目は暗く澱んではいなかった。
 むしろその逆で、キラキラと輝きを放つ。
  
 マシューはそんなユイの様子をしばらく見つめていたが、ほどなくして待機姿勢に入った。

 ー※ー
 ユイが仕事を片付けて帰る頃には、日が暮れていた。
 時計が17時を示すと、職員は一斉に帰り始める。
 ユイは一人残って、後片付けを行っていた時だった。

 通常ならば真っ先に居なくなるはずの同僚が、ユイを探して戻ってきた。

「イサキさん! いたぁ! 突然ですけど、コレ行きません?」

 ヒラヒラと手の中で踊っているのは、音楽フェスのチケットだ。 
 見ればそれは指定席。

「席も決まってるってことは、誰かと行く予定だったんじゃ……」
「そのつもりだったんですけどぉ、なんやかんやでキャンセルになったんで!」
 
(つまり要らないけど、捨てるのはちょっとって奴か……)

「そのフェス今夜開催なんでぇ、楽しんできてください~!」 
 
 彼女は用は済んだとばかりに、ユイにチケットを押し付けて去っていく。
 
「行くなんて一言もいってないのに……また流された気がする」

(なんでいつもこうなんだろう。要らないってハッキリ言えばいいのに、言えない)

 チケットを見れば場所はリージョンRだ。 間に合うかどうかもわからない。

「門を閉めますが、まだ残られますか?」
「あ……。あと10分のうちには!」
 
 警備員がユイに声を掛ける。
 静まりゆく建物にユイとマシューの足音が響く。
 
 空を見上げればもう夜が近づいてきている。
 その赤と黒のコントラストを、マシューはじっと見つめた。

「マシューは空を見上げるのが好きだね」
「ユイもよく眺めていると思うが?」

 ユイの歩調に合わせてマシューも歩調を変える。
 もともとユイの歩調は早めで、ダラダラ歩くことはしない。
 ただ心に迷いがある時、ゆっくりになることだってあるだろう。

「うん、もう癖になってる。空を見上げたからって何かが起こるわけじゃないけど……ね」
「……そうか。ユイは変化に惹かれるんだな。それならもっと今を楽しむべきじゃないか?」

 マシューはユイを見ず、正面だけを向いている。
 信号で止まると、ユイは渡されたチケットをポケットから取り出し、視線を落とした。

(音楽フェス……かぁ)

「今を楽しむ……たとえば一方的に押し付けられたイベントとか?」

 マシューはユイを見上げ、ユイはマシューを見下ろす。
 黒いカメラアイが一瞬澄んだ紫色に見えた気がした。
 
「そうだ。彼女には敢えてユイに渡す意味があったんだろう」

 信号が変わる。
 ユイとマシューはまた歩く。数メートル先にもうマンションが見えてきた。

「……そんな気遣いできるひとじゃないと思うけど」
「俺は変化するものを必要としない。だが変化自体に興味がないわけではない」
「つまり?」
「俺の性能を実感するにはいい機会ってことだ。まぁ決めるのはユイだが」

 マンションのエントランスに入ると、マシューは体をブルブルと震わせた。
 犬の様な仕草。そんな何気ない振る舞いにも意味があるのだろうか。
 
「……それ、ずるい」

 ユイが頬を膨らませて呟く。
 同時にマシューがいれば”怖くない”と、ユイは心から思った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ

海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。 あぁ、大丈夫よ。 だって彼私の部屋にいるもん。 部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます

久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」 大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。 彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。 しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。 失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。 彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。 「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。 蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。 地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。 そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。 これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。 数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。

処理中です...