69 / 106
第4部 再誕
EP66 ミカゲ
リージョンN、H市。この町にはアゼレウス社最大規模の支社と修理工場がある。
ルシー・フェルドはその修理工場の第4倉庫の奥に、放置されていた。
永らくアゼロン・カンパニーの総責任者、ミカゲ・カイ・マガミはこのAIドールの処分を“保留”にしたうえで、アゼレウス社の倉庫に”放置”させていた。
AIドールの電力は必要に応じて供給したまま、ルシー・フェルドを拘束するのでもなく、ただ倉庫に無造作に置いたのだ。
突然のマガミ家当主の来訪を受けたアレン・リード・レゼルは、急ぎ会議を終わらせ、その対応に当たった。
マガミ家の当主のミカゲ・カイ・マガミは、カザム教における穏健派の宰導でもある。
カイドウ家が世界の医療を司るなら、マガミ家は世界の思想を司る。
アゼロン・カンパニーはそうした人間が興した企業なのだ。
ミカゲは社長室に案内されたという。
いま社長室には別のクライアントから回収したAIドールが一時的に置かれている。
「AIドールを誰か下げてくれないか? 技師ならだれでもいい」
「はい、連絡いたします」
秘書の一人がアレンの言葉に従い、指示を出す。
そして今、対面したアレンが驚いたのも無理はない。
彼の良く知るミカゲ・カイ・マガミと今目の前にいる男性とは全く異なる。
目の前に居るのは黒髪と赤紫色の目を持つ、線の細い男性だ。
代替わりした、とは聞いていたが、これほど若い男性だったとは考えもしなかった。
どう見ても成人したての、18歳か19歳くらいの若者。
それなのに纏う空気は先代のミカゲよりも“守護者の影”として成熟しているように思えた。
「ミカゲ様が御自らこちらに来られるとは……それほどの案件でしょうか?」
アレンは慎重に言葉を選ぶ。
「いやあ、そろそろ死神をどうにかしようと思っていてさ」
部屋の奥で見慣れた顔の技師と、他数名がAIドールを運び出す。
そのうちの一人が死神という言葉に肩を震わせる。
ミカゲはそんな彼らを一瞥し、満足そうにアレンに微笑んだ。
「タケシバ君、レイラを呼んできてくれないか?」
「分かりました、失礼します」
若い女性秘書がミカゲに飲み物を聞いている。
長い黒髪の前髪の隙間から、整った赤紫色の目が僅かにのぞく。
その目はずっと冷たいままだ。
それなのに表情は微笑んだまま、甘い微笑みに若い女性秘書が顔を赤らめる。
「キミのお勧めで良いよ」
「はい……、かしこまりました!」
ミカゲの甘い微笑みを受けて、女性秘書は足早に去っていく。
アレンはミカゲに着座を勧める。
奥の一人掛け椅子に座るミカゲ。アレンは最も立場が低い下座の位置に座る。
両社の力関係がありありと出ている。
先代のミカゲよりも現在のミカゲは立場を明確にする傾向があるようだ。
「ルシーを処分されるということは、過激派への対策は……」
ミカゲは足を組んで座り、背もたれに深く身体を埋め、両手を膝の上で組む。
嬉しそうに窓を見つめながら、彼はあっさりと告げる。
「必要ない。グライゼルのヘイトはカイドウの女王に固定されるだろうしね」
「カイドウの女王……? ユイが? まさか、ルシーを望んでいると?」
アレンが驚く様子が想定した通りで嬉しいのか、ミカゲは意味ありげに笑う。
その笑みをアレンは不快に感じたが、その感情を表に出すことはなかった。
代わりに眼鏡の淵を少し上げる。これはアレンの癖でもあった。
「そのまさか、さ。面白いだろ?」
(彼は何を信じているんだ? ……ユイが拓く未来か?)
「……あなた様はユイ様にルシーを託されるおつもりなのですか?」
アレンはミカゲの赤紫色の目に何かの揺らぎを見つけたいと思いながら、見つめた。
しかしミカゲは意図的に視線の温度を下げるだけだった。
それはまるで盤上の重要な駒を置くような目――。
「女王が望むならね。ルシーに関してはそれでもいいと思っているよ」
この即答にアレンは呆れた。
(彼にとっては人間もAIドールも、世界の“道具”でしかないのか? 現実さえもゲームのように操り、支配するというような……。なんという高慢さなのだろう)
以前のミカゲであればこんな暴挙など考えもしなかっただろう。
「そんな……10年以上も我々に放置を命じておいて、彼女が必要としなければ破棄すると……?」
「必要な年月さ。なぜかは言わなくても分かるだろ?」
アレンは武器を持たないと決めたカザム教徒だ。
神に対する見方はどちらかと言うと過激派に近い。
だが、幹部連中の手段を選ばないやり方にはついて行けない。
かといって穏健派のように信仰が緩やかでもない。
実際、グライゼルの信徒の多くは武器を持ち人を殺めることに抵抗がある者たちばかりだ。
言葉を失うアレンに、ミカゲは更に続ける。
「さて。アゼロン・カンパニーの意向にアゼレウス社も同意したと判断するけどいいね?」
時計を見ながらミカゲは告げる。
アレンは片手を強く握りしめる。
「……脅迫ですか?」
「まさか。ビジネスだけど?」
ミカゲが一枚の書類をアレンに持たせる。
それはルシー・フェルドの“所有権の放棄”を促す書類だ。
アゼロン・カンパニーが記入する欄には既にミカゲ・カイ・マガミと署名がされている。
サインする場所は一つしかない。
――そういうことだ。
「ミカゲ様、お待たせ致しました……」
「うん、ありがとう」
差し出された珈琲を笑顔のまま飲みながら、女性秘書の服装を褒めている。
彼にしてみればそんな会話に意味など無いだろうに、さも大事なことの一つとして錯覚させるような丁寧な対応だ。
やがてアレンが書類にサインすると、用は済んだとばかりにミカゲは去っていく。
「見送りは要らないよ、直ぐに行きたいからね」
それでもアレンはエレベーターまで、ミカゲを見送る。
丁寧に頭を下げるアレンに、ミカゲは呆れたように苦笑する。
「ホント紳士だよね」
エレベーターが閉まってからも、アレンは扉の前に立ち尽くしていた。
上昇を続けるエレベーターは屋上で停まる。
屋上にはヘリポートがある。空からなら、30分もあれば着くだろうか。
「H市の支社に至急連絡を。20分前後にアゼロン・カンパニーの社長が訪問される」
「かしこまりました。直ぐに」
アレンを探しに来た秘書は部屋に戻り、通信を行う。
その会話を聞きながら、大事な友との約束を守れなかったことを悔やんだ。
ルシー・フェルドはその修理工場の第4倉庫の奥に、放置されていた。
永らくアゼロン・カンパニーの総責任者、ミカゲ・カイ・マガミはこのAIドールの処分を“保留”にしたうえで、アゼレウス社の倉庫に”放置”させていた。
AIドールの電力は必要に応じて供給したまま、ルシー・フェルドを拘束するのでもなく、ただ倉庫に無造作に置いたのだ。
突然のマガミ家当主の来訪を受けたアレン・リード・レゼルは、急ぎ会議を終わらせ、その対応に当たった。
マガミ家の当主のミカゲ・カイ・マガミは、カザム教における穏健派の宰導でもある。
カイドウ家が世界の医療を司るなら、マガミ家は世界の思想を司る。
アゼロン・カンパニーはそうした人間が興した企業なのだ。
ミカゲは社長室に案内されたという。
いま社長室には別のクライアントから回収したAIドールが一時的に置かれている。
「AIドールを誰か下げてくれないか? 技師ならだれでもいい」
「はい、連絡いたします」
秘書の一人がアレンの言葉に従い、指示を出す。
そして今、対面したアレンが驚いたのも無理はない。
彼の良く知るミカゲ・カイ・マガミと今目の前にいる男性とは全く異なる。
目の前に居るのは黒髪と赤紫色の目を持つ、線の細い男性だ。
代替わりした、とは聞いていたが、これほど若い男性だったとは考えもしなかった。
どう見ても成人したての、18歳か19歳くらいの若者。
それなのに纏う空気は先代のミカゲよりも“守護者の影”として成熟しているように思えた。
「ミカゲ様が御自らこちらに来られるとは……それほどの案件でしょうか?」
アレンは慎重に言葉を選ぶ。
「いやあ、そろそろ死神をどうにかしようと思っていてさ」
部屋の奥で見慣れた顔の技師と、他数名がAIドールを運び出す。
そのうちの一人が死神という言葉に肩を震わせる。
ミカゲはそんな彼らを一瞥し、満足そうにアレンに微笑んだ。
「タケシバ君、レイラを呼んできてくれないか?」
「分かりました、失礼します」
若い女性秘書がミカゲに飲み物を聞いている。
長い黒髪の前髪の隙間から、整った赤紫色の目が僅かにのぞく。
その目はずっと冷たいままだ。
それなのに表情は微笑んだまま、甘い微笑みに若い女性秘書が顔を赤らめる。
「キミのお勧めで良いよ」
「はい……、かしこまりました!」
ミカゲの甘い微笑みを受けて、女性秘書は足早に去っていく。
アレンはミカゲに着座を勧める。
奥の一人掛け椅子に座るミカゲ。アレンは最も立場が低い下座の位置に座る。
両社の力関係がありありと出ている。
先代のミカゲよりも現在のミカゲは立場を明確にする傾向があるようだ。
「ルシーを処分されるということは、過激派への対策は……」
ミカゲは足を組んで座り、背もたれに深く身体を埋め、両手を膝の上で組む。
嬉しそうに窓を見つめながら、彼はあっさりと告げる。
「必要ない。グライゼルのヘイトはカイドウの女王に固定されるだろうしね」
「カイドウの女王……? ユイが? まさか、ルシーを望んでいると?」
アレンが驚く様子が想定した通りで嬉しいのか、ミカゲは意味ありげに笑う。
その笑みをアレンは不快に感じたが、その感情を表に出すことはなかった。
代わりに眼鏡の淵を少し上げる。これはアレンの癖でもあった。
「そのまさか、さ。面白いだろ?」
(彼は何を信じているんだ? ……ユイが拓く未来か?)
「……あなた様はユイ様にルシーを託されるおつもりなのですか?」
アレンはミカゲの赤紫色の目に何かの揺らぎを見つけたいと思いながら、見つめた。
しかしミカゲは意図的に視線の温度を下げるだけだった。
それはまるで盤上の重要な駒を置くような目――。
「女王が望むならね。ルシーに関してはそれでもいいと思っているよ」
この即答にアレンは呆れた。
(彼にとっては人間もAIドールも、世界の“道具”でしかないのか? 現実さえもゲームのように操り、支配するというような……。なんという高慢さなのだろう)
以前のミカゲであればこんな暴挙など考えもしなかっただろう。
「そんな……10年以上も我々に放置を命じておいて、彼女が必要としなければ破棄すると……?」
「必要な年月さ。なぜかは言わなくても分かるだろ?」
アレンは武器を持たないと決めたカザム教徒だ。
神に対する見方はどちらかと言うと過激派に近い。
だが、幹部連中の手段を選ばないやり方にはついて行けない。
かといって穏健派のように信仰が緩やかでもない。
実際、グライゼルの信徒の多くは武器を持ち人を殺めることに抵抗がある者たちばかりだ。
言葉を失うアレンに、ミカゲは更に続ける。
「さて。アゼロン・カンパニーの意向にアゼレウス社も同意したと判断するけどいいね?」
時計を見ながらミカゲは告げる。
アレンは片手を強く握りしめる。
「……脅迫ですか?」
「まさか。ビジネスだけど?」
ミカゲが一枚の書類をアレンに持たせる。
それはルシー・フェルドの“所有権の放棄”を促す書類だ。
アゼロン・カンパニーが記入する欄には既にミカゲ・カイ・マガミと署名がされている。
サインする場所は一つしかない。
――そういうことだ。
「ミカゲ様、お待たせ致しました……」
「うん、ありがとう」
差し出された珈琲を笑顔のまま飲みながら、女性秘書の服装を褒めている。
彼にしてみればそんな会話に意味など無いだろうに、さも大事なことの一つとして錯覚させるような丁寧な対応だ。
やがてアレンが書類にサインすると、用は済んだとばかりにミカゲは去っていく。
「見送りは要らないよ、直ぐに行きたいからね」
それでもアレンはエレベーターまで、ミカゲを見送る。
丁寧に頭を下げるアレンに、ミカゲは呆れたように苦笑する。
「ホント紳士だよね」
エレベーターが閉まってからも、アレンは扉の前に立ち尽くしていた。
上昇を続けるエレベーターは屋上で停まる。
屋上にはヘリポートがある。空からなら、30分もあれば着くだろうか。
「H市の支社に至急連絡を。20分前後にアゼロン・カンパニーの社長が訪問される」
「かしこまりました。直ぐに」
アレンを探しに来た秘書は部屋に戻り、通信を行う。
その会話を聞きながら、大事な友との約束を守れなかったことを悔やんだ。
あなたにおすすめの小説
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ
猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。
当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。
それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。
そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。
美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。
「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」
『・・・・オメエの嫁だよ』
執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?
花嫁は忘れたい
基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。
結婚を控えた身。
だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。
政略結婚なので夫となる人に愛情はない。
結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。
絶望しか見えない結婚生活だ。
愛した男を思えば逃げ出したくなる。
だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。
愛した彼を忘れさせてほしい。
レイアはそう願った。
完結済。
番外アップ済。
出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です
流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。
父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。
無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。
純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。
どうかこの偽りがいつまでも続きますように…
矢野りと
恋愛
ある日突然『魅了』の罪で捕らえられてしまった。でも誤解はすぐに解けるはずと思っていた、だって私は魅了なんて使っていないのだから…。
それなのに真実は闇に葬り去られ、残ったのは周囲からの冷たい眼差しだけ。
もう誰も私を信じてはくれない。
昨日までは『絶対に君を信じている』と言っていた婚約者さえも憎悪を向けてくる。
まるで人が変わったかのように…。
*設定はゆるいです。
【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった
凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】
竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。
竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。
だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。
──ある日、スオウに番が現れるまでは。
全8話。
※他サイトで同時公開しています。
※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。