星屑を拾って-森の薬師と王の話-

深海めだか

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第十三章 夢

43話

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※流血等、残酷な表現があります。ご注意ください。

 目の前で、赤い炎が燃えている。何も持たずに捨てられた僕が、唯一、身につけていたお守りを糧に。
 もう自分が、泣いているのか叫んでいるのかすらも分からない。言葉にならない呻き声は、次第に嗚咽へと変わっていった。

 そんな僕を見て満足したのか、はたまた熱に耐えきれなくなったのか。男は小さく鼻で笑い、炎に包まれたそれを、馬車の外へと投げ捨てる。

 ───ぱきり 

 車輪の回る音に混じって、そんな音が確かに聞こえた。何かが割れるような、小さな音。

「ぅ"……ぐ、っん、……ふ、ぅ"…」
『安もんの指輪くらいでうっせぇなあ。また兄貴に怒られんだろうが』

 泣いているとでも思ったのだろうか。男が再び僕を蹴る。だけど、違う、違うのだ。
 体が熱くて堪らない。跳ね上がっていく心拍数が、その異常さを伝えていた。
 熱くて、赤くて、焦げくさくて。人の叫ぶ声が耳の奥にへばりつく。垂れ落ちた血溜まりが海のように広がっている。ああそれなのに。彼は、兄様は、地獄のような光景の中、うっそりと微笑んでいた。

『ああ、この子は弟だから殺しちゃ駄目だよ』

 視界の端でちかちかと輝く、金の髪。体の震えが止まらない。

「ひゅッ、……!」
『あ? いきなりな──っ、!?』

 いきなり車体が大きく揺れて、馬が驚きにいなないた。
 何が起きたかも分からないまま、ひどい衝撃をやり過ごそうと両目を閉じる。木製の荷馬車は軋みをあげ、ミシミシと嫌な音を立てていた。

 ──外に投げ出されたのだろうか。ひときわ強い衝撃の後、痛みに呻く暇もなく、ぬるい空気が肌を撫でる。

(終わっ…た……?)

 音が止んだ気配に恐る恐る目を開いた。
 月明かりの下。馬車を丸ごと飲み込んでいたのは、信じられないほどに巨大な木。いっそ逆さまになるほど傾いた車体を、四方八方から絡め取り、自らの中に閉じ込めていた。実際目にしているとしても、とても現実のものとは思えない。

「…………」

 ただ呆然と眺めていれば、巨木は意志をもつかのように、三つの人影を掴み上げた。うち一人は知らない顔で、衝撃に意識を失ったのか、ぐったりと目を閉じている。
 問題は残る二人。恐怖に顔を引き攣らせてはいるが、それは間違いようもなく、と兄貴だった。

(そうだ、僕のお守り)

 あいつが、あいつが、あいつが………燃やしたんじゃないか。
 ふと腹の奥から、どす黒い感情がり上がる。怒りにも似ているけど、それよりもっと粘ついていて、殺してしまいたいほどにうらめしい。
 
『ぎ、ぃ……ッ!!』
『や、めろ……っ、…!』

 ギリギリと、わめく体を締め上げる。呪文で燃やそうとしてくるから、うるさい口は先に塞いだ。
 それなのに、また耳の奥で声がする。『どうせお前には殺せないよ』『君は人形が好きだから』
 そう言って指をさしながら笑ってるんだ。うるさいな。好きだから全部、壊されたんじゃないか。
 
『~~~~ッ!!!』

 手始めに、ばたつかせている足を狙った。杭のような木の枝が、肉を貫き血をすする。それでも何だか物足りなくて、お腹の奥のどろどろは、ちっともおさまってくれないのだ。
 声にならない叫び声を聞きながら、脇腹を、肩を、腕を、順番に抉っていく。あとはどこがあるんだっけ。…………ああそうだ、

 心臓

 勢いよく突き立てようとした途端、何かに阻まれ、動きが止まる。目に映るのは、夕陽を溶かしたような赤い髪。それは端から色を変え、輝くような白銀に染まった。

『やめときなよ。別に殺してもいいけど、どうせ正気に戻ったら気に病むでしょう。君は本当に変わらないから』

 聞き馴染んだ声が耳に届いて、理解できないまま、何度も瞬きを繰り返す。

『こんなにボロボロになって。ごめんね、ちょっとした賭けのつもりだったんだけど』

 白い指が、口枷くちかせ代わりの縄に触れる。長時間縛られていたためか、舌が痺れて、上手く言葉を話せない。それでも、口は勝手に動いていた。

「とぅ…おーの…に、さま……」 
『うん。そうだよ、可愛いイエルバ。君に会える日を、俺はずっとずっと心待ちにしていたんだ。たとえ人形に成り下がってでも、あの時のことを謝りたかった。他の兄弟だっておんなじさ』
「……に、さま…たちが……?」
『うん。気が遠くなるほどの時間、生と死を繰り返して、ずっと君を探していたよ。まあ見つけられたのは今回が初めてだけど』

 優しく微笑むその顔は、紛れもなくニンファのもので。──だけど、なんでだろう。どうしようもなく胸を掻きむしりたくなる。後ろ手に縛られて動けないまま、体を無為むいに跳ねさせた。

『あの時は本当にごめんね。いくら楽しいからといって、
「………っ、!」

 その言葉に目を見開けば、ニンファ──いや、兄様は、僕の頬に手を当てた。すり、と優しく撫でられて、思わず全身が総毛立つ。

『少し暴れすぎたから場所を変えようか。……大丈夫、あの男たちも死にはしないよ。急所は全部外れていたし、騎士団もそろそろ追いつくだろうから』

 優しげな声が恐ろしい。気をたもとうと内頬を強く噛んだ途端、そこで僕の意識は途絶えた。

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