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第六章 城へ
17話
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穏やかなまどろみの中、頬に触れる感触が気持ちよくて寝返りをうつ。
あれ、シーツってこんなに柔らかかったっけ……? ふと浮かんだ疑問に瞼を開けると、まず視界に入ってきたのは、濃い緑色の天井だった。
(……僕の家じゃ、ない)
ズキズキと痛む頭を押さえて起き上がる。セラシェルが寝ていたのは、とんでもなく大きなベッドの上だった。天井だと思った濃い緑色は、この巨大なベッドの天蓋部分だったらしく、そこから垂れ下がった灰色の布が周りをぐるっと取り囲んでいる。――これでは外の様子がわからない。
分厚い布を掻き分けて恐る恐る隙間から顔を出すと、そこには見たこともない空間が広がっていた。
薄暗い室内はざっと見ただけでもかなり広く、ところどころに見事な調度品が配置されている。部屋だと言い切るには少々豪華すぎる気もしたが、休むためのソファやベッドが置いてあるから一応そうなのだと思う。
周りに履けそうなものが見当たらなかったので、仕方なく裸足のままベッドを降りた。そのまま扉へ向かおうとしたのだが、体に力が入らず、一歩踏み出しただけでよろめいてしまう。慌ててベッドの支柱にもたれかかったはいいものの、手足が震えてまともに歩けそうもなかった。
(どうにかしてあの扉まで行かないと)
高級そうな家具に触れるのは躊躇われたが、そうでもしないと歩けない。ベッド、椅子、ソファー、本棚と体を支えながら少しづつ扉への距離を詰めていき、恐る恐るドアノブに手をかける。
鍵をかけられている可能性も考えてはいたけれど、扉は驚くほどあっさりと開いた。紫の絨毯が敷かれた廊下には、全くと言っていいほど人の気配がない。逆に不気味ではあったけど、これはチャンスだと前向きに捉えることにして壁伝いに歩き始めた。
恐らくここは、ルミナーレの王城ではないだろうか。属国になった際、国中に配られた声明文には、ルミナーレの国章が載っていた。それと全く同じものが、あの部屋の扉にも刻まれていたのだ。
ルミナーレの国章は、大きな三日月を背景に銀の盾、交差した剣、輝く王冠がモチーフとして描かれている。
一番下にあるギザギザは稲光を表していて、ルミナーレの王族に雷の加護を持つ者が多いことから由来しているらしい。本当かどうかは知らないけど。
『……なぁ聞…たか。陛…が………を……らしい』
『あぁ、……少し……た』
静かな廊下を進んでいると、遠くから人の声が聞こえてきた。途切れ途切れでよく分からないが、この城の関係者であることは間違いない。どうするか迷った末に、一番近くにあった扉の中に入って、通り過ぎるのを待つことにした。
幸い中には誰もおらず、音がしないようにそっと閉めた扉を背にして座り込む。2人分の足音が段々とこちらに近づいてきて、心臓が早鐘のように脈打った。
(目的がこの部屋だったらどうしよう)
緊張しているセラシェルの前を通り過ぎ、足音は次第に離れていった。小さく息を吐いて安心したのも束の間、耳をつんざくような大きな声が聞こえてきた。
『嘘だろう……セラシェル様が……!』
『馬鹿、大きな声を出すな! こんなことが陛下に知れたら――』
バタバタと慌てたような足音が通り過ぎ、暫くしてその倍以上の足音と騒音が戻ってきた。
『セラシェル様を絶対に探し出せ! まだ遠くへは行かれていない筈だ!』
『裏庭も温室も目につく場所全部だ。衛兵に見張りを強化するよう伝えておけ』
ルミナーレの言葉はわからないけど、時折混じる"セラシェル"という単語は、紛れもなく自分を指したものだろう。悪いことなんてしてないのに、何故だか汗が吹き出して、再び脈が早くなる。
ここにいてはバレるのも時間の問題だと、ひとまず目についたクローゼットの中に隠れることにした。客室であるためか、大きなクローゼットには、服の一枚すらかかっていない。古びた木の匂いに包まれると、ほんの少しだけ安心できるような気がした。
バタンッ
扉が開く音がして、誰かが部屋の中に入ってきた。忙しない足音が部屋中を歩き回り、緊張で手汗が滲む。膝に顔を押し当てて、できる限り呼吸を潜めていると、ようやく部屋から出て行ってくれた。
「……っ、」
ぐしゃぐしゃの髪を両手で強く握りしめ、瞼を閉じる。最初に感じた痛みは段々と酷さを増し、今では耐えきれないほどの頭痛となって、頭の中を苛んでいた。
痛い、痛い、痛い。
頭の中を切り裂かれているような痛みに耐えていると、終いには吐き気まで襲ってくる。喉元から酸っぱいものが迫り上がって、なんとか押し戻そうと荒い呼吸を繰り返した。
涙で滲んだ視界の端で、真っ暗な空間がぐにょんと歪む。暗闇に浮かび上がったのは、恐ろしい顔をしたエレメントデビルの姿だった。怖い、来るな、気持ち悪い。色んな感情が混ざり合って、もう何もかもぐちゃぐちゃだ。
けれど、僅かに残った薬師としての理性が、今の状態は普通じゃないと訴えていた。頭痛、吐き気、加えて幻覚。恐らく副交感神経に影響を与えるタイプの薬物、もしくは毒が使われているのだろう。
「気持ち……悪い……」
額から、汗がいくつも滴り落ちる。
いっそのこと吐いてしまいたいけど、こんな密室で吐いてしまえば、間違いなく大惨事になる。かといってクローゼットの外で吐いても、高級そうな家具や絨毯を汚すことになるだろう。自分でも、どうすればいいのか分からなかった。
あれ、シーツってこんなに柔らかかったっけ……? ふと浮かんだ疑問に瞼を開けると、まず視界に入ってきたのは、濃い緑色の天井だった。
(……僕の家じゃ、ない)
ズキズキと痛む頭を押さえて起き上がる。セラシェルが寝ていたのは、とんでもなく大きなベッドの上だった。天井だと思った濃い緑色は、この巨大なベッドの天蓋部分だったらしく、そこから垂れ下がった灰色の布が周りをぐるっと取り囲んでいる。――これでは外の様子がわからない。
分厚い布を掻き分けて恐る恐る隙間から顔を出すと、そこには見たこともない空間が広がっていた。
薄暗い室内はざっと見ただけでもかなり広く、ところどころに見事な調度品が配置されている。部屋だと言い切るには少々豪華すぎる気もしたが、休むためのソファやベッドが置いてあるから一応そうなのだと思う。
周りに履けそうなものが見当たらなかったので、仕方なく裸足のままベッドを降りた。そのまま扉へ向かおうとしたのだが、体に力が入らず、一歩踏み出しただけでよろめいてしまう。慌ててベッドの支柱にもたれかかったはいいものの、手足が震えてまともに歩けそうもなかった。
(どうにかしてあの扉まで行かないと)
高級そうな家具に触れるのは躊躇われたが、そうでもしないと歩けない。ベッド、椅子、ソファー、本棚と体を支えながら少しづつ扉への距離を詰めていき、恐る恐るドアノブに手をかける。
鍵をかけられている可能性も考えてはいたけれど、扉は驚くほどあっさりと開いた。紫の絨毯が敷かれた廊下には、全くと言っていいほど人の気配がない。逆に不気味ではあったけど、これはチャンスだと前向きに捉えることにして壁伝いに歩き始めた。
恐らくここは、ルミナーレの王城ではないだろうか。属国になった際、国中に配られた声明文には、ルミナーレの国章が載っていた。それと全く同じものが、あの部屋の扉にも刻まれていたのだ。
ルミナーレの国章は、大きな三日月を背景に銀の盾、交差した剣、輝く王冠がモチーフとして描かれている。
一番下にあるギザギザは稲光を表していて、ルミナーレの王族に雷の加護を持つ者が多いことから由来しているらしい。本当かどうかは知らないけど。
『……なぁ聞…たか。陛…が………を……らしい』
『あぁ、……少し……た』
静かな廊下を進んでいると、遠くから人の声が聞こえてきた。途切れ途切れでよく分からないが、この城の関係者であることは間違いない。どうするか迷った末に、一番近くにあった扉の中に入って、通り過ぎるのを待つことにした。
幸い中には誰もおらず、音がしないようにそっと閉めた扉を背にして座り込む。2人分の足音が段々とこちらに近づいてきて、心臓が早鐘のように脈打った。
(目的がこの部屋だったらどうしよう)
緊張しているセラシェルの前を通り過ぎ、足音は次第に離れていった。小さく息を吐いて安心したのも束の間、耳をつんざくような大きな声が聞こえてきた。
『嘘だろう……セラシェル様が……!』
『馬鹿、大きな声を出すな! こんなことが陛下に知れたら――』
バタバタと慌てたような足音が通り過ぎ、暫くしてその倍以上の足音と騒音が戻ってきた。
『セラシェル様を絶対に探し出せ! まだ遠くへは行かれていない筈だ!』
『裏庭も温室も目につく場所全部だ。衛兵に見張りを強化するよう伝えておけ』
ルミナーレの言葉はわからないけど、時折混じる"セラシェル"という単語は、紛れもなく自分を指したものだろう。悪いことなんてしてないのに、何故だか汗が吹き出して、再び脈が早くなる。
ここにいてはバレるのも時間の問題だと、ひとまず目についたクローゼットの中に隠れることにした。客室であるためか、大きなクローゼットには、服の一枚すらかかっていない。古びた木の匂いに包まれると、ほんの少しだけ安心できるような気がした。
バタンッ
扉が開く音がして、誰かが部屋の中に入ってきた。忙しない足音が部屋中を歩き回り、緊張で手汗が滲む。膝に顔を押し当てて、できる限り呼吸を潜めていると、ようやく部屋から出て行ってくれた。
「……っ、」
ぐしゃぐしゃの髪を両手で強く握りしめ、瞼を閉じる。最初に感じた痛みは段々と酷さを増し、今では耐えきれないほどの頭痛となって、頭の中を苛んでいた。
痛い、痛い、痛い。
頭の中を切り裂かれているような痛みに耐えていると、終いには吐き気まで襲ってくる。喉元から酸っぱいものが迫り上がって、なんとか押し戻そうと荒い呼吸を繰り返した。
涙で滲んだ視界の端で、真っ暗な空間がぐにょんと歪む。暗闇に浮かび上がったのは、恐ろしい顔をしたエレメントデビルの姿だった。怖い、来るな、気持ち悪い。色んな感情が混ざり合って、もう何もかもぐちゃぐちゃだ。
けれど、僅かに残った薬師としての理性が、今の状態は普通じゃないと訴えていた。頭痛、吐き気、加えて幻覚。恐らく副交感神経に影響を与えるタイプの薬物、もしくは毒が使われているのだろう。
「気持ち……悪い……」
額から、汗がいくつも滴り落ちる。
いっそのこと吐いてしまいたいけど、こんな密室で吐いてしまえば、間違いなく大惨事になる。かといってクローゼットの外で吐いても、高級そうな家具や絨毯を汚すことになるだろう。自分でも、どうすればいいのか分からなかった。
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