死に戻り能力家系の令嬢は愛し愛される為に死に戻ります。~公爵の止まらない溺愛と執着~

無月公主

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シーズン1

95.ゼノとミレーヌ㊥

その日から、ゼノの奇妙な行動が始まった。ミレーヌが廊下を歩けば、角の影から彼女をじっと見つめるゼノがいる。彼女が洗濯物を取り込んでいれば、ゼノは庭の木の陰に隠れて観察している。

夜になると、ゼノはミレーヌの部屋の窓の外に立ち、内側の様子を窺おうとした。だが、ミレーヌが突然窓を開け、にっこりと微笑みながら言った。

「ゼノさん、そこにいるのは分かってますよ?」

その瞬間、ゼノは硬直した。

「……確認が必要だった。」

ゼノは無表情を装いながらも、どこか居心地の悪そうな雰囲気を醸し出していた。

「確認?何を確認したいんです?」

ミレーヌは微笑みながら首をかしげる。その表情にはどこか挑発的な色があった。

「……髪の色だ。」

ゼノの率直すぎる言葉に、ミレーヌは思わず噴き出しそうになったが、必死にこらえて真顔を保った。

「髪の色、ですか…。」ミレーヌはわざとゆっくりと言葉を繰り返し、ゼノの視線をじっくりと味わうように受け止めた。

「そうだ。それが本物なのか、確かめたくなった。」

ゼノは言い訳がましい言葉を続けたが、その声にはどこか不器用さが滲んでいる。

「では、どうぞご自由に観察してください。隠し事はありませんので。」

ミレーヌは微笑みながら彼を泳がせるつもりで、わざと髪を整えたり、明るい日差しの下で作業をしたりと、ゼノに観察しやすい場を提供し始めた。

ゼノは彼女の反応を不審に思いながらも、彼女の仕草や髪に触れる光の変化に視線を奪われ続けた。


ある夜、ゼノは再び執務室でミレーヌの動きを見守っていた。ミレーヌが部屋の明かりを消し、ベッドに横たわる姿を影越しに確認する。

―彼女の髪の色なんて、どうでもいいのではないか?いや、それよりも…。―

ゼノは自分の気持ちに気付き始めていた。それは彼女の髪の色だけでなく、彼女自身に強い関心を抱いているという事実だった。

―――――――――
―――――――

ゼノは薄暗い空間に立っていた。目の前には、幼い自分が家族と食卓を囲む光景がぼんやりと浮かび上がっている。笑い声が響き、温かな光が部屋を包んでいた。その光景は、彼の心に一瞬の安らぎを与えるほど懐かしく、美しかった。

―こんな夢を見るなんて…。幼い頃の記憶なんて、封じ込めたはずだったのに。―

家族の顔が次々と鮮明になる。父の落ち着いた笑み、母の優しい眼差し、兄や姉のにぎやかな声…。だが、次第にその空気が変わり始めた。


「ゼノフィリアス、お前の能力が発現したらしいな。」
父の声が冷たく響く。目の前の幼いゼノは、不安げに父を見上げる。母の手は彼の肩を支えているものの、その手にもかすかな震えが伝わっていた。

「この水…一滴でも人を狂わせるとはな…。なんて恐ろしい力だ。」
父は指先に触れた水滴を忌々しそうに拭い取り、その言葉が家族の温かな空気を一気に壊してしまう。

母はゼノを抱きしめるように庇ったが、その目にも恐れが混じっていた。兄と姉は困惑したようにゼノを見つめ、その視線が幼いゼノの胸に突き刺さる。

―家族の中に自分の居場所がなくなっていくのが分かった。―

ゼノはその時、自分が家族を壊してしまったと初めて痛感した。彼の存在が、家族の絆を壊していく引き金となったのだ。

ゼノが夢の中で次に見たのは、ゴールドキング公爵家の傍系の家の屋敷だった。豪奢な調度品と煌びやかな装飾が目に入るが、それは彼にとって全く心地よいものではなかった。

「ゼノ、お前の居場所はここだ。立派に生きろ。」
父の冷たい言葉が耳元で響く。振り返ると、家族全員が彼から目を背けている。

彼は家族に見送られることなく、屋敷の扉の前に置き去りにされる形で婚約相手と対峙することとなった。だが、その婚約が幸せなものではないことを、彼は直感で理解していた。

ゴールドキング家での生活は、ゼノにとって新しい環境であると同時に、冷酷な現実を叩きつけられる場でもあった。豪奢な屋敷、煌びやかな調度品、そして従者たちの無機質な態度。ゼノは、この家での自分の立場をすぐに理解した。婚約者として迎えられたとはいえ、自分の「能力」が家族や社会にとって厄介な存在でしかないことを。

しかし、彼には救いがあった。それは婚約者である彼女の存在だった。

彼女は典型的なゴールドキング家の血筋を引き継ぐ金髪に金眼の少女だった。ゼノと同じ年齢でありながら、長女としての責任感を持ち、常に人々に気を配る姿が印象的だった。彼女はしっかり者でありながら、どこかちゃっかりとした一面もあり、ゼノの緊張を和らげる不思議な魅力を持っていた。

ゼノが屋敷の中で孤立する中、彼女だけは彼に寄り添ってくれた。

「ゼノ、ここでの生活は慣れた?」

彼女の声はいつも柔らかく、温かかった。ゼノが返事をしない時でも、彼女は微笑みを浮かべてこう続けるのだった。
「大丈夫よ。あなたがいてくれるだけで、私は安心するわ。」

ゼノはその言葉が本心かどうかは分からなかったが、不思議とその声に救われる気がした。彼女がそばにいてくれることで、孤独感が薄れていくのを感じた。


しかし、そんな彼の日常が一変する出来事が起きた。

ある夜、ゼノは屋敷の人々に無理やり連れ出された。彼らは彼の能力を利用するために拷問に近い形で水を作らせようとしたのだ。その水が惚れ薬になることを知っていた従者たちは、その効力を使って地位や財産を得ようと企んでいた。

「早く水を出せ!」

冷酷な声がゼノの耳をつんざく。彼の小さな体は恐怖で震え、涙を流しながら抵抗しようとしたが、大人たちの力には抗えなかった。

やがて彼の能力で生成された水が従者たちの手に渡ると、彼らは次々とその水を口に含み始めた。惚れ薬の効果は絶大だった。理性を失った彼らは狂ったように笑い、争いを始めた。

「やめてくれ…!お願いだからやめて!」

ゼノは泣き叫んだが、その声は誰にも届かなかった。屋敷の中は修羅場と化し、彼の目の前で次々と人が狂気に飲まれていった。


混乱の中、ゼノは必死に逃げ出した。婚約者のことが頭をよぎったが、足を止めることはできなかった。彼女の叫び声が聞こえたような気がしたが、ゼノは振り返ることさえ恐ろしくてできなかった。

「こんな力、いらなかった…!」

山道を全速力で駆け上がりながら、ゼノは泣き叫んだ。自分の能力が引き起こした惨劇に、彼は強い自己嫌悪と絶望を感じていた。

やがて山の頂にたどり着き、振り返ると遠くに炎に包まれた屋敷が見えた。その光景はまるで地獄のようで、ゼノの胸に深い痛みを刻みつけた。

「もう、誰も信じられない…。」

彼は膝をつき、涙を流しながらそう呟いた。


その後、ゼノは山での生活を始めた。豊かな自然に囲まれながらも、彼の心は閉ざされていた。誰かと関わることで再び惨劇を引き起こすことを恐れ、孤独を選んだ。

彼は植物図鑑を頼りに食料を調達し、水を確保し、どうにか生き延びた。だが、その日々は決して安らぎとは程遠いものだった。

「一人でいい…。家族も、誰もいなくていい。」

ゼノは湖面に映る自分の姿に誓うように呟いた。その目には幼いながらも深い悲しみと決意が宿っていた。

ゼノは荒い息をつきながら、冷や汗で濡れた額を手で拭った。意識が朦朧とする中で、自分がまだ夢の中にいるような感覚が抜けない。深い孤独感が胸に広がり、彼は重い体をベッドに沈めた。

「ディア…。」
掠れた声が部屋の静寂を破った。彼の目尻には涙が溢れ、腕で目を覆い隠すようにして小さく震えている。

婚約者――ディア。金髪に金眼の彼女の姿が頭の中に浮かび上がる。彼女はいつも柔らかな微笑みを浮かべて、ゼノの孤独な心にそっと寄り添ってくれていた。彼女だけが、自分を普通の人間のように扱ってくれたのだ。

だが、その微笑みはあの屋敷の炎とともに消えた。
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