46 / 55
第十三章 夢
43話
しおりを挟む
※流血等、残酷な表現があります。ご注意ください。
目の前で、赤い炎が燃えている。何も持たずに捨てられた僕が、唯一、身につけていたお守りを糧に。
もう自分が、泣いているのか叫んでいるのかすらも分からない。言葉にならない呻き声は、次第に嗚咽へと変わっていった。
そんな僕を見て満足したのか、はたまた熱に耐えきれなくなったのか。男は小さく鼻で笑い、炎に包まれたそれを、馬車の外へと投げ捨てる。
───ぱきり
車輪の回る音に混じって、そんな音が確かに聞こえた。何かが割れるような、小さな音。
「ぅ"……ぐ、っん、……ふ、ぅ"…」
『安もんの指輪くらいでうっせぇなあ。また兄貴に怒られんだろうが』
泣いているとでも思ったのだろうか。男が再び僕を蹴る。だけど、違う、違うのだ。
体が熱くて堪らない。跳ね上がっていく心拍数が、その異常さを伝えていた。
熱くて、赤くて、焦げくさくて。人の叫ぶ声が耳の奥にへばりつく。垂れ落ちた血溜まりが海のように広がっている。ああそれなのに。彼は、兄様は、地獄のような光景の中、うっそりと微笑んでいた。
『ああ、この子は弟だから殺しちゃ駄目だよ』
視界の端でちかちかと輝く、金の髪。体の震えが止まらない。
「ひゅッ、……!」
『あ? いきなりな──っ、!?』
いきなり車体が大きく揺れて、馬が驚きにいなないた。
何が起きたかも分からないまま、ひどい衝撃をやり過ごそうと両目を閉じる。木製の荷馬車は軋みをあげ、ミシミシと嫌な音を立てていた。
──外に投げ出されたのだろうか。ひときわ強い衝撃の後、痛みに呻く暇もなく、ぬるい空気が肌を撫でる。
(終わっ…た……?)
音が止んだ気配に恐る恐る目を開いた。
月明かりの下。馬車を丸ごと飲み込んでいたのは、信じられないほどに巨大な木。いっそ逆さまになるほど傾いた車体を、四方八方から絡め取り、自らの中に閉じ込めていた。実際目にしているとしても、とても現実のものとは思えない。
「…………」
ただ呆然と眺めていれば、巨木は意志をもつかのように、三つの人影を掴み上げた。うち一人は知らない顔で、衝撃に意識を失ったのか、ぐったりと目を閉じている。
問題は残る二人。恐怖に顔を引き攣らせてはいるが、それは間違いようもなく、あの男と兄貴だった。
(そうだ、僕のお守り)
あいつが、あいつが、あいつが………燃やしたんじゃないか。
ふと腹の奥から、どす黒い感情が迫り上がる。怒りにも似ているけど、それよりもっと粘ついていて、殺してしまいたいほどに恨めしい。
『ぎ、ぃ……ッ!!』
『や、めろ……っ、…!』
ギリギリと、喚く体を締め上げる。呪文で燃やそうとしてくるから、うるさい口は先に塞いだ。
それなのに、また耳の奥で声がする。『どうせお前には殺せないよ』『君は人形が好きだから』
そう言って指をさしながら笑ってるんだ。うるさいな。好きだから全部、壊されたんじゃないか。
『~~~~ッ!!!』
手始めに、ばたつかせている足を狙った。杭のような木の枝が、肉を貫き血を啜る。それでも何だか物足りなくて、お腹の奥のどろどろは、ちっとも治ってくれないのだ。
声にならない叫び声を聞きながら、脇腹を、肩を、腕を、順番に抉っていく。あとはどこがあるんだっけ。…………ああそうだ、
心臓
勢いよく突き立てようとした途端、何かに阻まれ、動きが止まる。目に映るのは、夕陽を溶かしたような赤い髪。それは端から色を変え、輝くような白銀に染まった。
『やめときなよ。別に殺してもいいけど、どうせ正気に戻ったら気に病むでしょう。君は本当に変わらないから』
聞き馴染んだ声が耳に届いて、理解できないまま、何度も瞬きを繰り返す。
『こんなにボロボロになって。ごめんね、ちょっとした賭けのつもりだったんだけど』
白い指が、口枷代わりの縄に触れる。長時間縛られていたためか、舌が痺れて、上手く言葉を話せない。それでも、口は勝手に動いていた。
「とぅ…おーの…に、さま……」
『うん。そうだよ、可愛いイエルバ。君に会える日を、俺はずっとずっと心待ちにしていたんだ。たとえ人形に成り下がってでも、あの時のことを謝りたかった。他の兄弟だっておんなじさ』
「……に、さま…たちが……?」
『うん。気が遠くなるほどの時間、生と死を繰り返して、ずっと君を探していたよ。まあ見つけられたのは今回が初めてだけど』
優しく微笑むその顔は、紛れもなくニンファのもので。──だけど、なんでだろう。どうしようもなく胸を掻きむしりたくなる。後ろ手に縛られて動けないまま、体を無為に跳ねさせた。
『あの時は本当にごめんね。いくら楽しいからといって、君の手駒を減らしすぎた』
「………っ、!」
その言葉に目を見開けば、ニンファ──いや、兄様は、僕の頬に手を当てた。すり、と優しく撫でられて、思わず全身が総毛立つ。
『少し暴れすぎたから場所を変えようか。……大丈夫、あの男たちも死にはしないよ。急所は全部外れていたし、騎士団もそろそろ追いつくだろうから』
優しげな声が恐ろしい。気を保とうと内頬を強く噛んだ途端、そこで僕の意識は途絶えた。
目の前で、赤い炎が燃えている。何も持たずに捨てられた僕が、唯一、身につけていたお守りを糧に。
もう自分が、泣いているのか叫んでいるのかすらも分からない。言葉にならない呻き声は、次第に嗚咽へと変わっていった。
そんな僕を見て満足したのか、はたまた熱に耐えきれなくなったのか。男は小さく鼻で笑い、炎に包まれたそれを、馬車の外へと投げ捨てる。
───ぱきり
車輪の回る音に混じって、そんな音が確かに聞こえた。何かが割れるような、小さな音。
「ぅ"……ぐ、っん、……ふ、ぅ"…」
『安もんの指輪くらいでうっせぇなあ。また兄貴に怒られんだろうが』
泣いているとでも思ったのだろうか。男が再び僕を蹴る。だけど、違う、違うのだ。
体が熱くて堪らない。跳ね上がっていく心拍数が、その異常さを伝えていた。
熱くて、赤くて、焦げくさくて。人の叫ぶ声が耳の奥にへばりつく。垂れ落ちた血溜まりが海のように広がっている。ああそれなのに。彼は、兄様は、地獄のような光景の中、うっそりと微笑んでいた。
『ああ、この子は弟だから殺しちゃ駄目だよ』
視界の端でちかちかと輝く、金の髪。体の震えが止まらない。
「ひゅッ、……!」
『あ? いきなりな──っ、!?』
いきなり車体が大きく揺れて、馬が驚きにいなないた。
何が起きたかも分からないまま、ひどい衝撃をやり過ごそうと両目を閉じる。木製の荷馬車は軋みをあげ、ミシミシと嫌な音を立てていた。
──外に投げ出されたのだろうか。ひときわ強い衝撃の後、痛みに呻く暇もなく、ぬるい空気が肌を撫でる。
(終わっ…た……?)
音が止んだ気配に恐る恐る目を開いた。
月明かりの下。馬車を丸ごと飲み込んでいたのは、信じられないほどに巨大な木。いっそ逆さまになるほど傾いた車体を、四方八方から絡め取り、自らの中に閉じ込めていた。実際目にしているとしても、とても現実のものとは思えない。
「…………」
ただ呆然と眺めていれば、巨木は意志をもつかのように、三つの人影を掴み上げた。うち一人は知らない顔で、衝撃に意識を失ったのか、ぐったりと目を閉じている。
問題は残る二人。恐怖に顔を引き攣らせてはいるが、それは間違いようもなく、あの男と兄貴だった。
(そうだ、僕のお守り)
あいつが、あいつが、あいつが………燃やしたんじゃないか。
ふと腹の奥から、どす黒い感情が迫り上がる。怒りにも似ているけど、それよりもっと粘ついていて、殺してしまいたいほどに恨めしい。
『ぎ、ぃ……ッ!!』
『や、めろ……っ、…!』
ギリギリと、喚く体を締め上げる。呪文で燃やそうとしてくるから、うるさい口は先に塞いだ。
それなのに、また耳の奥で声がする。『どうせお前には殺せないよ』『君は人形が好きだから』
そう言って指をさしながら笑ってるんだ。うるさいな。好きだから全部、壊されたんじゃないか。
『~~~~ッ!!!』
手始めに、ばたつかせている足を狙った。杭のような木の枝が、肉を貫き血を啜る。それでも何だか物足りなくて、お腹の奥のどろどろは、ちっとも治ってくれないのだ。
声にならない叫び声を聞きながら、脇腹を、肩を、腕を、順番に抉っていく。あとはどこがあるんだっけ。…………ああそうだ、
心臓
勢いよく突き立てようとした途端、何かに阻まれ、動きが止まる。目に映るのは、夕陽を溶かしたような赤い髪。それは端から色を変え、輝くような白銀に染まった。
『やめときなよ。別に殺してもいいけど、どうせ正気に戻ったら気に病むでしょう。君は本当に変わらないから』
聞き馴染んだ声が耳に届いて、理解できないまま、何度も瞬きを繰り返す。
『こんなにボロボロになって。ごめんね、ちょっとした賭けのつもりだったんだけど』
白い指が、口枷代わりの縄に触れる。長時間縛られていたためか、舌が痺れて、上手く言葉を話せない。それでも、口は勝手に動いていた。
「とぅ…おーの…に、さま……」
『うん。そうだよ、可愛いイエルバ。君に会える日を、俺はずっとずっと心待ちにしていたんだ。たとえ人形に成り下がってでも、あの時のことを謝りたかった。他の兄弟だっておんなじさ』
「……に、さま…たちが……?」
『うん。気が遠くなるほどの時間、生と死を繰り返して、ずっと君を探していたよ。まあ見つけられたのは今回が初めてだけど』
優しく微笑むその顔は、紛れもなくニンファのもので。──だけど、なんでだろう。どうしようもなく胸を掻きむしりたくなる。後ろ手に縛られて動けないまま、体を無為に跳ねさせた。
『あの時は本当にごめんね。いくら楽しいからといって、君の手駒を減らしすぎた』
「………っ、!」
その言葉に目を見開けば、ニンファ──いや、兄様は、僕の頬に手を当てた。すり、と優しく撫でられて、思わず全身が総毛立つ。
『少し暴れすぎたから場所を変えようか。……大丈夫、あの男たちも死にはしないよ。急所は全部外れていたし、騎士団もそろそろ追いつくだろうから』
優しげな声が恐ろしい。気を保とうと内頬を強く噛んだ途端、そこで僕の意識は途絶えた。
0
あなたにおすすめの小説
俺の婚約者は小さな王子さま?!
大和 柊霞
BL
「私の婚約者になってくれますか?」
そう言い放ったのはこの国の王子さま?!
同性婚の認められるパミュロン王国で次期国王候補の第1王子アルミスから婚約を求められたのは、公爵家三男のカイルア。公爵家でありながら、長男のように頭脳明晰でもなければ次男のように多才でもないカイルアは自由気ままに生きてかれこれ22年。
今の暮らしは性に合っているし、何不自由ない!人生は穏やかに過ごすべきだ!と思っていたのに、まさか10歳の王子に婚約を申し込まれてしまったのだ。
「年の差12歳なんてありえない!」
初めはそんな事を考えていたカイルアだったがアルミス王子と過ごすうちに少しづつ考えが変わっていき……。
頑張り屋のアルミス王子と、諦め系自由人のカイルアが織り成す救済BL
【第一章完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する
とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。
「隣国以外でお願いします!」
死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。
彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。
いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。
転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。
小説家になろう様にも掲載しております。
※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる