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最悪な一日
※第十二話
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「候補者が他にもいることなんて、とっくに知ってる。光に婚約を申し込んだ奴らは、全員調べ上げて記録してるんだよ。ほら、万が一があったら困るから。……でもさ、天勝が一番いいはずなんだ。家柄も、メリットも、結納金の額だって、それこそ他の家とは比べ物にならないくらいには。――なのに光は『選ばれるように祈ってろ』って言ったよね? あんな言い方をするってことは、俺と同格レベルの相手がいるんだろ」
信じられないほどの力で手首を掴まれて、骨が軋むような痛みに悲鳴を上げる。あと少し力を込めれば、俺の腕なんて簡単に折れてしまうだろう。
「……ッ痛いんだよ! 離せバカ!!」
「ねぇ、早く教えて」
「教えて欲しいなら先に離せ!」
「離したら逃げるじゃないか」
「当たり前だろうが!」
売り言葉に買い言葉。買い言葉というかもろ本音。言ってしまってハッとした。
「や、逃げない。逃げないから」
「本当に?」
「ほんとほんと。腕痛いから。離して」
慌てて取り繕いながら、わずかに残った理性で媚びを売る。ここで離してもらわないと、本当に折られてしまう。そう思うほどに、異常なまでの力だった。
「わかった。逃げないでね」
その言葉に何度も首を縦に振る。ようやく離された手首には、掴まれた跡がくっきりと残っていた。真っ赤についた手形は、痛々しいを通り越して、軽くホラーである。
「で、誰なの」
「………何が?」
「だから、光に婚約を申し込んだ相手だよ」
「そんなの一々覚えてるわけないだろ」
「俺が聞いてるのはその他大勢のことじゃない。いい加減、気付いてるだろ」
下手な誤魔化しは通用しない。それはわかっていたことだけど、名前だけは絶対に出したくなかった。僅かな言葉の揚げ足を取って、ここまでキレてくるような奴なのだ。……改めて考えるとマジで怖い。
惡澤のことは信用しきれていないけど、今の俺にとっては唯一の逃げ場――というか選択肢なわけだし、裏で話をつけられたりしたらバッドエンド間違いなしだ。
どうする。なんて答える? 兄さんならこんな時、笑顔で上手く躱すのだろうけど、会合をサボってばかりいた俺にそんなスキルがあるはずもない。
「……………」
黙り込んだ喉元に、するりと大きな手が回る。
一回り以上体温の高いそれは、間違いなく、目の前の男のものだった。あの骨が軋むような痛みを思い出して、無意識に体が震える。ただ添えられているだけ。そういってしまえば簡単だけど、それだけではないことは、自分が何よりわかっていた。
「光、お願いだから教えて」
「……………ぁくまの、かけいの、やつ」
言いたくない。言わなきゃいけない。でもやっぱり言いたくない。せめぎあう思考の中で、何とか絞り出した言葉はそれだけだった。
「それ以上は言えない?」
視線を下げたまま頷けば、案外あっさり、天勝の手は離れていった。体中に張り詰めていた緊張が解けて、埃っぽい床に座り込む。
まるで、命綱をしないまま綱渡りをしたような気分だ。勇者が魔王を脅すなんて聞いたことあるか? 少なくとも俺はないし、ついでに言えばあの冒険譚にだって書いてなかった。――こいつは多分、遺伝子の突然変異とかで産まれたんだ。だってそうじゃなきゃ、このイカれ具合の説明がつかない。
「……わかった。とりあえず、今日はいいや」
その言葉に、とりあえずはホッとする。結局一限目はサボってしまったけど、今から戻れば次の授業には間に合うだろう。そう思って立ちあがろうとした途端、あることに気づく。
「た、立てない……」
そう、足が震えてどうにも立ち上がれなかったのだ。壁に手をついて体重を支えようとしても、産まれたての子鹿のような足は、虚しく床を滑るだけ。焦る気持ちも相まって、俺は半分パニック状態だった。
そうでなければ、安易に声を出したりなどしない。それも、立てない原因であるこの男の目の前で。
信じられないほどの力で手首を掴まれて、骨が軋むような痛みに悲鳴を上げる。あと少し力を込めれば、俺の腕なんて簡単に折れてしまうだろう。
「……ッ痛いんだよ! 離せバカ!!」
「ねぇ、早く教えて」
「教えて欲しいなら先に離せ!」
「離したら逃げるじゃないか」
「当たり前だろうが!」
売り言葉に買い言葉。買い言葉というかもろ本音。言ってしまってハッとした。
「や、逃げない。逃げないから」
「本当に?」
「ほんとほんと。腕痛いから。離して」
慌てて取り繕いながら、わずかに残った理性で媚びを売る。ここで離してもらわないと、本当に折られてしまう。そう思うほどに、異常なまでの力だった。
「わかった。逃げないでね」
その言葉に何度も首を縦に振る。ようやく離された手首には、掴まれた跡がくっきりと残っていた。真っ赤についた手形は、痛々しいを通り越して、軽くホラーである。
「で、誰なの」
「………何が?」
「だから、光に婚約を申し込んだ相手だよ」
「そんなの一々覚えてるわけないだろ」
「俺が聞いてるのはその他大勢のことじゃない。いい加減、気付いてるだろ」
下手な誤魔化しは通用しない。それはわかっていたことだけど、名前だけは絶対に出したくなかった。僅かな言葉の揚げ足を取って、ここまでキレてくるような奴なのだ。……改めて考えるとマジで怖い。
惡澤のことは信用しきれていないけど、今の俺にとっては唯一の逃げ場――というか選択肢なわけだし、裏で話をつけられたりしたらバッドエンド間違いなしだ。
どうする。なんて答える? 兄さんならこんな時、笑顔で上手く躱すのだろうけど、会合をサボってばかりいた俺にそんなスキルがあるはずもない。
「……………」
黙り込んだ喉元に、するりと大きな手が回る。
一回り以上体温の高いそれは、間違いなく、目の前の男のものだった。あの骨が軋むような痛みを思い出して、無意識に体が震える。ただ添えられているだけ。そういってしまえば簡単だけど、それだけではないことは、自分が何よりわかっていた。
「光、お願いだから教えて」
「……………ぁくまの、かけいの、やつ」
言いたくない。言わなきゃいけない。でもやっぱり言いたくない。せめぎあう思考の中で、何とか絞り出した言葉はそれだけだった。
「それ以上は言えない?」
視線を下げたまま頷けば、案外あっさり、天勝の手は離れていった。体中に張り詰めていた緊張が解けて、埃っぽい床に座り込む。
まるで、命綱をしないまま綱渡りをしたような気分だ。勇者が魔王を脅すなんて聞いたことあるか? 少なくとも俺はないし、ついでに言えばあの冒険譚にだって書いてなかった。――こいつは多分、遺伝子の突然変異とかで産まれたんだ。だってそうじゃなきゃ、このイカれ具合の説明がつかない。
「……わかった。とりあえず、今日はいいや」
その言葉に、とりあえずはホッとする。結局一限目はサボってしまったけど、今から戻れば次の授業には間に合うだろう。そう思って立ちあがろうとした途端、あることに気づく。
「た、立てない……」
そう、足が震えてどうにも立ち上がれなかったのだ。壁に手をついて体重を支えようとしても、産まれたての子鹿のような足は、虚しく床を滑るだけ。焦る気持ちも相まって、俺は半分パニック状態だった。
そうでなければ、安易に声を出したりなどしない。それも、立てない原因であるこの男の目の前で。
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