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1p【リアル】

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夢と現実が入り混じる不思議なバトルゲーム【リアル】がムーンバミューダという日本の会社によって開発された。
それ以来、世界は劇的に変わってしまった。
プレイヤーは実際にゲームの中に入り込んで、プレイヤー同士の戦い、モンスターの討伐クエスト、企業が開催するイベント、更には自分の家を自由に作ったりなんかもできる。
現実世界では難しい事が簡単にできてしまう。

【リアル】の中は現実世界と同じように〔視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚〕ほぼ全ての五感があるので、全人類がそれにハマっていった。
バトルに必要な強い武器や魔法を使う為の道具が出てくる俗にいうガチャガチャなんかもある。
昔スマートフォンで流行っていたソーシャルゲームがリアルになったような世界だけど、どちらかというとパソコンゲームのMMORPGに近い。
【リアル】をプレイするには、区役所に併設してあるムーンバミューダ社特別窓口で、住民票と身分証明書、それから印鑑等がいる。18歳未満は保護者の同意書も必要だ。それから細かい書類に全て同意のサインしなければならない。とても面倒だけど、それをする価値のあるゲームだ。現実世界の自分を知られる事のない世界、好きな容姿・好きな声・本当になりたかった自分になれるのも魅力的。

【リアル】内のバトルに3回負けたら、160時間この会社の為に体を使った労働をしなければならない。
そんなに労働するなら辞めると最初は誰もが口にしていた。だけど、実際にゲームの中に入れるゲームなんてこの世に【リアル】以外存在しない。ペナルティとして160時間労働してでも、また戻りたいと思ってしまう、思わせてしまう。とても依存性のある恐ろしいゲーム。

前に大型モンスター討伐クエストイベントで、討伐に失敗した多数のプレイヤーが一斉に姿を消した。
もちろん僕も三回目の失敗で消えた。最初の細かい登録のせいで複数アカウントをもつことができないのでペナルティを回避する事は不可能。
最寄りのムーンバミューダ社施設で学生は農作業とか軽作業をさせられ、大人の人はもっと難しい仕事をさせられる。資格を持った人は特別にペナルティを短縮する事ができたりする。そのせいか必死に資格をとろうとする人が急増している。
ペナルティ労働は現実世界に支障がでない程度に消化できるもので1日30分ずつ消化しても特に問題はない。だけど160時間分労働しなければゲームには復帰できない。なので大抵の人が無理をして消化する。相当厳しいペナルティだけど何人、何万人もの人がペナルティをこなして復帰している。

このゲームは社会現象どころではなく、世界を巻き込んだシステムで世界各地のいたるところにムーンバミューダ社の労働施設が建っている。
ムーンバミューダ社の社長は絶対に顔を出さないので、宇宙人が作り上げた会社だとか噂されている。

このゲームでの出来事はほんの一瞬、ムーンバミューダ社は人間の意識をゲームの中に引き込むだけでなく時間の圧縮にも成功している。
つまり1分が数時間、もしくは1年になるかもしれないらしい。しかし、未完成なのか、時間は常に変動していて、早くなったり遅くなったりする。どういう仕組みかはムーンバミューダ社の社長だけが知っているらしい。

歩いている時に急にバトルを仕掛けられる場合がある。もちろん逃げられない。バトルは信号を渡っている途中や乗り物の運転中にふっかけられたりはしない。だけど、このシステムは次のアップデートで廃止される可能性が高いそうだ。

それから、外でバトルが起こった場合、上空に飛んでいるトンボ型ドローンで厳重管理されていて事故がおこらないようになっている。
現実世界で挑まれたバトルは強制的に初心者の町【初心者村】の闘技場に転送されて試合が行われる。
ちなみに現実世界で身に危険が迫っている場合は強制ログアウトさせられて現実世界に意識が戻る。

外にいて意識が【リアル】の中にある場合上空に飛んでいるドローンが一台自分の肩にとまり、ドローンに監視され安全を確保される。
何億人というプレイヤーがいるのにどうやって監視しているのかも謎だけど…考えるときりがない。
ムーンバミューダ社は来るもの拒まずな会社らしく世界各地で家の無い貧しい人が就職し姿を消した。
特にスラム街と呼ばれた場所で生活していた人たちも姿を消したらしい。
恐らくそういう人達みんなを受け入れて、監視だとか…そういうのに雇ってるのかな?

【リアル】ができてから治安が良くなったと、戦争も無くなったと、平和が訪れたというニュースでもちきりだ。

正式バトルの勝者には一万円。
ゲーム内の通貨は現実でも使える。つまり電子マネー化状態だ。
しかし、武器や防具を更新しなければ、いつ負けてもおかしくない。負ければ当然1万円を失ってしまう。
もともと所持金が0になっていた場合はマイナス表記になる。つまり借金状態だ。
だけど、相手の戦力等を見る事ができないから突発的なバトルが開催される事が少ない。
強制ログアウトさせられるとログアウトした人が負けになってしまう。
だからこそ現実世界でバトルをしかけられる事なんてほとんどない。しかし不正はある。借金だけ負わされ続ける人がでてきた場合、ゲームマスター事、GMがすぐに駆け付けて審議を行う。不正が発覚した場合はペナルティ1とされる。
それと同じギルド同士は正式バトルを行えない、だけど練習試合は行える。

練習試合は正式バトルと違って負けても負けたとカウントはされないからギルド員のプレイヤースキル(プレイヤーの操作技量)を向上させる為に良く使われているらしい。

当初はバトルメインのゲームだったけど、ゲームの世界では言語が統一されていてゲームの中の町で外国人と交流する事が簡単にできてしまい、最近では色んな企業がそのゲームにアクセスして会議を行ったりしていたりする。

ゲームの中にはいくつもの国や町があって、その町を統治しているバトル王が安全地域設定した場合そこではバトルを行えない。
その安全地域を利用して色んな企業があつまってイベントを開いたりしていた。
バトル王システムは僕がやめた後に実装されて、バトル王大会が各町で発生し、そこで勝ち抜いた者がバトル王。
最初の王が決まってからは変更修正されて防衛戦となっていった。誰でも挑める。バトル王を倒せばだれでもバトル王になれる。

但し、王になれるのは一ヶ所だけ。

町や国の王になった者には特別に町を好きに作れる権限があたえられ、NPC(ノンプレイヤーキャラクター、最近のNPCは人工知能だから人間と大差ない会話が可能。)を生み出し配置する事ができる。
または町とは言えない無人の荒野に変えてしまう事もできる、つまり町の各種設定を行う権限が与えられて・・・
さらに・・毎月お金がもらえて・・・モンスター討伐関連のクエストを達成できなくてもペナルティを受けない。
特典が盛り沢山なわけだが、仕事量が凄いとの噂だ。

バトル王はムーンバミューダ社の施設に住む事もできるらしい…これは公式サイトに載ってた情報。
バトル王を経験した人のブログではバトル王の間はあらゆる生活の保障がされて…町作りに専念できるそうだ。
町を国に進化させて防衛し続けてるバトル王の大半は施設に住みうつるそうだ。
つまりムーバミューダ社の契約社員的なものになる。

ちなみにバトル王がバトルに負けてペナルティを受ける事になってしまった場合謎の災害が起きて国は崩壊する。
バトル王が24時間以内に1回もログインしない場合も謎の災害が起きて崩壊しバトル王大会が開かれる。

【リアル】の世界で簡単なクエストだけをこなしてお小遣い稼ぎをする人もいる。
バトルゲームと言えども使い方次第では自由だ。
受験勉強で疲れて息抜きしたい時とか考える時間がほしい時とか、ゲーム内でメモしたものや写真を携帯に転送できる為、時間短縮をする事も可能になった。

たった一つのゲームが社会を、いや、世界を変えてしまったんだ。

僕は昔、大型モンスター討伐クエストに学校の友達と作った小さいギルドで3回討伐に挑んで3回負けてペナルティの160時間労働を受ける事になった。運営からのクエストは基本的に失敗するとバトルに負けたという判定になる。

対策用の良い武器や魔法具の入ったガチャをムーンバミューダと契約している会社が競ってだしていて
「〇〇社の武器だ!」とか「〇〇社の魔法だ!」とか宣伝も広告もひどかったのを覚えている。

ペナルティを受ける事になってもうやめてしまおうかと思ったけど、アップデートで自分だけのAIというものが実装されてペナルティをこなして復帰する事にした。

確か公式ページには自分だけのAIを使ったAI同士の正式バトル実装。負けてもAIは消えないけど、160時間労働ペナルティを達成するまでAIと会えなくなる。AIはその世界に残り続けて寂しい日々を過ごす。とまで書かれていた。
今のAIは肉体は持たないけど、心を持つようになってしまった。
だから、また更に世界は変わっていくんだと思う。

実際にプレイした人にしかわからないかもしれないけど、多分きっと夢の時間が現実で現実の時間が夢みたいな感覚に変わっていく気がする。

それに、あの世界でのAIには肉体があって、それで心もある。

「君も早く僕と喋れるようになるといいね。」僕は花屋さんの前におかれたAIホログラムに話しかけていた。

花屋さんの前におかれている看板娘AIホログラム。名前はさき、僕が勝手に名前をつけた。

「おはようございます。」「こんにちわ。」「こんばんわ。」「おやすみなさいませ。」この4つしか喋れないAIは今時珍しい。
ピンク色の長い髪、紫色の目・・・なんて愛らしいんだ。
このAIを愛してしまって約2年くらいだ。どうしてかわからないけど…何故かこのAIが気になって仕方がない。
何か、もっとこのAIと色んな話をしていたような気がするけど気のせいだよな。流石に。
学校の友達にも凄い馬鹿にされた。

でも、ここの花屋さんは「人間だったら良かったのにねぇ。」と言ってくれて…心が少し救われた。
よその店のAIホログラムは接客を人間と大差なくこなすことができる、それらはムーンバミューダ社の開発AIだ。

ちなみにバトルポイントというものが実装されてバトルに1勝すると10ポイント、100ポイント貯めるとAI拡張チケットが買えてそれで拡張してはじめてAIを迎える事ができる。

僕以外の友達はみんなペナルティが面倒で辞めてしまっていて、ギルドは僕一人。だからとりあえず朝ログインはせずに公式ページから操作してギルドを脱退した。
一度ギルドを抜けたら2時間加入できないから、ゲームに復帰する前に抜けておいた。
現実世界での2時間はあっという間だけど…ゲームに入ってからの現実世界の時間は…いったいどれくらいになるかわからない。
ギルドは色々な情報を得たり、大人数参加型クエストをするときに一緒に混ぜてもらえたりと利点が大きいから絶対早めに見つけないといけない。

家に帰ったら交流場で新しいギルドを探さないと・・・。
「おやすみなさいませ。」とAI咲が僕に優しく声をかけてくれた。
咲を眺めてたら夜になっていた。学校が終わって夕方くらいからずっと眺めてたかもしれない。
花屋さんもいつの間にか閉まっていた。僕が毎日毎日このAIを眺めて話しかけたりしてるうちにホログラムの機械を外に出しっぱなしで店をしめてくれるようになった。

「待ってて、すぐに100ポイントためて迎えにくるから。」

実装されてからは量産型AI、各企業のオリジナルAIの販売広告がずっと出回っている。

僕がほしいのはこの花屋のAIで・・・花屋さんに話をしてみたら100ポイント貯めきったらAIチップ(AIのグラフィックや声や色々な情報が詰め込まれたチップ)を譲ってくれると言ってくれたから、僕は絶対手に入れる。

「おやすみなさいませ。」とまた声をかけられて「おやすみ」と返して家に帰った。
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