死に戻り能力家系の令嬢は愛し愛される為に死に戻ります。~公爵の止まらない溺愛と執着~

無月公主

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シーズン1

45.透明な影、届かぬ愛

俺の予定にないことが起きた。それは紛れもなく現実だ。
急ぎ足で隠し部屋へ向かいながら、胸の奥で膨れ上がる焦燥感を抑えきれない。この部屋は俺だけが知る場所。ここでしか、俺は自分の全てを解放できない。

扉を開けると、薄暗い空間が目の前に広がる。蝋燭の灯りが揺れ、机や散乱した書類、壁一面に貼られた計画書が俺を迎えた。その景色を見て、幼い頃から積み重ねてきた執念が蘇る。

机の隣に立ち、壁に貼られた計画書を見上げた。そこには、俺が10歳の頃から書き続けた「人生計画書」がある。メイが回帰する可能性、その時どうすれば彼女を守り、幸せにできるのかを何通りものシナリオとして記したものだ。

この計画書には、俺の全てが詰まっている。何度も書き直し、追記し、彼女が回帰しても違和感なく過ごせるように合言葉を決めた。どんな未来が訪れても、俺がメイを幸せにする。それだけを考えて生きてきた。

だが今、この計画書にはない現実が目の前にある。

「…何故だ?」

自分でも気づかないうちに言葉が漏れる。

可能性を考える。
一つは、何か大事故や事件が起き、メイが息子の命を守るため急いで家を出た。だが、そんな兆候はなかったはずだ。

もう一つは…考えたくないが、俺自身に対する強烈な拒絶だ。俺を嫌いになり、ここから去った。回帰後の彼女が俺を完全に拒絶することを想像しただけで、目の前が真っ暗になりそうになる。

「ありえない…いや、ありえないと言い切れるのか?」

俺は拳を強く握り締め、胸の中で湧き上がる動揺を必死に抑える。彼女がどんな理由で去ったのか、直接確かめなければならない。

それに…出産後、メイはホルモンバランスの乱れで精神的に不安定な時期にあるはずだ。その影響で誤解が生じている可能性も高い。俺は慎重に動かなければならない。

感情が渦巻き、胸が苦しくなる。だが、今はその感情を押し殺す必要がある。感情を殺すのは得意だ。いつもそうやって情報ギルドの任務をこなしてきた。メイを守るためなら、いくらでも自分を抑えられる。

俺は机の上から黒い服を取り上げ、身に纏う。任務時の服装だ。魔力を込めれば透明化する特別な装備であり、これを着ていれば誰にも気づかれずに行動できる。

「メイ…。」

思わず名前を呟く。胸が締め付けられるような痛みが走る。

馬小屋へ向かい、特別に改良された馬に魔力を込める。馬の姿が薄れ、透明化していく。
「行くぞ。」
一言そう告げ、自分の鼓動を落ち着けるよう深呼吸をする。向かう先は、パープルポーン領のエトワだ。

エトワには、メイが何度か文通をしていたレオル・パープルポーンがいる。文通の内容を盗み見たことが今、役に立つ。彼女が「ラズベル」という名を使い、製薬の研究費を融資していたことも知っている。あの町には彼女が一時的に身を隠すための小さな家があるはずだ。

俺は歯を食いしばり、馬を走らせた。

夜風が頬を切るように吹き付ける。だが、その冷たさが今の俺の心を冷静に保たせてくれるような気がした。
「メイ、待っていろ。必ず追いつく。」
俺は前だけを見つめ、馬を走らせ続けた。

透明化したまま、俺は少し離れて息を潜めていた。侍女ミレーヌが途中の村で馬を購入し、さらに小柄な馬を領境に運ぶよう頼んでいるのを目撃したとき、思わず笑いが込み上げた。

「小賢しいな…。俺を撒くつもりか。」

だが、メイを追うことに関して、俺に敵う者はいない。俺は彼女の行動パターンを熟知している。彼女が考え得るすべての可能性を何度も頭の中でシミュレーションしてきたからだ。

俺は先回りして、パープルポーン領の境界近くで待機することにした。透明化の魔力を使いながら日が昇るのを待つ。そして、予想通り、メイと息子を乗せた馬がやってきた。彼女の姿を見た瞬間、胸が苦しくなる。

「メイ…何故こんな形でしかお前を追うことができないのだ…。」

透明化したまま、俺は彼女たちの馬に静かに並走した。目の前の光景が、一家団欒の幸せとは程遠い現実であることが痛ましい。

突然、息子が「パパ!」と叫んだ。その一言が心臓を掴むように響く。

――――見えているのか…?

思わず足を止め、息子の小さな瞳に注目する。するとメイが馬を止めて周囲を見回した。

「パパいた?」

彼女の声が耳に届く。俺はその場で首を左右に振ると、息子も同じように首を振った。

――――…危ない。

彼が俺を感じ取っているのかもしれない。まだ幼いというのに、レッドナイト家の血筋がなせる業なのだろうか。

「もう、びっくりしたじゃない。」

メイが息子に優しく語りかける声が耳に届く。俺は再び距離を取りながらも、透明化したまま追跡を続けた。だが、息子が時折俺のいる方向を見つめ、「パパ」と呼ぶたびに、胸の奥に抑えきれない感情が込み上げる。

彼が無邪気に「パパ」と呼ぶ声は、俺を父として認めていることを示している。それがどれほどの喜びか…だが、同時に今の状況に対する罪悪感が深くのしかかる。

――――こんな形でしかお前たちを守れない俺を…許してくれ…。

昼頃、彼女たちは目的地であるパープルポーン領のエトワに到着した。家は想像していたよりも小さな二階建てだったが、静かな森の中に佇むその姿には、隠れ家として相応しい雰囲気があった。

――――やはりここか…。レオル・パープルポーンの関係先だな。

彼女たちが家に入るのを確認し、俺も密かに中に入った。家の中は整然としており、彼女と息子はリビングでしばし寛いでいた。息子が新しい場所に興味津々で遊ぶ姿を見て、俺は彼の成長ぶりに思わず微笑んでしまう。

しばらくすると、ラズベルという名の使用人が現れ、風呂の準備が整ったと告げた。彼女がメイを案内し、息子を抱き上げて風呂場へと向かうのを見送る。

――――ラズベル…。偽名だと思ったが、実際の使用人の名だったとはな。

俺はその名前に一瞬驚きながらも、彼女たちの動きを観察し続けた。

メイが息子と一緒に湯浴みを楽しむ様子は微笑ましいものであり、見ているだけで心が温かくなる。それでも、こうして透明な存在としてしか見守れない自分が情けなかった。

――――俺はどうすればいい…。彼女の信頼を取り戻すには。

胸に募るのは、彼女への愛と、どうにもならない現状への葛藤だった。

彼女の穏やかな笑顔が一瞬でも見られたことに、俺は僅かな救いを見出しつつも、目の前の現実に打ちのめされる思いだった。

妻と息子が風呂場に入ったことを確認すると、俺は静かにリビングを抜け出し、家の中を歩き回った。目の前に立っていた使用人、ラズベルという女に目を止める。彼女の背中に気配を近づけ、透明化を解いた瞬間、俺は無言で彼女の口を覆った。

ラズベルは驚愕の表情を浮かべ、俺を振り返った。その瞳には恐怖と混乱が映し出されている。声を上げさせるわけにはいかない。俺は低い声で言葉を紡いだ。

「俺はユリドレ・レッドナイトだ。叫べば殺す。」

その一言で彼女は体を硬直させ、息を止めたように見えた。その反応を見て、俺は続ける。

「事情があって、妻の前に姿を現すわけにはいかない。だが、俺がここにいる限り、俺の指示には従え。さもなくば、この場で命を落とすことになる。」

脅威的な言葉に、ラズベルは震えながらも何度も頷いた。彼女の表情は恐怖そのものだが、命の危険を感じているのは明らかだった。

「まず、妻と息子が風呂から上がる前に食事を用意しろ。これはメイの好物と、息子の離乳食の作り方だ。」

俺は懐から取り出した小さなメモを彼女に差し出した。彼女は震える手でそれを受け取り、中を確認した。

「何か聞かれたら、『ミレーヌから手紙をもらった』と言っておけ。それで済むはずだ。」

ラズベルは、ぎこちなく「はい」と返事をした。その声はか細く、彼女の動揺が隠せていない。

「しばらく俺もここで過ごす。だが、もし変な真似をしたら、その時は…首を落とす。」

最後の言葉に、彼女の顔から血の気が引くのが分かった。俺はその場から離れ、再び魔力を使って姿を消す。透明化した状態で、彼女がどのように行動するかを見極めるため、視線を追い続けた。

ラズベルは震えながらも、指示通りに動き始めた。キッチンに向かい、メモを真剣な表情で確認しながら、食材を揃えていく。その手つきは少しぎこちないが、逃げようとする素振りは見られない。

俺は内心で胸を撫で下ろしつつも、微かな罪悪感が心をかすめた。だが、今は感情に流されるわけにはいかない。メイと息子を守るためには、手段を選んでいる余裕などないのだから。
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