1 / 65
第1話 すべてを失った日を編集
沈みかける夕日が窓ガラスに反射し、教室を赤く染める。
空気は冷たいのに、僕の手のひらは汗ばんでいた。
「雅!」
覚悟を決めて、僕は彼女の名前を呼んだ。
鞄を肩にかけ、教室を出ようとしていた雅が、足を止めてゆっくりと振り返る。
「……何?」
その声音はどこまでも冷たく、まるで興味がないと言わんばかりだった。
彼女は真っ白なロングコートを羽織り、濡羽色の長い髪をかき上げながら、切れ長の目で僕を見据える。
それだけで、まるで息が詰まるような感覚を覚えた。
「大事な話があるんだ!」
震える声で絞り出す。
雅の眉がわずかに動いた。
興味を引いたのか、それともただ苛立たせたのかは分からない。
「大事? 啓はじめが私に?」
淡々とした口調。
それでも僕は頷く。
「じゃあ、さっさとしてくれる? あまり時間がないの。彼に返事を返さなきゃいけないから」
「……え?」
彼?
誰のことだ?
雅に彼氏なんかいたことはない。
少なくとも、僕はそんな話を聞いたことがない。
「か、彼って……誰のこと?」
胸の奥がざわつく。
雅は深く息を吐き、ほんの一瞬だけ表情を曇らせた。
しかし、すぐに冷たく微笑む。
「三年の伍代ごだい先輩よ。彼と付き合うことにしたの」
伍代《ごだい》 雄二《ゆうじ》――女子の間でイケメンと噂され人気のある人だ。頭が良くスポーツもできる、まさに絵に描いたような人。
「付き、合う……?」
言葉が、うまく理解できなかった。
頭が真っ白になっていく。
「彼ね、入学した頃から私に告白してくれてたの。ずっと断ってたんだけど、今回、また彼が言ってくれたの」
雅はわずかに目を伏せる。
「私を物語の主人公にしてくれるって」
瞬間、頭が真っ白になった。
「……それって……」
「そう、昔、啓が約束してくれたよね? まさか他にも同じことを言ってくれる人が現れるなんて思わなかった」
「じゃあ、覚えててくれたんだね……! 僕は、その約束を果たすために……!」
「果たす?」
雅の目が鋭くなる。
「本当にそう思ってるの?」
「そ、そうだよ! だから、少しだけ待ってほしいんだ!」
「少し? 少しっていつ? 一年? 二年? 三年?」
雅の声が強くなる。
「何年待ったと思ってるの?」
胸が強く締めつけられた。
「私、ずっと待ってたんだよ……! でも、啓はいつもバツの悪そうな顔をして、コソコソ逃げてばっかりで、何もしないまま結果も出せてない……約束なんてこれっぽちも守ってくれなかったじゃない!」
「ち、違う……! 僕は……!」
「結局、言葉だけだったんだね。私はね、待ってるだけの存在じゃないの」
静かに告げられた言葉が、僕の心臓を深く抉る。
「彼、伍代先輩はね、本当に私を物語の主人公にしてくれたの。彼が書いた小説が、新人賞を取ったの」
「……え?」
「すごいよね。私のためにそこまでしてくれるなんて。チャラいって噂もあるけど、そんな人じゃないって分かったの」
雅は柔らかく微笑む。
僕が、どれほど欲しかったか分からない、そんな優しい微笑みで。
「伍代先輩のこと、好きなの?」
最後の望みをかけて尋ねた。
雅は少しだけ間を置いて――静かに答える。
「……貴方よりは、ね」
その瞬間、僕の中で何かが崩れた。
雅はそれ以上、何も言わず、振り返ることなく教室を出ていった。
残された僕は、床に膝をつき、決壊したダムのように涙をこぼしながら、肩を震わせその場に崩れ落ちるように蹲うずくまった
雅の言葉が何度も頭の中でリフレインする。
――貴方よりは……ね。
それが雅の答えだった。
伍代先輩のことを、本当に好きかどうかは分からない。
でも、僕よりは――いや、僕なんかよりは、ずっと好きなんだ。
「……なんだよ、それ」
嗚咽が止まらない。
小説を書いて、賞を取れば、雅との約束が果たせると思っていた。
そう信じていたのに、気づけば雅は別の誰かの“ヒロイン”になっていた。
空気は冷たいのに、僕の手のひらは汗ばんでいた。
「雅!」
覚悟を決めて、僕は彼女の名前を呼んだ。
鞄を肩にかけ、教室を出ようとしていた雅が、足を止めてゆっくりと振り返る。
「……何?」
その声音はどこまでも冷たく、まるで興味がないと言わんばかりだった。
彼女は真っ白なロングコートを羽織り、濡羽色の長い髪をかき上げながら、切れ長の目で僕を見据える。
それだけで、まるで息が詰まるような感覚を覚えた。
「大事な話があるんだ!」
震える声で絞り出す。
雅の眉がわずかに動いた。
興味を引いたのか、それともただ苛立たせたのかは分からない。
「大事? 啓はじめが私に?」
淡々とした口調。
それでも僕は頷く。
「じゃあ、さっさとしてくれる? あまり時間がないの。彼に返事を返さなきゃいけないから」
「……え?」
彼?
誰のことだ?
雅に彼氏なんかいたことはない。
少なくとも、僕はそんな話を聞いたことがない。
「か、彼って……誰のこと?」
胸の奥がざわつく。
雅は深く息を吐き、ほんの一瞬だけ表情を曇らせた。
しかし、すぐに冷たく微笑む。
「三年の伍代ごだい先輩よ。彼と付き合うことにしたの」
伍代《ごだい》 雄二《ゆうじ》――女子の間でイケメンと噂され人気のある人だ。頭が良くスポーツもできる、まさに絵に描いたような人。
「付き、合う……?」
言葉が、うまく理解できなかった。
頭が真っ白になっていく。
「彼ね、入学した頃から私に告白してくれてたの。ずっと断ってたんだけど、今回、また彼が言ってくれたの」
雅はわずかに目を伏せる。
「私を物語の主人公にしてくれるって」
瞬間、頭が真っ白になった。
「……それって……」
「そう、昔、啓が約束してくれたよね? まさか他にも同じことを言ってくれる人が現れるなんて思わなかった」
「じゃあ、覚えててくれたんだね……! 僕は、その約束を果たすために……!」
「果たす?」
雅の目が鋭くなる。
「本当にそう思ってるの?」
「そ、そうだよ! だから、少しだけ待ってほしいんだ!」
「少し? 少しっていつ? 一年? 二年? 三年?」
雅の声が強くなる。
「何年待ったと思ってるの?」
胸が強く締めつけられた。
「私、ずっと待ってたんだよ……! でも、啓はいつもバツの悪そうな顔をして、コソコソ逃げてばっかりで、何もしないまま結果も出せてない……約束なんてこれっぽちも守ってくれなかったじゃない!」
「ち、違う……! 僕は……!」
「結局、言葉だけだったんだね。私はね、待ってるだけの存在じゃないの」
静かに告げられた言葉が、僕の心臓を深く抉る。
「彼、伍代先輩はね、本当に私を物語の主人公にしてくれたの。彼が書いた小説が、新人賞を取ったの」
「……え?」
「すごいよね。私のためにそこまでしてくれるなんて。チャラいって噂もあるけど、そんな人じゃないって分かったの」
雅は柔らかく微笑む。
僕が、どれほど欲しかったか分からない、そんな優しい微笑みで。
「伍代先輩のこと、好きなの?」
最後の望みをかけて尋ねた。
雅は少しだけ間を置いて――静かに答える。
「……貴方よりは、ね」
その瞬間、僕の中で何かが崩れた。
雅はそれ以上、何も言わず、振り返ることなく教室を出ていった。
残された僕は、床に膝をつき、決壊したダムのように涙をこぼしながら、肩を震わせその場に崩れ落ちるように蹲うずくまった
雅の言葉が何度も頭の中でリフレインする。
――貴方よりは……ね。
それが雅の答えだった。
伍代先輩のことを、本当に好きかどうかは分からない。
でも、僕よりは――いや、僕なんかよりは、ずっと好きなんだ。
「……なんだよ、それ」
嗚咽が止まらない。
小説を書いて、賞を取れば、雅との約束が果たせると思っていた。
そう信じていたのに、気づけば雅は別の誰かの“ヒロイン”になっていた。
あなたにおすすめの小説
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
マカロニ
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
昔好きだったお姉さんが不倫されたので落としに行ったら後輩からも好かれていた
九戸政景
恋愛
高校三年生の柴代大和は、小学校一年生の頃からの付き合いである秋田泰希の姉である夕希に恋心を抱いていたが、夕希の結婚をきっかけに恋心を諦めていた。
そして小学生の頃の夢を見た日、泰希から大和は夕希の離婚を伝えられ、それと同時にある頼みをされる。
クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。
ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。
無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。
クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。