星屑を拾って-森の薬師と王の話-

深海めだか

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第九章 妖精

29話

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 ニンファとは少しの間話していたけど、レオが来る時間になったから、早々に追い返して布団へと潜り込んだ。

 もし朝早く起きていることがバレたら『明日からはもっと早く来ます!』だなんてことを言い出しかねない。レオにこれ以上迷惑をかけたくなかったし、何よりも朝の自由な時間を失うのが嫌だった。

 不思議な人ではあったけど、もう二度と会うこともないだろう。───と、そう思っていたのに。

『やぁ』

 次の日の朝。いつものようにカーテンを開けると、彼は当然のように浮かんでいた。朝の日差しをうけて、濃い赤色の髪が、きらきらと輝いている。

『……なんでまたいるの』
『君のこと気に入ったから』

 あっけらかんと吐き出された言葉に、思わず首を傾げてしまう。
 碌に話すらしていない人間の、どこをどう気にいると言うのだろうか。……やっぱり、怪しい人なのかもしれない。内心ではそう思いながらも、好奇心に負けて鍵を開けてしまう自分も大概だ。

『それにしても君さぁ、ずっとこの部屋にいるの? 暇じゃない?』

 室内を物珍しそうに眺めていたニンファは、ほんの少しの間を置いていきなり核心をついてくる。これには少し驚いたけど、言い方からして特に悪意は感じなかった。多分、純粋な疑問なんだと思う。

『暇だけど……でも、そういう約束だから』
『へぇ~、なら俺が話し相手になってあげようか』
『え』
『ルミナーレ語の練習もできて一石二鳥でしょ。話し相手、欲しくないの?』

 思いがけない提案に、思わず口を開けたまま固まった。だって、そんな、そんな……

(どうしよう……正直、めちゃくちゃ欲しい……!!)

 心の中で叫んだ後、素知らぬ顔で表情を戻す。だって、ここルミナーレに来てからというもの、ごく限られた人間としか話せていない。

 もともと一人は慣れっこだけど、それは森にいたからの話であって、散歩も採取もできない半軟禁状態の今とはわけが違う。――要するに、ものすっっごく退屈なのだ。

 素直に鍵を開けたのだって、この不思議な客人に対する好奇心故である。どうしよう。今すぐにでも頷きたいけど、やっぱり怪しいような気もするし……。理性と欲望の狭間で揺れに揺れ、眉間には自然と皺が寄った。

『うーーーん』
『あはは、悩みすぎ。そんなに難しく考えなくていいじゃない、要は誰にもバレなきゃいいんだからさ』

 要はバレなければいい。

 その言葉が、あと一歩のところで踏み止まっていた背中を押した。……そうだよね。誰に心配をかけるでもないし、ヴィラの事は話さなければいいだけじゃないか。
 心の中で何度も呟いて、無理やり自分を納得させる。一度傾いた天秤は、もう元には戻らなかった。

『……じゃあ、お願いしようかな』
『うんうん、よろしくね。えーと、サシェで合ってた?』
『合ってるよ。こちらこそよろしく、ニンファ』

 こうして僕は、思いがけずに新たな話し相手を手に入れたのである。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



『――でさ、僕はこのやり方あんまり好きじゃないんだ』
『あぁ、確かその植物は熱と湿気に弱かったね。それならいっそ凍らせて保存すればいいんじゃない?』
『それも試してみたんだけど、結局溶かす……えー、なんて言うんだっけ『解凍?』そう、それ。解凍する時の湿気で駄目になるんだよね』
『へぇ既に試してるの。じゃあこっちのやり方は?』

 豪奢なソファーの上で、二人の青年が熱心に語りあっている。その手に握られているのは分厚い専門書ではあるけれど、彼らにとって、娯楽小説と同義らしい。

『やっぱりニンファの発想は面白いね。僕じゃとても思いつかない』
『そんなことないよ、俺は専門家じゃないから好き勝手に言えるだけ。柔軟さで言うならサシェの方が上だと思うけど』

 ニンファは想像以上に博識で、植物に関しても常人以上の知識を持っていた。何故か調合の基本や器具の名称まで知っているから、薬学の専門的な話にも、難なくついてきてくれる。
 僕が言葉に詰まった時はさりげなく教えてくれるし、相性が良すぎて逆に怖いくらいだった。

 ギギギギギ

『あ、そろそろ時間だね』

 声を上げたのはどちらだったか。正門が開く際の軋み音が、二人の別れの合図である。
 ニンファがこの部屋にいられるのは、毎朝早朝から正門が開くまでの短い間。およそ半刻にも満たないほどの短い時間だけど、これ以上長居すると見つかる確率が跳ね上がってしまう。

 ふわりふわりと妖精のように軽やかに、風のように自由気ままに飛んでいく。その後ろ姿を眺めながら、気づかれないように小さくため息を吐き出した。

 互いに割り切った関係ではあるけれど、それがなんだか昔のヴィラと僕みたいだなんて、そう思ってしまうのだ。知り合いというには近すぎるけど、友達というには後一歩遠い。そんなもどかしくて微妙な関係。

 ニンファの姿が見えなくなってからも、しばらくは外を眺めていたけれど、床を鳴らすような靴音にハッと意識を引き戻される。

(どうしよう、このままじゃ間に合わない)

 正門が開いてから、もう随分と時間が経ってしまっているだろう。ひとまず窓に鍵をかけ、椅子とカーテンは放置したまま、ベッドの中へと潜り込む。それとほぼ同時にノックの音が聞こえてきて、小さな人影が中へと入り込んできた。

「セラシェル様、朝ですよ。起きてください」
「ん…ふぁ~い……」
「また夜更かししてらっしゃったんですか?」
「ごめんね。星が綺麗だったからつい」

 あっぶない。ドキドキする心臓を抑えながら、滅多にしないあくびをして、寝起きであることを仄めかす。上手い具合に"夜更かしをした"のだと勘違いしてくれたから、とりあえずはそれに便乗しておいた。
 星を見ていたのなら、椅子とカーテンがそのままでも別におかしくはないだろう。

「そういえば、本日は陛下がいらっしゃるそうですよ。何か欲しいものがあれば、用意してくださるそうですが」
「うーん、やっぱり新しい本かなぁ。難しめのやつでもいいから、植物とか薬学に関する専門書が欲しい」
「はい、お伝えしておきます。……それにしても、セラシェル様はすっかりルミナーレ語がお上手になられましたね。難しい本もすぐに読み終わってしまいますし、家庭教師役としては鼻が高いです」

 得意げに胸を張る様子が可愛くて、思わず頭を撫でてしまう。出会った頃は謙虚すぎるほどだったけど、僕が褒め続けたせいか、最近はこうした表情も見せてくれるようになった。実に喜ばしい変化である。

「セ、セラシェル様……あの……」
「んー? レオの髪の毛は、ふわっふわで気持ちいいね」
「あ、えと……ありがとう、ございます」

 ふわふわの癖っ毛を堪能していると、顔を赤くしたレオに浴室へと押し込まれる。最初は素直に喜んだものの、恥ずかしさが限界値を超えたのだろう。少し残念に思ったけど、大人しく顔を洗うことに専念することにした。
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