だって魔王の子孫なので

深海めだか

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夜会嫌いの魔王様

第十九話

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「はい、着いたよ~」

 腕を引かれるままに車を降りれば、豪奢な扉に目を奪われる。黒地に金の装飾が施されたそれは、見上るほどに大きかった。扉でそんな様子なのだから、外観なんてお察しである。

 敢えて言うなら権力の象徴。同じ洋風の造りでありながら、朔魔とは明らかに規模が違う。けれど、下品に見えないところが流石レヴィアタンとも言えるのだ。

 ──青いカーペットが敷き詰められた廊下を抜けて、琉架の部屋へと足を進める。もうここまで来たら引き返せない。無理に帰ろうと抵抗するより、さっさと準備を終わらせて、客室のソファで寝転がった方が効率的だ。

「で、準備って何だよ。お前が無理やり連れてきたせいで、俺、服も何も持ってきてないぞ」
「あはっ当たり前じゃん。何のために連れてきたと思ってるのぉ?」

 琉架の部屋から繋がる扉。そこを開けば、部屋中にずらりと並んだ服、服、服。思わず顔が引き攣って、引き返そうと足を引く。けれど肩を掴まれて、眩しい笑顔で引き止められた。

「ね、みつる。今日は俺が上から下までぜぇ~んぶコーディネートしてあげる。嬉しいでしょ?」

 ああ、語尾にハートがついている。なんて、そんなはずがないだろう。意図して吐き出された甘ったるい声音は、逃すつもりはないという悪魔の呪言じゅごんだ。

「………お手柔らかにお願いします」

 諦め混じりの声を吐けば、それと同時に、部屋の扉は閉まっていった。



 震える足で一歩を踏み出す。

 精緻な彫刻が施された手摺は、正しく本来の意味で使われることに、さぞかし驚いていることだろう。けれどこちらも必死なのだ。
 容赦なく、掴んだ両手で体重をかけ、ゆっくりゆっくり足を下ろす。隣できゃらきゃらと笑っている男が心底憎らしかった。

「あははっ、みつる下手すぎ~!」
「……お前ッ、お前のせいだからな!? なんでヒールなんて履かせるんだよ!! 俺は男だぞ!!」
「やだなぁ、そんな考え今更古いよ。それにハイヒールは、もともと男性用に考えられたものなんだし」
「え、そうなのか?」
「うん。まあ今は女性用が主流だけど、みつるが履いてるのはちゃんと男性用だよ。サイズもぴったりでしょ」

 意外な歴史に驚きながらも、また一歩足を下ろす。確かにサイズはぴったりだけど、つま先立ちのような格好が、そもそも不安定で怖いのだ。

 ──首元にまで及ぶ精緻なレース。黒薔薇をモチーフにしたハイヒール。
 現在光が身に纏っているのは、スーツというより、パンツドレスに近しいものだった。レヴィアディアの新作らしいのだが、どう考えてもサイズが女性のそれではない。

 裾が広がった細身のパンツは足のラインを際立たせ、薄紫のチュールが、それを幾重にも覆い隠している。

 一見華やかではあるが、バッスル部分に濃紫色のシルクシフォンが使われているため、伝統ある朔魔のイメージも損ねない。レースの手袋やツノ飾りも同じく濃紫のものに統一され、光の髪や瞳によく馴染んでいた。

 ただ一点、耳元にだけは鮮やかなオレンジダイヤモンドが輝いている。琉架曰く"魔除け"らしいが、自分が何の子孫か忘れたのだろうか。

「もう、そんなんじゃ遅れるよぉ? 手摺に掴まるくらいなら、俺が支えてあげるのに~」
「馬鹿! お前は揺れるけど手摺は揺れないだろうが!」
「……判断基準そこぉ?」

 そこ、不満げな顔をするな。どう考えても手摺の方が安定するだろうが。
 やいやいと言い合いながら、ようやく最後の段差を降りる。けれど、その瞬間ある事に気づいた。

「手摺が……ない……!!」
「そりゃあ階段にしかつけないよねぇ……」

 呆れたような目で見つめられ、言葉に詰まる。階段を降りるのに必死で、その先まで考えていなかったのだ。

「お手をどうぞぉ? お姫様」
「……お前、もう一回その言い方したら、二度と口聞かないからな」

 差し出された右手を掴むのも何だか癪で、せめてもの抵抗に二の腕のあたりを鷲掴む。皺になろうが知った事か。

 べえっと舌を出せば、琉架は何かを我慢するような顔をして、僅かに肩を震わせた。
 ……怒ってる怒ってる。その様子に内心ほくそ笑みながら、俺は目の前の扉へと、震える足を進めるのであった。
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