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第十四章 改革
49話
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薄暗い部屋で目を覚ます。
まず最初に感じたのは、柔らかなシーツの感触。森を彷彿とさせる木々の匂いが鼻をくすぐり、その懐かしさに自然と頬がゆるんでいった。
「ん"~~……」
まだ起きたくない。できることならもう少しだけ、この心地のいい眠気に浸っていたい。
せっかく夢を見ないほど、深く、長く眠れたのだから。
「ゆ、め……?」
その言葉に、微睡んでいた意識が一気に引きずり上げられる。途端に流れ込んでくるそれは、遠く遠く、思い出せないほど昔の────。
『ねぇ、君が言ってた特殊な土壌。もう少しで完成するけど一緒に行く?』『俺考えたんだけどさぁ、水の中に咲く花なんてどうかな。アイレばっかりずるいじゃん』『ふむ……暗闇で光を放つ植物か。確かにこの温かさはルスに似ている』『なぁイエルバ! スエロ兄と協力して、大きな山を作ったんだよ。今までにない傑作だぜ』
まぶたの裏でチカチカと、眩い閃光が散っている。まるで自分の意志とは関係なく、本のページが捲られていくようだった。
「ぁ、あ"、ァ、あ………!!!」
痛いだなんて、そんな言葉では言い表せない。流し込まれる膨大な量の記憶たちに、髪を掴んで引っ張りながら、ただひたすらに耐え忍ぶ。
「ぁ"……っ、は、んぅ"……ぇ、」
胃の腑から、どぷりと何かが迫り上がり、引き攣った喉を塞いだ気がした。
けれど結局は何を吐き出せるわけでもなく、唾液がシーツを濡らすだけ。もう、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
「──ああ、ようやく起きたんだ。部屋はともかくとして、体は大丈夫……じゃなさそうだね」
いつの間に入ってきていたのだろうか。
誰でもいい。助けて欲しい。そんな思考ばかりが意識の大半を占める中、いきなり聞こえたその声に、思わず縋るような視線を向けた。場違いなほどに穏やかで、けれど耳に馴染む不思議な声。
「に、んふぁ……?」
「うん、そうだよ。おはようサシェ」
疑問などではない。口にしたのは祈りだった。別人であって欲しい、どうか首を振って欲しい──と。
薄い月明かりに照らされて、白銀の髪がさらりと揺れる。夕焼けのようなあの色は、暖かくて優しい色は、もうどこにも見当たらなくて。
「や……っ、違う、違う……──っ」
「気に入らなかった? どっちの名前で呼べばいいか迷ったんだけど、今の君にはサシェの方がいいかと思って」
ああ、何という皮肉だろうか。
あれほど求めていたにも関わらず、こつこつと靴音を鳴らしながら近づいてくる人物は、いまや恐怖の対象にしかなり得ない。
必死に首を振ろうとも、彼は一歩一歩着実にこちらへと足を進めた。
「ひ……、違うって言ってるだろ! こ、こないで……、ッ、こっちに来るな……!!」
メキメキメキッ!!
また軋むような音がして、木々の匂いが深くなる。新しく生まれた枝葉たちは、誰に言われるまでもなく、目の前の人物へと狙いを定めた。
けれど、捕らえようと、あるいは刺し殺そうとしても、彼にはちっとも通じない。焦りから、また呼吸が荒くなる。
「サシェ、落ち着いて。君が嫌ならこれ以上は近づかないから」
「はぁーーっ、……はっ、ぁ"、ふ」
「聞こえてないか」
腕だけでなんとか上体を支えながら、懸命に酸素を取り込んだ。吸って、吐いて、また吸って。たったそれだけの動作でも、引き攣った喉ではうまくいかない。
「ひ、ひゅっ、! けほッ、は、ぁ、ッ……」
「大丈夫だよ。ゆっくり息を吸って……──吐いて……──吸って」
言葉通り、彼はそれ以上近づかず、ベッドの傍から声を投げる。とにかく楽になりたくて、言われるがまま何度も呼吸を繰り返した。
穏やかな声と、ゆったりとした言葉の間隔。
意図して調整されているのだろう。ようやく酸素が回り始めたことにホッとして、また意識はゆらゆらと、夢の狭間に落ちていく。
「サシェ、また寝るの?」
「…………ん、ね……たい」
「多分、記憶の同期がまだ追いついてないんだね。いいよ。君の仕事はたくさん眠って、たくさん魔力を消費することだ」
「お……や、み……兄さま」
ともすれば空気に消えてしまうような、小さな小さなその呟きを、彼は決して逃さなかった。
室内でありながら木々が生い茂る異様な空間。天井を突き破るほどの巨木に囲まれ、彼はそっと、息を吐く。
その嬉しげな表情は、今となってはただ一人、部屋の中央で眠る人物にしか、向けられてはいないのであろう。
まず最初に感じたのは、柔らかなシーツの感触。森を彷彿とさせる木々の匂いが鼻をくすぐり、その懐かしさに自然と頬がゆるんでいった。
「ん"~~……」
まだ起きたくない。できることならもう少しだけ、この心地のいい眠気に浸っていたい。
せっかく夢を見ないほど、深く、長く眠れたのだから。
「ゆ、め……?」
その言葉に、微睡んでいた意識が一気に引きずり上げられる。途端に流れ込んでくるそれは、遠く遠く、思い出せないほど昔の────。
『ねぇ、君が言ってた特殊な土壌。もう少しで完成するけど一緒に行く?』『俺考えたんだけどさぁ、水の中に咲く花なんてどうかな。アイレばっかりずるいじゃん』『ふむ……暗闇で光を放つ植物か。確かにこの温かさはルスに似ている』『なぁイエルバ! スエロ兄と協力して、大きな山を作ったんだよ。今までにない傑作だぜ』
まぶたの裏でチカチカと、眩い閃光が散っている。まるで自分の意志とは関係なく、本のページが捲られていくようだった。
「ぁ、あ"、ァ、あ………!!!」
痛いだなんて、そんな言葉では言い表せない。流し込まれる膨大な量の記憶たちに、髪を掴んで引っ張りながら、ただひたすらに耐え忍ぶ。
「ぁ"……っ、は、んぅ"……ぇ、」
胃の腑から、どぷりと何かが迫り上がり、引き攣った喉を塞いだ気がした。
けれど結局は何を吐き出せるわけでもなく、唾液がシーツを濡らすだけ。もう、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
「──ああ、ようやく起きたんだ。部屋はともかくとして、体は大丈夫……じゃなさそうだね」
いつの間に入ってきていたのだろうか。
誰でもいい。助けて欲しい。そんな思考ばかりが意識の大半を占める中、いきなり聞こえたその声に、思わず縋るような視線を向けた。場違いなほどに穏やかで、けれど耳に馴染む不思議な声。
「に、んふぁ……?」
「うん、そうだよ。おはようサシェ」
疑問などではない。口にしたのは祈りだった。別人であって欲しい、どうか首を振って欲しい──と。
薄い月明かりに照らされて、白銀の髪がさらりと揺れる。夕焼けのようなあの色は、暖かくて優しい色は、もうどこにも見当たらなくて。
「や……っ、違う、違う……──っ」
「気に入らなかった? どっちの名前で呼べばいいか迷ったんだけど、今の君にはサシェの方がいいかと思って」
ああ、何という皮肉だろうか。
あれほど求めていたにも関わらず、こつこつと靴音を鳴らしながら近づいてくる人物は、いまや恐怖の対象にしかなり得ない。
必死に首を振ろうとも、彼は一歩一歩着実にこちらへと足を進めた。
「ひ……、違うって言ってるだろ! こ、こないで……、ッ、こっちに来るな……!!」
メキメキメキッ!!
また軋むような音がして、木々の匂いが深くなる。新しく生まれた枝葉たちは、誰に言われるまでもなく、目の前の人物へと狙いを定めた。
けれど、捕らえようと、あるいは刺し殺そうとしても、彼にはちっとも通じない。焦りから、また呼吸が荒くなる。
「サシェ、落ち着いて。君が嫌ならこれ以上は近づかないから」
「はぁーーっ、……はっ、ぁ"、ふ」
「聞こえてないか」
腕だけでなんとか上体を支えながら、懸命に酸素を取り込んだ。吸って、吐いて、また吸って。たったそれだけの動作でも、引き攣った喉ではうまくいかない。
「ひ、ひゅっ、! けほッ、は、ぁ、ッ……」
「大丈夫だよ。ゆっくり息を吸って……──吐いて……──吸って」
言葉通り、彼はそれ以上近づかず、ベッドの傍から声を投げる。とにかく楽になりたくて、言われるがまま何度も呼吸を繰り返した。
穏やかな声と、ゆったりとした言葉の間隔。
意図して調整されているのだろう。ようやく酸素が回り始めたことにホッとして、また意識はゆらゆらと、夢の狭間に落ちていく。
「サシェ、また寝るの?」
「…………ん、ね……たい」
「多分、記憶の同期がまだ追いついてないんだね。いいよ。君の仕事はたくさん眠って、たくさん魔力を消費することだ」
「お……や、み……兄さま」
ともすれば空気に消えてしまうような、小さな小さなその呟きを、彼は決して逃さなかった。
室内でありながら木々が生い茂る異様な空間。天井を突き破るほどの巨木に囲まれ、彼はそっと、息を吐く。
その嬉しげな表情は、今となってはただ一人、部屋の中央で眠る人物にしか、向けられてはいないのであろう。
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