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第一話【甘い甘い薔薇の君】

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お茶会の主催者である、サノアル・ハイドシュバルツ公爵令嬢が立ち上がって声をはった。
サノアル令嬢は長い銀髪をポニーテールにしていて、紫色の瞳と口元のホクロが妖艶さを引き出していた。なんと前世では政治家をしていたそうだ。
「この度は御集り頂き、誠にありがとうございます。本日は乙女ゲーム【甘い甘い薔薇の君】略して甘薔薇を愛する者として、醜い争いが起きぬよう、最初から攻略対象を決めたいと思いお集まり頂きました。無事に決まった際には横取り等、ましてはハーレム等が起きてしまわぬよう魔法契約書にそれぞれがサインをする事。それが今回の目的です。」
甘薔薇をこよなく愛する者達が集まっているせいか、誰もそれに対して異議を唱える者等いなかった。そして公爵令嬢4人は甘薔薇において聖女を虐める悪役令嬢だ。
もちろん私も甘薔薇は愛していた。転生前の私はド貧乏な上にドブスで100キロを超えるデブだった。彼氏等できるわけもなく、自分の醜い姿に卑下し友人とも距離を置いていた。そもそも遊びにいけるお金もなかった。そんなどうしようもない私の唯一の楽しみが、甘薔薇をプレイする事だけだった。ラーメン屋でのバイトと食う寝る以外の時間はずっと何度も何度も甘薔薇を繰り返しプレイする毎日を送っていたほどだ。そんな私が甘薔薇の世界に転生したのだ。こんなに幸運な事はない。
そう自分は幸運なのだ。前世と違い、いくら食べても太らない幻のボディ。ツヤツヤキラキラの淡い薄水色の髪の毛、青と紫が入り混じった綺麗な瞳。おまけに魔法や錬金術まで使えるときた。こんな世界に転生できて楽しくないわけがない。そして公爵令嬢としてのマナーや教養は全て習得済。
この小さなテーブルを囲む5人は先日行われた聖女誕生を祝うパーティーにて同時刻に5人とも高熱を出して倒れてしまったのだ。
最初は伝染病を疑われて、同じ部屋に押し込められた。3日間寝込んだ後、同じタイミングでそれぞれが目を覚まして転生している事に気付き、5人で抱きしめあって泣いたのだ。
それほどまでに甘薔薇が大好きなのに、ちっとも攻略対象に興味がない私がいます。
攻略対象よりも最悪な人生からの脱却が嬉しすぎるからだ。もう一生独身でも良い。やりたい事が多すぎるのだ。だが、腐っても公爵令嬢。絶対に誰かとは結婚させられてしまう。
一番害の無い攻略キャラを選ぶしかない。

「あの、私は狂気の騎士、エンバート・ギルクライム公爵推しです!!」といち早く叫ぶ聖女は、この物語のヒロインであり、聖女に転生してしまった女子高生。金髪、碧眼。白い肌。まるでお人形のような美しさだ。
「聖女様本当にエンバート兄様でよろしいのですか!?モンスターを狩る事しか興味ないうえに恋愛もこの上なく下手くそで甘薔薇の中で一番甘くない薔薇でしてよ!?」と狂気の騎士の妹に転生してしまったギャラクレア・ギルクライム公爵令嬢が青ざめた顔をして聖女に問う。
真っ黒なウェーブがきいた髪に赤い瞳のギャラクレア令嬢。本来ならド派手でフリフリのついた奇抜なドレスを好む悪役令嬢だが、前世ではデザイナーをしていたそうで、今はスマートゴージャスエレンガントな金のマーメイドドレスを纏っている。
「はい、私前世では女子高生でしたが、どっぷりネットゲームにハマってしまって、そのゲームの中ではヒーラーをしていました。甘薔薇をプレイしていて、私が隣にいれば彼の傷を癒せるのにってずっと思っていて、思い入れが強いのです。」
「なるほど、どうですか?皆さん狂気の騎士エンバート推しは他にいらっしゃいませんか?」
私を含めて他の3人は首を振った。
「おめでとうございます。聖女様。エンバートは貴女のものです。」と目を細めてニコリと笑い聖女に告げるサノアル。
「やったぁっ!」と心の底から声を出す聖女。顔を赤らめてぎゅっと拳を握る。
「私はこの国の政治に興味がありますので、王国の宰相、ベル・ヴァレンを狙っていますが、対抗はいらっしゃいますか?」とサノアル。
「待ってください!私ベル様推しです!!ベル様だけは譲りたくありません!!」と声を荒げるのはドーリッシュ・エッケンシュタット公爵令嬢に転生した図書館司書の方だった。
ドーリッシュは真っ赤な髪に褐色肌で黄金の瞳に釣り目、いかにも悪役キャラな令嬢だった。しかし中の人は大人しそうでお淑やかな方で凄いギャップを感じてしまう。
「ん…そうですが…。ですが、彼はかなりのドSキャラですよ?」と顎を掴むサノアル。
「大丈夫です!!私ドMですから!!」と顔赤らめてドMだと主張するドーリッシュ。凄まじいギャップだ。
「あの、少し宜しいですか?私の推しは魔塔主のシグルド・ウロボロス様ですわ、エルヒリア様の推しは?」とギャラクレアさんが紅い瞳で真っ直ぐ私を見つめる。
「私はー…あまりもので…。」と告げると皆が目を見開いて私を見る。
「へ?てっきり王子のプレジャデス推しかと思っておりましたのに。」と誰よりも令嬢プレイを楽しむギャラクレアさんは令嬢らしからぬ口をポカンと開けたままだった。
「て、なると余るのは第二王子の引きこもりの根暗王子か、隠しキャラの隣国の王子しか残っておりませんわよ?」とサノアル。
「そうですよね。私、甘薔薇はとても好きで毎日欠かさずプレイしてたんです。けど、前世では貧乏で何もできなかったから今世では自由に生きたくて、だから邪魔にならない人ならだれでも良いなって思えてしまって。」
「そう、なら第二王子がピッタリかもしれないわね。」とギャラクレア。
「そうね。彼しか独身ルートを進めないかもしれないわね。」とサノアル。
「本当に大丈夫?だって彼は…。」と視線を逸らすドーリッシュ。

そう、余り物の第二王子は誰もクリアした事がない運営の遊び心が働いたキャラだった。
乙女ゲームには言葉の選択肢が存在し、正解の選択をし続けることでハッピーエンドを迎える事ができる。しかし第二王子であるジェイドはどの選択肢を選んでも絶対にクリアする事ができないという落とし穴的なキャラだった。つまり彼なら私を独身ルートへ導ける唯一のキャラだ。

「大丈夫です。私貧乏だったので平民になっても暮らしていけます!」とグッとガッツポーズを見せた。
「平民にはなりませんよ。だって、ここには聖女様がいらっしゃいます。神託が下ったといって、それぞれが強制的に結ばれるように仕組めば良い話ですので。ですが、皆さん。本当にプレジャデス・スイートローズを私が頂いても大丈夫ですか?」とサノアル。
それには全員がコクリと頷いて同意した。
プレジャデス・スイートローズは誰もが恋心を抱く完璧キャラなのだ。金髪碧眼で誰よりも優しさに溢れたキャラだ。私も最初は惚れました。一推しです。けれども、それ以上に、色んなしがらみから解き放たれて自由になれた事が嬉しくて、王妃や公爵の責務とやらさえも今は疎ましいのだ。

全員が魔法契約書にサインして解散となった。
後日聖女様が神託を下して全員がそれぞれ好みの殿方と婚約して、それぞれがヒロインとなって楽しむ事だろう。私も、現代チートとやらで自分でお金も稼いで自由に気楽に生きるんだ。
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