俺の彼女と私の彼

由耀

文字の大きさ
4 / 5

EP04

しおりを挟む
 物心つく頃から、トミオは機械が好きだった。
 不注意で壊してしまった端末を、再び稼働させた時の感動は、今でも忘れられない。
 
 モノが壊れる理由は様々だ。
 だが故障の原因のほとんどは、ユーザー自身が意図して起こしたものではない
 ただその行動をとれば壊れてしまうという結果を知らなかっただけ。
 トミオの両親は、モノはモノだと割り切るタイプの人間だった。
 そういう考えもあると理解はしている。その考えを否定したくはない。
 だが配慮した扱いをするのでもなく、エラーが出れば気に入らないと新たにする。
 家の中には大抵最新の機械があった。そうした機械の中に長く使われたものはなかった。
 どれほど丁寧に作られ機能的で素晴らしくとも、その価値を発揮しないまま新しいモノと入れ替わる。そんな状況を切なく感じていた。
 
 こうした両親のおかげか、トミオは常に新しい技術に触れることができた。
 両親をモデルに、モノの扱い方やどこを改良すれば長くユーザーに愛されるかも、知るきっかけが出来た。両親は心から望み、納得させるだけの結果を出せば、惜しみなく学びの機会を与えてくれたからだ。
 
 そんなトミオが目指した道――。 
 壊れた機械を修理する仕事に就きたい。自分が作った機械を愛用するユーザーのために、本当に良いものを届けたい。
 
 そのためには優れた技術と最先端の知識、経験が必要だ。トミオが選んだのは、アゼロン・カンパニーと提携を結ぶ大手端末機械メーカー、アゼレウス社だ。
 学生の頃からこの会社に所属し、幾つもの資格試験を経て「修理技能士」のライセンスを取得する。トミオが正規雇用となってからはいつの間にか「特級技士」と呼ばれるようになっていた。
 
 特級技士とは、修理技能士の中でも熟練の技術を持った者のことを指す。多くの修理技能士の模範だ。だがトミオ的には地位や名誉、肩書きなどはどうでも良かった。
 トミオが「特級技士」であるという事実を知る者は、上層部のわずかな人間と友人たちのみ。何も知らない後輩たちは、トミオを出世コースを踏み外した哀れな「修理技能士」の一人として見ていた。
 それどころか極度のワーカホリックと誤解する者もいるほどだ。
 同期の友人たちは、トミオ自身がこうした誤った認識を受け入れている事実に憤慨する。

「俺はそれで構わない。俺を超える若手が増えるならそれでいい」
 
 定年を迎えても、会社はトミオを必要とした。
 最後まで活躍する場所を得られたことは、とても幸運なことだとトミオは考えていた。

 ー※ー

 杖をついたトミオがゆっくりと歩く中、白衣を着た若い女性看護師とすれ違う。
 B5サイズほどの端末を抱える彼女は、まだ二十代後半に見えた。
 リエもまた看護師をしていた。

 この病院は大きな総合病院で、アゼレウス社とは提携を結んでいる。そのため社員は何かあるとこの病院で診てもらう。急患が出れば当然遅れることもあるし、最悪、再来院となることもある。最近は遠方からの来院も多いのだろう、朝早くから来ている患者がすでにロビーに集まっていた。
 大きな画面に診療番号と診療室が表示される。携帯端末を開き、診療番号をもう一度確認する。63番……今は30番台が掲示されている。どうやら待たなければならないようだ。

(いいさ、待つことには慣れている。たとえ待った先に何が起ころうとも)

 空いている椅子にゆっくりと静かに腰を下ろすと、正面には先ほどの中庭が見える。
 降り注ぐ柔らかな光を眩しそうに目を細め、トミオは昔の記憶に想いを馳せた――――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

あんなにわかりやすく魅了にかかってる人初めて見た

しがついつか
恋愛
ミクシー・ラヴィ―が学園に入学してからたった一か月で、彼女の周囲には常に男子生徒が侍るようになっていた。 学年問わず、多くの男子生徒が彼女の虜となっていた。 彼女の周りを男子生徒が侍ることも、女子生徒達が冷ややかな目で遠巻きに見ていることも、最近では日常の風景となっていた。 そんな中、ナンシーの恋人であるレオナルドが、2か月の短期留学を終えて帰ってきた。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

処理中です...