死に戻り能力家系の令嬢は愛し愛される為に死に戻ります。~公爵の止まらない溺愛と執着~

無月公主

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シーズン1

101.夜会当日の準備

部屋の中は相変わらず静かだった。窓から差し込む柔らかな光が、私の置かれた状況を少しだけ和らげてくれるようだった。ルーはまだ隣で眠っている。穏やかな寝顔を見ながら、私は自分の中で次の一歩を考えていた。

ふと、頭の中に浮かんでくるのはミレーヌの姿だった。彼女が笑いながら言っていた言葉、彼女の少し不敵な表情――。何か大きな秘密を抱えながら、それでもどこか憎めないミレーヌの面影が、なぜだか私の記憶の中でくっきりと残っている。

「そういえば、あの時…」

思い出すのは、先日ふと彼女が語った自分の過去。ミレーヌが何気なく話してくれたその記憶は、聞いている間、私の心を深く揺さぶった。

それは私にとって全く関係のない話だったはずなのに、彼女の言葉のひとつひとつが、何か私自身の心に訴えかけてくるものがあった。

でも今は――今はミレーヌの過去の話ではなく、私自身の未来を考えなければならない。そう思い、軽く深呼吸をして意識を切り替えた。

「さぁ、ルーが起きたら舞踏会の用意しなくちゃね。」
私は隣で眠るルーの髪を優しく撫でながら、小さくつぶやいた。そして、再び静かな部屋の中で、少しだけ自分にできることを考え始めた。



―――――――――
――――――
夕方
――――――
―――――――――


私は鏡の前で、濃紺の美しいドレスの最後の仕上げをしていた。シルバーの刺繍が星のように輝くこのドレスは、夜空そのものを纏っているかのようだった。スカートの裾を軽く整え、髪を手で滑らかにする。鏡越しに映る自分の姿を見ながら、心の中で深く息をついた。

「もう少し待って、母さん。そのまま体を休めようよ。」

ルーの声に振り返ると、小さな彼が貴族の礼装に身を包んで立っていた。黒いタキシードに白いシャツが彼の幼さを引き立てつつも、その堂々とした立ち姿は年齢を感じさせないものだった。

「なんのこれしき…。」

私は軽く笑ってそう答えたが、ルーの目には心配が滲んでいた。

「つわり酷いんでしょ?」

彼の言葉に、一瞬だけ迷いが生じた。確かに、つわりが酷くて体が重い。だけど、この夜会には出席する必要がある。ユリが戻るまで、私が貴族社会に顔を出し、私たちの存在を示さなければならない。それが必要なことだと、私には分かっていた。

「ルー、ありがとう。でも、私は大丈夫。ユリが戻るまで、私たちがしっかりしなくちゃね。」

そう言うと、ルーは少し不満そうに唇を尖らせた。

「母さん、時間ギリギリまで休もうよ。僕の瞬間移動能力は知ってるでしょ?一瞬で夜会の会場に着けるんだから、今は少しでも体を休めて。」

ルーの真剣な眼差しに、私は柔らかく微笑み、頷いた。

「ふふ、わかったわ。じゃあ、少し休ませてもらうわね。」

ルーが満足したように笑いながら頷くと、私はドレスが皺にならないように気を付けながらベッドに腰掛け、そっと横になった。柔らかなベッドが疲れた体を優しく受け止めてくれる感覚に、思わずため息が漏れる。

「母さん、髪が乱れたり、ドレスに皺がついたりしても大丈夫だよ。僕が全部直してあげるから。」

「頼もしいわね、ルー。ありがとう。」

私は目を閉じて深呼吸し、少しずつ体を休める。隣でルーが椅子に座り、私を見守っているのが分かった。

「ルー、未来では兄弟はいなかったの?」

静かな時間が流れる中、私はふと気になって質問した。

「いなかったよ。」ルーは少し間を置いて答えた。「父さんも母さんも、そんな感じじゃなかったから。」

その答えに、私は胸が締め付けられるような気持ちになった。未来の彼がどれほど孤独を感じていたのかを、少しだけ理解できた気がした。

「そっか…。ごめんね、ルー。」

「謝らないで、母さん。」

ルーは私の手を握り、小さな声で続けた。
「今が一番幸せだから。」

その言葉に胸が温かくなり、同時に自分の責任の重さを改めて感じた。

「どうして、こんなに愛しい子を…。酷い親ね…。」

そう呟いた私を見て、ルーは少し微笑みながら首を振った。

「母さんは悪くないよ。今が大切だよ。」

彼の言葉が心に響き、私は目頭が熱くなるのを感じた。

「ありがとう、ルー。本当にあなたがいてくれてよかったわ。」

ルーの小さな手が私の手を握り返し、その温もりが私の胸をじんわりと満たしていった。これからも、この手を守り続けると心に誓った。

ベッドに横になり、ルーと話していると、少しずつ心が落ち着いてきた。天井を見つめながら、ルーが隣で話す声が穏やかに響く。


「それで、父さんと母さんはどこで出会って、どういうきっかけで結婚することになったの?」

ルーの質問に、私は一瞬固まった。そして次に言葉を発する前に、心の中で必死に答えを考え始めた。

「えっ!?いや、それは…その。れ、恋愛…結婚…かしら。ハハハ。」

絶対に言えない。絶対に言えるわけがない!ユリに麻痺毒を飲ませて強引に襲ったなんて事実を、この純粋なルーに伝えられるはずがない。だって、その時のルーはまだ影も形もなくて、そんな私の行動がきっかけで生まれた子供だなんて、冗談でも口にできない。
…いや、そもそもそれ以前に母親としてどうなのよ、この記憶。

「やっぱり、父さんって…そういう趣味の人?」

突然のルーの言葉に私は目を丸くしたが、なんとか笑顔を作り直し、肩をすくめてみせた。

「んー…あ!父さんの顔が大好きで、惚れ薬を盛ってみたの。それがきっかけかしら。」

軽いノリで返したつもりだったが、ルーは眉をひそめて真顔になった。

「え?じゃあ、父さんが狂ってるのは薬のせいってこと?」

「ううん、父さんには効かなかったのよ。ほとんどの毒は全てね。幼い頃から耐性をつけてたみたい。ただ、薬を盛ってまで俺を求めてきたから、もう離さないって言われちゃったわ。」

真実を一部だけ切り取って、それを笑い話にすることで誤魔化そうとした。だけど、ルーはじっと私を見つめてきて、そんな私の態度を探ろうとするような視線を向けてくる。

「意外だな。母さんから父さんを求めたってこと?」

「そう。だから母さんは今全力でその愛を受け止めてるところ。」

そう言い切ってしまったけれど、自分の中ではその言葉に少し引っかかりを覚えていた。愛を受け止める…それは本当にそうだったのだろうか?

ルーはしばらく考え込んだ様子で口を開いた。

「ん??でも、明らかに父さんの方が母さんを先に好きになってるでしょ?記憶喪失になっても、前と変わんないじゃん。」

その言葉に、私は小さく笑みを浮かべながらも、内心で少しだけ動揺した。ルーの指摘が的確すぎて、自分の考えが揺らいだのだ。

「これは私の仮説なんだけどね。父さんって、とても優しい人なの。公爵領のみんなや、家族たちをとても愛していて、自分が公爵になることでそれらを全て守ろうと必死に動いてた。その駒に私が必要で幼い頃から私を調べてたんじゃないかしら。その駒があまりにも魅力的過ぎて、愛と錯覚してしまっている…と私は思ってるわ。」

その言葉を聞いたルーの目が大きく見開かれた。その反応は私にとっても意外だった。

「え…。」

ルーは困惑した表情を浮かべたまま何かを考え込んでいる。私の話が彼にとって衝撃的だったのか、それとも信じたくない内容だったのか。どちらにせよ、少しだけ重い空気が漂った。

「ごめんなさい。ルーに聞かせる話じゃなかったわね。」

私は少し申し訳なくなり、反射的に謝った。だけど、ルーは首を横に振り、話を続けた。

「いや、そんな人に見えないから意外で…。ほら、僕の一度目の人生では物心ついた頃には母さんが亡くなってて、父さんは領地の管理も全部丸投げして王宮勤めの激務をこなしながら適当に、ただお金だけ稼いで、時間が過ぎるのを待ってるような人だったから全く想像つかないや。」

その言葉に、私は内心で大きなショックを受けた。ユリが私の死後にどんな人生を送っていたのか、ルーの口から聞くことで初めて知ったのだ。私の中にある彼への信頼と愛情が、少しだけ形を変えた。

「え?ユリったらそんなことに?例え駒でも…やっぱり、死ぬべきではないわね。自分が死んだあとも、その時間は続いていくね。」

自分でも信じられないほど小さな声でそう呟いた。そして、ルーの顔を見ると、その小さな体に背負わせてしまったものの大きさを改めて痛感した。

彼の目には過去の苦労と悲しみが映っていて、それが私の心に鋭く突き刺さった。

「ルー…。」

私はその場で深く息を吸い込んだ。そして、静かに誓った。

――今回の人生では絶対に死なない。

生きるのに必死だった日々の中で、残される者たちのことを考える余裕がなかった自分を責めるような気持ちも込めて。

今度こそ、彼らのために最善を尽くすと。

「ルー…。」

目の前にいる幼い息子が、どれほどの過去と未来を背負っているのか、その目を見るだけで理解できた。あんなにも小さな体に、こんなにも多くのものを押し付けてしまっている事実に胸が締め付けられる。ルーが話してくれたユリの未来の姿。それは私が知っているユリとはかけ離れていたけれど、もしかしたら私が残した影がそうさせたのかもしれない。
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