星屑を拾って-森の薬師と王の話-

深海めだか

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第十四章 改革

51話

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 気づかないうちに、どれほどの時間が経っていたのだろう。いつの間にか日は沈み、窓の外には全てを飲み込んでしまうような、けれど美しい星空が広がっていた。

「レオ、ご両親に連絡は?」
「はいっ、もちろん伝えてあります。しばらく王宮に泊まり込みになるとも話したので、怪しまれることはないかと」

 声を抑えて話しながら、主の方へと視線をやる。丁度同じことを考えていたのだろう。ぱちりと目が合うものだから、黙って小さく頷いた。

「……話を進めることについては賛成です。ですが、本当にセシェルは大丈夫なのでしょうか。いくら眠っているだけとはいえ……その、」
「心配?」
「当然です」
「あははっ、素直だね。じゃあ先にあの子の状態から説明しよう」

 ゆったりと、足を組み替える動きに合わせて髪が揺れる。あの薄い唇から、今度はどんな言葉が吐き出されるのか。否応にも緊張感は高まっていく。

「今までの不調は簡単に言ってしまえば魔力不足だね。加えて人格の乖離かいりによる感情の増幅。特に憎悪、怒り、嫉妬心とか。ここら辺は負の感情だから、顕著に出やすかったんじゃないかな」
「感情の、増幅……」

 レオは口の中で転がすように呟いて、恐る恐る言葉を続けた。

「確かに、思い当たる節があるかもしれません。セラシェル様はお優しい方でしたが、急に黙り込んでしまったり、かと思えば声を荒げ、時には涙も流されたり……」

 てっきり性格によるものだと思っていたと、灰色の瞳が水を張る。握りしめたシャツの裾は、力が入りすぎたせいか皺でぐしゃぐしゃになっていた。

「レオ、貴方はセラシェル様と出会って間もないでしょう。何も悪くはありませんよ」
「ああ、ハリムの言う通りだ。お前が気にすることではない」

 存外優し気な声を聞き、驚きに瞬いた瞳から涙が押し出されて頬を伝った。
 セラシェル様の無事も分かり、殿下にも認められたということで、多少は心の余裕ができたのだろう。けれど依然として、その表情がけわしいことに変わりはない。

「それよりも兄上、とは一体どういうことですか。セシェルには生まれつき魔力がないはずでしょう」

 そう、そこが問題なのだ。

 そもそもの話、"魔力のない人間"が魔力不足に陥ることなどあり得るのだろうか。
 前例も比較対象もないのだから、はいそうですかと頷くには、あまりに不安要素が多すぎる。

「そうだね。俺もそこはずっと不思議に思ってた。……一応言っておくけど、あの子を見つけたのは本当に偶然だよ。君たちと違って俺には魔力の流れが見えるから、珍しい人間だと思って近づいたんだ」

 殿下は深紫の目を指差すと、ゆったり一度、瞬きをした。よくよく目を凝らして見れば、瞳の奥で金色の光が渦巻いている。
 それは幾何学的な模様を形づくりながら、縮んだり、淡く光って離れたり。人間離れしていて、何処となく吸い込まれてしまいそうな美しさだ。

「俺たち兄弟は確かにとして組み替えられてはいるけれど、そもそもの基盤が違うから幾つかの能力は引き継いでる。まぁ、それぞれ差はあるけどね」
「……では兄上から見ても、セシェルに魔力はなかったのですか?」
「うん。あんなもの初めて見たよ」

 面白かったとついでのように付け加え、殿下は口元を綻ばせた。

 一般的に、魔力量を測るには専用の魔道具が必要とされる。
 わざわざ確認する必要もないと思っていたのだが、やはり、セラシェル様が意図的に嘘をついていたわけでもないらしい。

「そういえばヴィシェーラ、君はあの子のお守りを見たことがある?」
「お守り…………? 首からかけている指輪のようなものでしょうか。大切なものだと、あまり見せてはもらえませんでしたが」

 薄れた記憶を辿るように、長いまつ毛が伏せられる。けれど最後の方は力なく、ぼそぼそと口を尖らせていた。
 心なしか肩が落ちているようにも見える。

「あれ、蓄魔石の指輪だよ。それもあの子の魔力をほとんど全て吸ってしまえるくらい、高純度の貴重なものだ」

「「「……ちくませき…………?」」」

 声を上げたのは、三人ほぼ同時だった。

 蓄魔石
 ルミナーレの国民にとって日常的なものではあるが、だからこそ選択肢にすら浮かばなかった。
 まさか、そんなことがあり得るのか。困惑する心情を表すように、互いに視線を送り合う。

「ふむ、君が知らないってことは内側にでも嵌ってたのかな」

 殿下はひとり頷くと、私たちを置いて先へ先へと話を進める。

「蓄魔石は肌に近いほど魔力を吸い取る。それを四六時中つけてたなんて……。普通の人間があんな使い方をしていたら、間違いなく死んでるよ」
「お待ちください。ならば何故、セシェルは無事だったというのですか」
「それは多分"植物のおかげ"かな」
「は……しょくぶつ……?」

 瞳を揺らし、力なく呟く主に同情する。流石は神の生まれ変わりというだけあって、先程から、とても理解が追いつかない。



 魔力を補充するには、時間経過による回復を待つか、人工的に作られた魔法薬ポーションを飲むかの二択しかない。しかし後者は副反応が激しいため、使用を厳しく制限されているのが現状だ。

 つまり実質的には時間経過による回復を待つしかない。……そこで何故、植物という単語が出てくるのだろう。

「あの子、元々は別の場所にいたんでしょう?」
「…………はい。ソレイユの国境沿いにあるイグドラの森、という場所に」
「なるほどね。じゃあそこがあの子の守護地テリトリーってわけだ」

 殿下はヴィシェーラ様の方を流し見ると、間を置かずして言葉を続けた。

守護地テリトリーに関しての説明は今は省くよ。とにかく時間がないからね」

 それに関しては仕方がないと、主は黙って顎を引く。正直、これに関しては賛成だ。今でさえ情報過多であるのだから、これ以上聞いたら頭がどうにかなってしまう。

「前に一度だけ、あの子を温室に連れて行ったことがあるんだ。普段は空っぽで何の流れも見えないのに、温室に足を踏み入れた途端、ほんの少しだけ魔力が見えた。……あれには驚いたよ。イエルバと全く同じものだったから」
「セラシェル様が温室に…………?」

 記憶を辿っているのだろう。レオは分かりやすいほど、首を斜めに傾げていた。
 けれどそんなことは気にも止めず、殿下は淡々と言葉を紡ぐ。

「これは想像に過ぎないんだけど、あの子は植物から魔力を分けてもらっているんじゃないかな」
「魔力を、分け……??」
「あははっ、そう難しく考えないで。どうせ人間きみたちには理解できないんだから、脳の無駄遣いになってしまう」

 誰もが見惚れるような美しい笑顔。その裏には、いっそ清々しいほど多量の棘が潜んでいる。

 けれど、彼ほどの才能と美貌を持ち合わせている人間であれば、噛み付く気すら起きやしない。
 その通りだと黙って頷いてしまうほど、彼のカリスマ性は我々にとって眩しく、遠く、輝いて見えてしまうのだ。

「植物はあの子に魔力をあげて、あの子は植物に力を与える。持ちつ持たれつの関係って奴だね。言い換えれば濾過 ろか装置のようなもの」
「………………なるほど。つまり植物さえ身近にあれば、セシェルが魔力不足に陥ることはなかったと」
「そうだねぇ。持ちうる限りで最悪の状況を作り上げてしまったわけだけど……。ふふっ、陛下、今のご気分は?」
「ははっ、あまり虐めないでいただきたい。今すぐ体中を串刺しにしたくなってしまう」

 乾いた笑い声に頬が攣る。
 兄弟喧嘩のつもりかは知らないが、聞かされる側のこちらはどうしろというのだ。

「……さて、こちらの持てる情報は話したよ。今は眠っていることが大半だし、急ぐような話もない。次は君の番」

 どうぞ
 一呼吸置き、殿下がようやく話題を変える。白い指先は揃って主の方を向いていた。
 
「では率直に申し上げます。兄上には王位継承権を放棄していただきたい」

 
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