大切な人達を全て奪われたけど、夢が叶ったので過去は振り返らず前に進もうと思います

アイスノ人

文字の大きさ
18 / 65

第18話 嵐を呼ぶ響子

 朝の光が静かに部屋を照らし始める。

壁にかけられた時計の針が進むにつれ、柔らかな陽射しがゆっくりと床を滑り、家具の影を少しずつ淡くしていく。

外は冬の澄んだ空気に包まれ、窓越しに広がるのは凍てついた青空。吐く息が白くなりそうな冷たさがあるはずなのに、室内は暖房のぬくもりが心地よく、静かな朝の温もりに包まれていた。

けれど、その暖かさも僕の心を軽くはしてくれなかった。

ベッドの中で毛布を頭まで引っ張り、身を縮こませる。
まるでこのまま冬眠してしまいたいかのように、じっと動かずにいた。

頭の中に浮かぶのは、昨日のこと。

──喫茶店で真凛と神楽と一緒にいたら、突然脈絡もなく、雅と葵が現れた。

そこから妙な空気になったのは言うまでもない。

雅と葵は、僕にやたらとくっついていた真凛と神楽を警戒、彼女たちは彼女たちで負けじと主張を始めた。

おかげで、僕の目の前では二組が睨み合い、言葉の応酬が繰り広げられることに。

あの空気、居心地が悪かったなんてレベルじゃない。

途中で無理やり話を切り上げて、どうにかその場を収めたものの……正直、気まずさしか残らなかった。

「……はぁ」

朝から気が重い。

このままずっとベッドの中で過ごしたい。何も考えず、何も気にせず、ただ静かに一日をやり過ごせたらどれほど楽だろう。

──と、そのとき。

「おーい、啓! いるかー? 開けるぞー!」

二階の僕の部屋の扉の向こうから、聞き慣れた豪快な声が響いた。

僕の心臓が跳ねる。

「……響姉きょうねえ?」

相沢あいざわ  響子きょうこ
》 。
普段は大学生で今は一人暮らしをしているはずの姉が、なぜか朝から実家に戻ってきている。

……何か嫌な予感がする。

「おい、起きてるか?起きてるよな?よし!なら入るぞ!」

「え、ちょ──」

ガチャッ!!

止める間もなく、勢いよく扉が開いた。

そして──。

「弟ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「うわっ!?」

――ドンッ!!

視界いっぱいに映ったのは、長い金色の髪と、勢いよく揺れる響姉の大きな胸。
そのまま僕はベッドに沈み、上には響姉がのしかかる。

柔らかい。

だけど……重い!!

「久しぶりだなぁ! 会いたかったぞっ!!」

間近で見る響姉の顔は、まるでモデルか女優のように整っていた。
すっと通った鼻筋、しなやかなカーブを描く唇、意志の強そうな瞳。
どこを取っても隙がない。自分の姉ながら綺麗な人だと感心してしまう。

などと思った次の瞬間――耳元で響く姉の元気な声と、押しつけられる感触に思考が吹き飛びそうになった。

「ぐ、ぐえぇっ……!? 響姉ちょっと、息が──!!」

「んもう~、相変わらずひ弱だなぁ! もっと弟を補充させろ!」

「補充って何だよ!?ていうか、重い!どいて!!」

「だめだ!久々に弟成分を摂取してるんだから、このままぎゅうってさせろ!」

そう言って、響姉はさらに強く僕を抱きしめてきた。

僕の背中に回された腕の力は容赦がなく、がっちりと固定される。
逃げようとしてもびくともしない。
しかも、近すぎる。

髪からほんのり甘いシャンプーの香りがするし、
頬が柔らかい肌に触れているし、何より──胸が。

「……苦しい。苦しいってば!!」

「えー?甘えてるんじゃないのか?」

「違う!本当にで息が──!!」

僕の顔は、完全に響姉の胸に埋まって窒息寸前。

「なんだ啓?そんなに甘えたいのかぁ? 仕方ないなぁ~」

「あ、甘えたいとかじゃっ!! 本気で――!!」

バタバタともがいているのに、響姉は相変わらず楽しそうに笑っている。

「あ、朝から何しに来たの!?」

必死にもがき、何とか顔を少しだけ上げ問いかけると、響姉は僕の顔を覗き込み、満面の笑みを浮かべた。

「決まってるだろ?啓が賞を取ったお祝いだ。」

響姉は満面の笑みを浮かべながら、僕の背中を軽く叩いた。

「賞を取ったの、一昨日の話だよ?それにお父さんたちが――」

「それがどうした!お前の快挙を直接私が祝ってやれるのは今日なんだから、問題ないだろ?」

そう言って、響姉はウインクしてみせる。

「何が食べたい? 焼肉か? 寿司か? スイーツでもいいぞ。お前が好きなものなら何でもご馳走してやる。それとも……大好きなお姉ちゃんと一日中イチャラブコースにするか?」

「……は?」

一瞬、頭が真っ白になった。

「お姉ちゃんと二人でデートして、手を繋いで街を歩くとか?映画館で肩寄せ合って観賞するとか?夜景の綺麗なレストランでディナーを楽しんだ後ホテルに――」

響姉は冗談めかした軽い口調で言っている……けれど、目が本気だ。

「わぁぁっ!朝っぱらから何言ってんの……!?」

「ふふ、何をそんなに慌ててる?お前がその気なら、お姉ちゃんはいつでも付き合ってやるぞ?」

さらりと言って、響姉は軽く髪をかき上げる。

「ほら、お前、小さい頃はお姉ちゃんにベッタリだったろう?あの頃みたいに、今日は思い切り甘えてみるのもいいんじゃないか?」

ねだるような響姉の瞳、むしろ甘えて欲しいと言わんばかりの顔だ。

「そ、それは子供の頃の話でしょ、いい歳した高校生が女の人に甘えるなんて……!」

「なるほど、お前は私を、女として見てくれているわけか」

響姉は少し目を細め、挑発するような笑みを浮かべた。

「そ、そういうことじゃなくて……!」

「なら決まりだな。今日は久しぶりに姉弟水入らずで過ごすか」

「……いや、決まってないし!?」

あまりの押しの強さに思わずたじろぐ。

「ふっ、まぁ選択肢の一つとして提案しただけだ。何を選ぶかはお前の自由だが、何を選んでも私はセットだからそのつもりでな」

「えぇ……」

心底困った僕の様子を見て、響姉は満足そうに笑う。

「で、結局何にする? お前の好きなもの、なんでも言ってみろ」

「……じゃあ、昼は響姉にご馳走してもらおうかな」

「よし、それで決まりだな」

響姉が満足そうに頷いたその瞬間──。

「よぉーし、祝いの記念に、もう一回ハグしとくか!」

「え、ちょっ──」

――ドンッ!!

またもや響姉が僕に勢いよく抱きついてきた。

しかも今度はさらに力強く。

「ぐえぇっ!? ちょっ……!」

「いやぁ~、弟よ、本当にすごいなぁ~! よしよし、めいっぱい褒めてやる!」

僕の体をがっちりホールドしながら、頭をぐりぐり撫でてくる。

「ちょっ! 首が……苦しいってば!」

「んー? やけに体が強張ってるな、さては照れてるのか?」

「そ、そんなわけないだろ!単にく、首が絞まってるだけだから!!」

さらに抱きしめる力が強くなり、僕の顔は完全に響姉の胸に埋まる。

「うっ!?」

……柔らかい。

けど、それ以上に息が……できない。

「ん?そんなにお姉ちゃんの胸が気に入ったのか?」

「ちが……マジで……ヤバい……!」

もがく僕を見て、響姉はようやく事態に気付いたらしい。

「……おっと、すまん。つい力が入りすぎたな」

ようやく解放され、僕は大きく息を吸い込んだ。

押さえつけられていた体がようやく自由になり、ゆっくりと肩を落とす。

何度目だこれ……。

「はぁはぁ……か、勘弁してってば」

そう言うと、響姉は少しだけ苦笑いした。

「悪い悪い。久しぶりだから、ついな」

「ついで済む話じゃないよ……」

 僕はぐったりと肩を落としながら、響姉を見上げる。

「もう、響姉はいつも強引過ぎるよ」

「ふふ、まぁまぁ、こうしてお姉ちゃんの愛を受け取れたんだから、よしとしろ」

「いやいや、受け取り方の問題じゃなくて……」

「ほら、ちゃんと息できてるだろ?」

「今はね」

響姉は笑いながら、僕の頭をポンと軽く叩く。

「とにかく、今日はめいっぱい祝ってやるから、覚悟しておけよ」

僕は、まだ息が整わないまま、

「……わかったよ」

と、やれやれと頷いた。

昨日の喫茶店の一件で気分が沈んでいたけれど、こうして響姉が全力で祝ってくれるのは、やっぱり悪い気はしない。

そう思うと、少しだけ気持ちが軽くなった。

この嵐のような来訪は別としてだが……。

「昼まで少し時間があるし、それまでゆっくり休め」

「……うん、ありがとう、響姉」

 僕が素直にそう言うと、姉は満足そうに頷いた。

「よし、それじゃあお前の部屋でくつろがせてもらうか!」

「え?」

 驚く間もなく、響姉は当然のように僕のベッドにどっかりと腰を下ろした。

「啓の匂いもするし、やっぱ実家のベッドは落ち着くな~」

「いや、ちょっと!僕のベッドなんだけど!?ていうか匂いって何!?」

「弟のベッドはお姉ちゃんのベッドでもある。異論は認めない」

ドヤ顔でそう言いながら、響姉は腕を組んでふんぞり返る。

──本当に、昔から変わらない。

姉のペースに振り回されるのは毎度のことだけれど、こうして騒がしくも温かい時間があるのは、やっぱり悪くない。

僕は小さく肩をすくめて、そっと笑みをこぼした。
感想 2

あなたにおすすめの小説

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

マカロニ
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

昔好きだったお姉さんが不倫されたので落としに行ったら後輩からも好かれていた

九戸政景
恋愛
高校三年生の柴代大和は、小学校一年生の頃からの付き合いである秋田泰希の姉である夕希に恋心を抱いていたが、夕希の結婚をきっかけに恋心を諦めていた。 そして小学生の頃の夢を見た日、泰希から大和は夕希の離婚を伝えられ、それと同時にある頼みをされる。

クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。 ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。 無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。 クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。