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シーズン1
83.僕の気持ち悪いお父さん。
すぐに専属医が駆けつけ、父さんを診察してくれた。医師が冷静に状況を説明し始めると、僕は緊張しながら耳を傾けた。
「旦那様の記憶喪失は、おそらく魔力の乱れが原因でしょう。このようなケースでは、通常、一ヶ月もすれば自然に記憶が戻る可能性が高いです。」
医師の言葉に、少しだけ胸の中の不安が和らいだように感じた。
「そうですか…」
僕はほっと胸を撫で下ろしたが、完全には安心できない。記憶が戻るまでの一ヶ月間に、何か問題が起こらないだろうかと心配が募る。
医師は僕の表情を見て、優しく微笑んだ。
「坊ちゃま、心配なさらないでください。旦那様には安静と適切な治療が必要です。そのためには、周りのサポートが何よりも重要です。」
「ありがとうございます、先生。」
僕は少しぎこちない笑顔を返した。
だが、医師は急に僕の方へ視線を向け、首をかしげた。
「しかし…坊ちゃまの方が大丈夫ですかな?言動があまりにも…3歳児とは思えないのですが。」
その質問に、心臓が一瞬跳ね上がる。どうにかして切り抜けなければ。
「あ、いや!!とーさんの真似しただけー。えへへー…。」
無理やり三歳児らしく舞ってみせたが、顔が熱くなっていくのを感じる。これほど恥ずかしいことはない。正直、地面に埋まりたい気分だった。
医師は少しだけ不思議そうな顔をしたが、それ以上は何も言わず、頷いて話を続けた。
「では、旦那様の安静を保つためにも、できる限り穏やかな時間を過ごさせてあげてください。」
医師が部屋を去ると、再び静寂が訪れた。父さんはベッドの上でまだ混乱している様子だったが、安静にすることで少しずつ落ち着きを取り戻しているように見えた。
僕はベッドのそばに座り、父さんの手をそっと握りながら声をかけた。
「父さん、安心して。僕たちがいるから、大丈夫だよ。」
父さんは僕の顔をじっと見つめ、静かに口を開いた。
「…本当に俺の子供なのか?」
その質問に、僕はぎこちなく頷いた。
「え?うん。そうだけど?」
だが、父さんは信じられないという表情を浮かべたまま続けた。
「信じられん。3歳といったな?…。」
僕は少し迷ったが、ふとひらめいて答えた。
「じゃあ、ブルービショップの血が入ってるっていえば信じてもらえる?」
父さんの目がわずかに驚きに見開かれた。
「ブルービショップだと?…あぁ、なら納得だ。」
少し安堵の色が見えるものの、まだ完全には信じていない様子だ。僕は考え、周囲に人がいるのが気になっていた。
「ミレーヌ、ちょっと父さんと秘密の話をするから、外に出てて。それから回りの人も席を外してほしい。」
意図を察したミレーヌは一瞬戸惑いを見せたが、すぐに理解して頷いた。
「わかりました、メアルーシュ様。何かあればすぐにお呼びください。」
彼女が部屋を出ていき、他の使用人たちも一礼して部屋を去った。
静まり返った部屋で、僕は父さんの近くに座り直し、真剣な表情で話を始めた。
「父さん、混乱してるだろうけど、時間がないからよく聞いてほしい。ここはざっくり10年後の世界だ。そして父さんはメイシール・ブルービショップと結婚して僕を授かった。ここまでいい?」
父さんは目を細め、少し考え込むようにしてから口を開いた。
「ま、待て、メイシール・ブルービショップだと?10年たっても精々18歳か…20歳といったところか?」
「うん。母さんは18歳で僕を身籠って、19歳になる手前で僕を産んだんだよ。だから僕は3歳だし。父さんは今31歳。」
僕は事実を淡々と伝える。
父さんは困惑したように眉をひそめ、ぎこちなく尋ねた。
「待て、なら…。いや、待ってください。俺が18歳の若い娘と…子供を作ったのですか?」
その言葉に少しだけ笑いそうになったが、なんとか堪えて首を傾げる。
(ん?なんで急に口調が変わったんだろ?)
「そうだよ。どういう経緯だったかは流石に知らないけど、あ、でも父さん几帳面だから、領地の隠し部屋へいけばわかるかも?」
「あの部屋のことを知っているということは嘘ではないようですね。俺は間違いなくメイシール・ブルービショップと結婚しているのですね?」
父さんが眉間に皺を寄せながらも、真剣な眼差しで問いかけてくる。その顔には疑念と、かすかな期待が混ざっているようだった。
「うん。ほら、僕の髪色も瞳もおかしなことになってるだろ?これが証拠だよ。紋章も見る?」
僕は手早く足首を見せようとするが、父さんは軽く手を振った。
「いえ、信じます。」
父さんの声には確信が感じられたが、どこか微妙な違和感も含まれていた。
「さっきから、その気持ち悪い口調は何なの…?何か思い出したの?」
僕は思わず首をかしげる。さっきまで普通だったのに、この急な変化は何だろう?
「いえ、全然。ただ、俺の女神でもあるメイシール様との子供なのでしょう?なら、気安く話しかけられるはずがありません。」
父さんの顔が少し赤くなりながらも、妙に丁寧な口調になった。
正直、引く。ドン引きだ。
(22歳の父さんって、もう何か出来上がっちゃってるんだな…。これが自分の血縁者だなんて…。)
僕は心の中でため息をつきつつ、父さんの様子を見守る。
「メアルーシュ、メアルーシュ。」
父さんが再び名前を呼ぶ。その声にハッと我に返った。
「ん?何?考え事してた。」
僕は適当に誤魔化して返事をする。
「ここはどこですか?」
父さんは周囲を見回しながら尋ねる。その目には困惑が色濃く滲んでいる。
「王都にあるレッドナイト公爵家だよ。」
簡潔に答えると、父さんは短く息を呑んだ。
「王都…。メイシール様は無事なのですか?俺がこんな状態になっているということは、メイシール様も…。」
彼の声が震えている。胸の奥で渦巻く焦りと不安が、彼の全身から伝わってきた。
「母さんか…。正直、無事かはまだわからない。後でテレパシーを送ってみるよ。」
僕はできる限り落ち着いた声で答えたが、内心では同じくらい不安を抱えている。
「お願いします…。あぁ、そんな…また俺が君を苦しめるなんて…。」
父さんは頭を抱え込み、肩を震わせながら唸った。その姿は、自分を責める苦悩そのものだった。
彼の姿を見ていると、僕の胸が締め付けられる。記憶を失っているとはいえ、父さんは相変わらず自己犠牲的だ。僕は彼を安心させたい一心で言葉を選ぶ。
「ちょっと部屋で連絡をとってみるから、父さんはゆっくり休んでて。」
僕はできるだけ優しく声をかけた。
「はい…。」
父さんは静かに頷き、少し疲れたようにベッドに横になった。その顔には疲労と困惑が混ざり合っているが、どこか安堵の色も見える。
(父さんの記憶が戻るまで、俺がしっかりしないと…。母さんにも早く連絡を取らなくちゃ。)
「旦那様の記憶喪失は、おそらく魔力の乱れが原因でしょう。このようなケースでは、通常、一ヶ月もすれば自然に記憶が戻る可能性が高いです。」
医師の言葉に、少しだけ胸の中の不安が和らいだように感じた。
「そうですか…」
僕はほっと胸を撫で下ろしたが、完全には安心できない。記憶が戻るまでの一ヶ月間に、何か問題が起こらないだろうかと心配が募る。
医師は僕の表情を見て、優しく微笑んだ。
「坊ちゃま、心配なさらないでください。旦那様には安静と適切な治療が必要です。そのためには、周りのサポートが何よりも重要です。」
「ありがとうございます、先生。」
僕は少しぎこちない笑顔を返した。
だが、医師は急に僕の方へ視線を向け、首をかしげた。
「しかし…坊ちゃまの方が大丈夫ですかな?言動があまりにも…3歳児とは思えないのですが。」
その質問に、心臓が一瞬跳ね上がる。どうにかして切り抜けなければ。
「あ、いや!!とーさんの真似しただけー。えへへー…。」
無理やり三歳児らしく舞ってみせたが、顔が熱くなっていくのを感じる。これほど恥ずかしいことはない。正直、地面に埋まりたい気分だった。
医師は少しだけ不思議そうな顔をしたが、それ以上は何も言わず、頷いて話を続けた。
「では、旦那様の安静を保つためにも、できる限り穏やかな時間を過ごさせてあげてください。」
医師が部屋を去ると、再び静寂が訪れた。父さんはベッドの上でまだ混乱している様子だったが、安静にすることで少しずつ落ち着きを取り戻しているように見えた。
僕はベッドのそばに座り、父さんの手をそっと握りながら声をかけた。
「父さん、安心して。僕たちがいるから、大丈夫だよ。」
父さんは僕の顔をじっと見つめ、静かに口を開いた。
「…本当に俺の子供なのか?」
その質問に、僕はぎこちなく頷いた。
「え?うん。そうだけど?」
だが、父さんは信じられないという表情を浮かべたまま続けた。
「信じられん。3歳といったな?…。」
僕は少し迷ったが、ふとひらめいて答えた。
「じゃあ、ブルービショップの血が入ってるっていえば信じてもらえる?」
父さんの目がわずかに驚きに見開かれた。
「ブルービショップだと?…あぁ、なら納得だ。」
少し安堵の色が見えるものの、まだ完全には信じていない様子だ。僕は考え、周囲に人がいるのが気になっていた。
「ミレーヌ、ちょっと父さんと秘密の話をするから、外に出てて。それから回りの人も席を外してほしい。」
意図を察したミレーヌは一瞬戸惑いを見せたが、すぐに理解して頷いた。
「わかりました、メアルーシュ様。何かあればすぐにお呼びください。」
彼女が部屋を出ていき、他の使用人たちも一礼して部屋を去った。
静まり返った部屋で、僕は父さんの近くに座り直し、真剣な表情で話を始めた。
「父さん、混乱してるだろうけど、時間がないからよく聞いてほしい。ここはざっくり10年後の世界だ。そして父さんはメイシール・ブルービショップと結婚して僕を授かった。ここまでいい?」
父さんは目を細め、少し考え込むようにしてから口を開いた。
「ま、待て、メイシール・ブルービショップだと?10年たっても精々18歳か…20歳といったところか?」
「うん。母さんは18歳で僕を身籠って、19歳になる手前で僕を産んだんだよ。だから僕は3歳だし。父さんは今31歳。」
僕は事実を淡々と伝える。
父さんは困惑したように眉をひそめ、ぎこちなく尋ねた。
「待て、なら…。いや、待ってください。俺が18歳の若い娘と…子供を作ったのですか?」
その言葉に少しだけ笑いそうになったが、なんとか堪えて首を傾げる。
(ん?なんで急に口調が変わったんだろ?)
「そうだよ。どういう経緯だったかは流石に知らないけど、あ、でも父さん几帳面だから、領地の隠し部屋へいけばわかるかも?」
「あの部屋のことを知っているということは嘘ではないようですね。俺は間違いなくメイシール・ブルービショップと結婚しているのですね?」
父さんが眉間に皺を寄せながらも、真剣な眼差しで問いかけてくる。その顔には疑念と、かすかな期待が混ざっているようだった。
「うん。ほら、僕の髪色も瞳もおかしなことになってるだろ?これが証拠だよ。紋章も見る?」
僕は手早く足首を見せようとするが、父さんは軽く手を振った。
「いえ、信じます。」
父さんの声には確信が感じられたが、どこか微妙な違和感も含まれていた。
「さっきから、その気持ち悪い口調は何なの…?何か思い出したの?」
僕は思わず首をかしげる。さっきまで普通だったのに、この急な変化は何だろう?
「いえ、全然。ただ、俺の女神でもあるメイシール様との子供なのでしょう?なら、気安く話しかけられるはずがありません。」
父さんの顔が少し赤くなりながらも、妙に丁寧な口調になった。
正直、引く。ドン引きだ。
(22歳の父さんって、もう何か出来上がっちゃってるんだな…。これが自分の血縁者だなんて…。)
僕は心の中でため息をつきつつ、父さんの様子を見守る。
「メアルーシュ、メアルーシュ。」
父さんが再び名前を呼ぶ。その声にハッと我に返った。
「ん?何?考え事してた。」
僕は適当に誤魔化して返事をする。
「ここはどこですか?」
父さんは周囲を見回しながら尋ねる。その目には困惑が色濃く滲んでいる。
「王都にあるレッドナイト公爵家だよ。」
簡潔に答えると、父さんは短く息を呑んだ。
「王都…。メイシール様は無事なのですか?俺がこんな状態になっているということは、メイシール様も…。」
彼の声が震えている。胸の奥で渦巻く焦りと不安が、彼の全身から伝わってきた。
「母さんか…。正直、無事かはまだわからない。後でテレパシーを送ってみるよ。」
僕はできる限り落ち着いた声で答えたが、内心では同じくらい不安を抱えている。
「お願いします…。あぁ、そんな…また俺が君を苦しめるなんて…。」
父さんは頭を抱え込み、肩を震わせながら唸った。その姿は、自分を責める苦悩そのものだった。
彼の姿を見ていると、僕の胸が締め付けられる。記憶を失っているとはいえ、父さんは相変わらず自己犠牲的だ。僕は彼を安心させたい一心で言葉を選ぶ。
「ちょっと部屋で連絡をとってみるから、父さんはゆっくり休んでて。」
僕はできるだけ優しく声をかけた。
「はい…。」
父さんは静かに頷き、少し疲れたようにベッドに横になった。その顔には疲労と困惑が混ざり合っているが、どこか安堵の色も見える。
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