5 / 55
第一章 出会い
3話
しおりを挟む
「タオルとお湯、ここに置いておくね。包帯はこの後巻きなおすから剥がれても気にしないで」
頷いたのを確認して、僕も浴室へと向かう。
昨日はタオルで拭いて着替えただけだったから、汗や泥が流しきれていないのだ。本当なら、彼もシャワーを浴びたかっただろうけど、あの体では逆に危険なのでお湯とタオルで妥協してもらうことにした。
熱いシャワーを浴びていると、色んなことが頭をよぎる。彼は一体何者なんだろう。一番妥当なのは旅人なんだろうけど、ご飯を食べる所作が凄く綺麗だったし、身につけてた服も絹とフリルが使われてた。なにより旅人にしては若すぎる。……もしかすると、本来は高い身分の人、だったりするのかな? だとしたらなんでこんな僻地に来たのだろうか。
(…………考えるのやめよう)
まとまらない考えは一旦置いておき、石鹸を泡立てて全身の汚れを洗い流す。気分により数種類の薬草を練り込んでつくるお手製の石鹸は、洗い上がりの清涼感が素晴らしいと町でも人気の一品だ。
用意していたタオルで簡単に水気を拭き取ると、新しい服に袖を通す。彼に貸した分と昨日着替えた分で、もう服の予備がない。
幸い天気もいいし、包帯を巻き直したら洗濯でもしようかな。そう考えながら、包帯と数種類の塗り薬、ガーゼ、アルコールを用意して足早に部屋へ戻る。
既に体は拭き終えていたようなので、同意を得てから慎重に包帯を外していった。傷が化膿していないか確認しつつ、薬を塗り直してガーゼで保護、さらにその上から新しい包帯を巻きなおす。
脇腹の傷も膿んではいなかったけれど、痛みから熱を持ちはじめていたので、鎮痛剤を飲んでもらった。捻挫の方は……うん、問題無さそうだ。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「……答えるかどうかは別だぞ」
「うん、嫌なら答えなくてもいいよ。なんでこんなに酷い怪我して倒れてたの?」
「足を滑らせて崖から落ちた」
崖――あぁなるほど。確かに、彼が倒れていた場所のすぐ隣には、結構高めの崖があったはず。結構、高め……の……
「えぇ!? よくこの程度の傷で済んだね。全身複雑骨折でもおかしくないのに」
「……あぁ」
「あ、もしかして魔法使ったの? さっき出してた氷の剣も、すっごく綺麗でかっこよかったなぁ」
「お前、喉元掻っ切られそうな時にそんなこと考えてたのか」
「掻っ切るつもりだったの!? ただの牽制かと……」
ふいと目を逸らした様子から察するに、もし返答を間違えていたら、本気で斬るつもりだったのだと理解してゾッとした。
何とか話題を逸らそうとして、ふと名前すら聞いていなかったことに気づく。ずっと彼や少年では味気がないし、名前を知っていた方が何かと便利だ。
「そうだ、えーと……君のことはなんて呼べばいい?」
「……ヴィラ」
「ヴィラだね。僕はセラシェル、この森で薬師をやってる。もし君さえ良ければ怪我が治るまでここにいなよ」
「セ…スェル…?」
「あ、呼びにくいならセシェルでもいいよ」
「そうか、手当をしてくれたことには感謝している。礼を言おうセシェル。……だが、私はもう行かなければ」
そう言って、無理に立ちあがろうとする体を必死に抑える。あらゆる意味で、ここを出て行かれるわけにはいかなかった。
「待って待って待って、熱が下がったとはいえ君かなりの重症なんだよ。体力だって回復してないし、そんな状態で出て行くなんて自殺行為だって!」
「……なにが目的だ」
「そそそんな目的だなんて」
氷土のような眼差しに負けて、思わず一歩後ずさる。一体、どういう育ち方をすればこんなに疑り深くなるんだ。心に闇を抱えすぎなんじゃないか?
……でも、実は大正解。体が心配なのは勿論だけど、引き留めた理由はそれだけじゃなかった。
「あの――傷の経過をですね、見せて欲しくて。あわよくば研究に協力して貰えると嬉しいというか……」
「研究……?」
「あ、違うよ! 怪しいものじゃないから! 君の熱を下げるために、アネモス草って植物を使って薬をつくったんだけど、嵐レベルの風を受けたアネモス草と通常のアネモス草じゃ効能に差があるみたいなんだ。取ってきたものは全部使い切っちゃったから、君に断られたら次の嵐を待つしかなくて……」
しどろもどろになりながらも、ジェスチャーを交えて必死に説明する。だからお願い! 深く頭を下げて返事を待つと、暫しの沈黙の後、渋々といった体だが了承をもらうことができた。
「ありがとう! これからよろしくね!」
差し出した僕の右手は、誰にも握られることなく宙を切った。こうして、僕と少年の奇妙な共同生活が始まったのである。
頷いたのを確認して、僕も浴室へと向かう。
昨日はタオルで拭いて着替えただけだったから、汗や泥が流しきれていないのだ。本当なら、彼もシャワーを浴びたかっただろうけど、あの体では逆に危険なのでお湯とタオルで妥協してもらうことにした。
熱いシャワーを浴びていると、色んなことが頭をよぎる。彼は一体何者なんだろう。一番妥当なのは旅人なんだろうけど、ご飯を食べる所作が凄く綺麗だったし、身につけてた服も絹とフリルが使われてた。なにより旅人にしては若すぎる。……もしかすると、本来は高い身分の人、だったりするのかな? だとしたらなんでこんな僻地に来たのだろうか。
(…………考えるのやめよう)
まとまらない考えは一旦置いておき、石鹸を泡立てて全身の汚れを洗い流す。気分により数種類の薬草を練り込んでつくるお手製の石鹸は、洗い上がりの清涼感が素晴らしいと町でも人気の一品だ。
用意していたタオルで簡単に水気を拭き取ると、新しい服に袖を通す。彼に貸した分と昨日着替えた分で、もう服の予備がない。
幸い天気もいいし、包帯を巻き直したら洗濯でもしようかな。そう考えながら、包帯と数種類の塗り薬、ガーゼ、アルコールを用意して足早に部屋へ戻る。
既に体は拭き終えていたようなので、同意を得てから慎重に包帯を外していった。傷が化膿していないか確認しつつ、薬を塗り直してガーゼで保護、さらにその上から新しい包帯を巻きなおす。
脇腹の傷も膿んではいなかったけれど、痛みから熱を持ちはじめていたので、鎮痛剤を飲んでもらった。捻挫の方は……うん、問題無さそうだ。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「……答えるかどうかは別だぞ」
「うん、嫌なら答えなくてもいいよ。なんでこんなに酷い怪我して倒れてたの?」
「足を滑らせて崖から落ちた」
崖――あぁなるほど。確かに、彼が倒れていた場所のすぐ隣には、結構高めの崖があったはず。結構、高め……の……
「えぇ!? よくこの程度の傷で済んだね。全身複雑骨折でもおかしくないのに」
「……あぁ」
「あ、もしかして魔法使ったの? さっき出してた氷の剣も、すっごく綺麗でかっこよかったなぁ」
「お前、喉元掻っ切られそうな時にそんなこと考えてたのか」
「掻っ切るつもりだったの!? ただの牽制かと……」
ふいと目を逸らした様子から察するに、もし返答を間違えていたら、本気で斬るつもりだったのだと理解してゾッとした。
何とか話題を逸らそうとして、ふと名前すら聞いていなかったことに気づく。ずっと彼や少年では味気がないし、名前を知っていた方が何かと便利だ。
「そうだ、えーと……君のことはなんて呼べばいい?」
「……ヴィラ」
「ヴィラだね。僕はセラシェル、この森で薬師をやってる。もし君さえ良ければ怪我が治るまでここにいなよ」
「セ…スェル…?」
「あ、呼びにくいならセシェルでもいいよ」
「そうか、手当をしてくれたことには感謝している。礼を言おうセシェル。……だが、私はもう行かなければ」
そう言って、無理に立ちあがろうとする体を必死に抑える。あらゆる意味で、ここを出て行かれるわけにはいかなかった。
「待って待って待って、熱が下がったとはいえ君かなりの重症なんだよ。体力だって回復してないし、そんな状態で出て行くなんて自殺行為だって!」
「……なにが目的だ」
「そそそんな目的だなんて」
氷土のような眼差しに負けて、思わず一歩後ずさる。一体、どういう育ち方をすればこんなに疑り深くなるんだ。心に闇を抱えすぎなんじゃないか?
……でも、実は大正解。体が心配なのは勿論だけど、引き留めた理由はそれだけじゃなかった。
「あの――傷の経過をですね、見せて欲しくて。あわよくば研究に協力して貰えると嬉しいというか……」
「研究……?」
「あ、違うよ! 怪しいものじゃないから! 君の熱を下げるために、アネモス草って植物を使って薬をつくったんだけど、嵐レベルの風を受けたアネモス草と通常のアネモス草じゃ効能に差があるみたいなんだ。取ってきたものは全部使い切っちゃったから、君に断られたら次の嵐を待つしかなくて……」
しどろもどろになりながらも、ジェスチャーを交えて必死に説明する。だからお願い! 深く頭を下げて返事を待つと、暫しの沈黙の後、渋々といった体だが了承をもらうことができた。
「ありがとう! これからよろしくね!」
差し出した僕の右手は、誰にも握られることなく宙を切った。こうして、僕と少年の奇妙な共同生活が始まったのである。
10
あなたにおすすめの小説
俺の婚約者は小さな王子さま?!
大和 柊霞
BL
「私の婚約者になってくれますか?」
そう言い放ったのはこの国の王子さま?!
同性婚の認められるパミュロン王国で次期国王候補の第1王子アルミスから婚約を求められたのは、公爵家三男のカイルア。公爵家でありながら、長男のように頭脳明晰でもなければ次男のように多才でもないカイルアは自由気ままに生きてかれこれ22年。
今の暮らしは性に合っているし、何不自由ない!人生は穏やかに過ごすべきだ!と思っていたのに、まさか10歳の王子に婚約を申し込まれてしまったのだ。
「年の差12歳なんてありえない!」
初めはそんな事を考えていたカイルアだったがアルミス王子と過ごすうちに少しづつ考えが変わっていき……。
頑張り屋のアルミス王子と、諦め系自由人のカイルアが織り成す救済BL
【第一章完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する
とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。
「隣国以外でお願いします!」
死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。
彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。
いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。
転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。
小説家になろう様にも掲載しております。
※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる