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第23話 真実の見極め方
タクシーの車内は静かだった。
車の振動が微かに伝わる中、私は虚ろな目で俯いていた。外の街灯の光が窓に映り、ぼんやりとした輪郭を車内に落とす。千生の座席では、響子さんが腕を組んでじっと私を見ていた。
「……そんなに落ち込むな」
落ち着きと包容力を感じさせながらも、どこか鋭さを秘めた響子さんの声に、私はハッとして顔を上げた。
「あ……すみません。それと、家まで付き添ってくれてありがとうございます」
私は頭を下げた。響子さんは軽く笑って肩をすくめた。
「気にするな。啓のためでもあるからな」
「啓……」
その名前を聞いた途端、私はまた視線を落としてしまう。
かつては大切な存在だった。その啓に、伍代先輩にキスされそうになっている場面を見られた。私はその瞬間、動くこともできず、ただ凍りついていた。拒絶したかったのに、声も出せず、手も動かせなかった。ただ、強張ったまま伍代先輩の顔が近づいてくるのを見ていた。
その時、啓の視線が私に突き刺さった。その瞬間、胸が強く締めつけられ、体の奥から熱いものが込み上げた。後悔?羞恥?それとも、啓にこんな姿を見られたことへの動揺?
心臓が痛いほど高鳴り、喉が詰まるような感覚に襲われた。混乱の中、どうすればいいのか分からず、ただ無防備に……。
それなのに、その伍代先輩が私を欺いていたと告げられた。信じていたのに?それとも、私はただ都合よく信じたふりをしていただけなのか?
啓の言葉が真実なのか、それともただの誤解なのか、それを知るためには、直接伍代先輩に問いただすしかない。
でも、もしそれが本当だったら?そんな不安が胸の奥で重く沈んでいた。
──真実。
その言葉が脳裏をかすめた。
先ほど、公園で響子さんに言われた言葉。
『他人任せで自分の見たいものしか見ない……だからそうやって真実を見失う……』
私は何も見えていなかったのだろうか。自分の都合のいいように解釈し、信じたくないことから目を逸らしていただけなのだろうか。
「私は、何も見えていなかったんでしょうか……?」
思わず口にした私の言葉に、響子さんは「さあね」と淡々と返す。
「少なくとも、私は啓のことを誰よりも理解してるし、知っているつもりだ」
そして、間を置いてこう続けた。
「例えば啓は、実は私がいないところで私の下着を拝借している」
「なっ!?」
私は驚いて顔を上げた。
「それに風呂場で視線を感じると思っていたら、啓がこっそり覗いていたりとか……他には――」
「まだあるんですか!?」
「ははは、冗談だよ」
響子さんは楽しそうに笑った。
「もう……驚かせないでください」
私は疲れたようにため息をつく。
「真実なんてそんなもんだ」
ふと、響子さんの表情が引き締まり、真剣な色を帯びた。
「え?」
「私の嘘に一瞬信じそうになっただろ?でも私がそれを否定したら安堵した、違うか?」
私は再びハッとして響子さんを見た。
彼女の言葉が、まるで刃のように私の心に突き刺さる。
──他人任せで自分の見たいものしか見ない……だからそうやって真実を見失う……
再び響子さんの言葉が頭を過る。
私は、啓の言葉を本当の意味で受け止めていなかった。
私は知らなかったわけじゃない。ただ、傷ついた自分を正当化するために、啓も同じように苦しめばいいと無意識に思っていた。そして、その醜い感情に気づきたくなくて、都合の悪い真実から目を逸らしていた。
「……」
奥歯を噛みしめる。
周囲の期待に応え、才女として振る舞い、しっかり者の仮面をかぶって生きてきた。でも、それは本当の私だったのだろうか?
自分に嘘をつきながら生きてきたことに、今はどうしようもなく腹が立つ。
もう一度、今度こそ、自分の目で何が正しくて、何が真実なのかを確かめなければならない。
「目的地に着きましたよ」
タクシーの運転手さんの声に、私は顔を上げた。
ドアが開いて外に出ると、玄関の灯りの下に見慣れた人影が立っていた。
「お帰り、雅ちゃん。あまりに遅いから心配しちゃったよ」
甘く穏やかな声。知的な眼差し。整った顔立ち。
従兄である、天音 瑞樹さんが、優しく微笑んでいた。
彼は現在、名門大学の医学部に通う22歳の医学生。
知的で落ち着いた雰囲気を持っている。
「瑞樹兄さん、いらしてたんですね」
「うん、圭吾おじさんにちょっと用事があってね、それにしても雅ちゃん、ちょっと見ないうちにまた綺麗になったね」
「ふふ、瑞樹兄さんも、口が上手になりましたね」
私は微笑んでそう返した。
「お世辞じゃなく、本当だよ……?」
瑞樹兄さんの視線が、どこか穏やかで、優しげに私を見つめているように感じた。
そんな彼の態度に少しだけ戸惑いながらも、私はタクシーの窓をノックして響子さんに声をかける。
「今日は本当にありがとうございました」
すると響子さんがちらりと瑞樹兄さんを見て、訝しげに眉を上げた。
「あのイケメン?」
「ああ、父のお兄さんの息子さんで、従兄の瑞樹さんです」
「ふうん……」
響子さんは少し考えるように頷き、それ以上は何も言わなかった。
「じゃあ、私は帰るよ」
「はい、お気をつけて」
私は再びお礼を言い、響子さんの乗ったタクシーが夜の街へと走り去っていくのを見送った。
すると、背後から瑞樹兄さんがそっと肩に手を置く。
「風邪引いちゃうよ、早く家に入ろう。圭吾おじさん達も待ってるよ」
「……はい」
瑞樹兄さんの手の温もりが伝わり、心に落ち着きをもたらす。
彼の視線には、何か言葉にしない感情が滲んでいるように見えたが、今の私にはそれを考える余裕はない。
澄んだ冬の夜風が頬をかすめる。星々が静かに輝き、世界は凛とした空気に包まれている。
私は小さく息を吐き、瑞樹兄さんに微笑んだ。
「行きましょう」
「ああ……」
彼の声は落ち着いていて、どこか穏やかだった。
玄関の扉を開けると、柔らかな灯りが私たちを迎えた。
まだ心の霧は晴れない。でも、それでも私は、今の歩みを止めない。
これ以上後悔したくないためにも。
自分の意志で、確かめるべき答えを見つけるために——。
車の振動が微かに伝わる中、私は虚ろな目で俯いていた。外の街灯の光が窓に映り、ぼんやりとした輪郭を車内に落とす。千生の座席では、響子さんが腕を組んでじっと私を見ていた。
「……そんなに落ち込むな」
落ち着きと包容力を感じさせながらも、どこか鋭さを秘めた響子さんの声に、私はハッとして顔を上げた。
「あ……すみません。それと、家まで付き添ってくれてありがとうございます」
私は頭を下げた。響子さんは軽く笑って肩をすくめた。
「気にするな。啓のためでもあるからな」
「啓……」
その名前を聞いた途端、私はまた視線を落としてしまう。
かつては大切な存在だった。その啓に、伍代先輩にキスされそうになっている場面を見られた。私はその瞬間、動くこともできず、ただ凍りついていた。拒絶したかったのに、声も出せず、手も動かせなかった。ただ、強張ったまま伍代先輩の顔が近づいてくるのを見ていた。
その時、啓の視線が私に突き刺さった。その瞬間、胸が強く締めつけられ、体の奥から熱いものが込み上げた。後悔?羞恥?それとも、啓にこんな姿を見られたことへの動揺?
心臓が痛いほど高鳴り、喉が詰まるような感覚に襲われた。混乱の中、どうすればいいのか分からず、ただ無防備に……。
それなのに、その伍代先輩が私を欺いていたと告げられた。信じていたのに?それとも、私はただ都合よく信じたふりをしていただけなのか?
啓の言葉が真実なのか、それともただの誤解なのか、それを知るためには、直接伍代先輩に問いただすしかない。
でも、もしそれが本当だったら?そんな不安が胸の奥で重く沈んでいた。
──真実。
その言葉が脳裏をかすめた。
先ほど、公園で響子さんに言われた言葉。
『他人任せで自分の見たいものしか見ない……だからそうやって真実を見失う……』
私は何も見えていなかったのだろうか。自分の都合のいいように解釈し、信じたくないことから目を逸らしていただけなのだろうか。
「私は、何も見えていなかったんでしょうか……?」
思わず口にした私の言葉に、響子さんは「さあね」と淡々と返す。
「少なくとも、私は啓のことを誰よりも理解してるし、知っているつもりだ」
そして、間を置いてこう続けた。
「例えば啓は、実は私がいないところで私の下着を拝借している」
「なっ!?」
私は驚いて顔を上げた。
「それに風呂場で視線を感じると思っていたら、啓がこっそり覗いていたりとか……他には――」
「まだあるんですか!?」
「ははは、冗談だよ」
響子さんは楽しそうに笑った。
「もう……驚かせないでください」
私は疲れたようにため息をつく。
「真実なんてそんなもんだ」
ふと、響子さんの表情が引き締まり、真剣な色を帯びた。
「え?」
「私の嘘に一瞬信じそうになっただろ?でも私がそれを否定したら安堵した、違うか?」
私は再びハッとして響子さんを見た。
彼女の言葉が、まるで刃のように私の心に突き刺さる。
──他人任せで自分の見たいものしか見ない……だからそうやって真実を見失う……
再び響子さんの言葉が頭を過る。
私は、啓の言葉を本当の意味で受け止めていなかった。
私は知らなかったわけじゃない。ただ、傷ついた自分を正当化するために、啓も同じように苦しめばいいと無意識に思っていた。そして、その醜い感情に気づきたくなくて、都合の悪い真実から目を逸らしていた。
「……」
奥歯を噛みしめる。
周囲の期待に応え、才女として振る舞い、しっかり者の仮面をかぶって生きてきた。でも、それは本当の私だったのだろうか?
自分に嘘をつきながら生きてきたことに、今はどうしようもなく腹が立つ。
もう一度、今度こそ、自分の目で何が正しくて、何が真実なのかを確かめなければならない。
「目的地に着きましたよ」
タクシーの運転手さんの声に、私は顔を上げた。
ドアが開いて外に出ると、玄関の灯りの下に見慣れた人影が立っていた。
「お帰り、雅ちゃん。あまりに遅いから心配しちゃったよ」
甘く穏やかな声。知的な眼差し。整った顔立ち。
従兄である、天音 瑞樹さんが、優しく微笑んでいた。
彼は現在、名門大学の医学部に通う22歳の医学生。
知的で落ち着いた雰囲気を持っている。
「瑞樹兄さん、いらしてたんですね」
「うん、圭吾おじさんにちょっと用事があってね、それにしても雅ちゃん、ちょっと見ないうちにまた綺麗になったね」
「ふふ、瑞樹兄さんも、口が上手になりましたね」
私は微笑んでそう返した。
「お世辞じゃなく、本当だよ……?」
瑞樹兄さんの視線が、どこか穏やかで、優しげに私を見つめているように感じた。
そんな彼の態度に少しだけ戸惑いながらも、私はタクシーの窓をノックして響子さんに声をかける。
「今日は本当にありがとうございました」
すると響子さんがちらりと瑞樹兄さんを見て、訝しげに眉を上げた。
「あのイケメン?」
「ああ、父のお兄さんの息子さんで、従兄の瑞樹さんです」
「ふうん……」
響子さんは少し考えるように頷き、それ以上は何も言わなかった。
「じゃあ、私は帰るよ」
「はい、お気をつけて」
私は再びお礼を言い、響子さんの乗ったタクシーが夜の街へと走り去っていくのを見送った。
すると、背後から瑞樹兄さんがそっと肩に手を置く。
「風邪引いちゃうよ、早く家に入ろう。圭吾おじさん達も待ってるよ」
「……はい」
瑞樹兄さんの手の温もりが伝わり、心に落ち着きをもたらす。
彼の視線には、何か言葉にしない感情が滲んでいるように見えたが、今の私にはそれを考える余裕はない。
澄んだ冬の夜風が頬をかすめる。星々が静かに輝き、世界は凛とした空気に包まれている。
私は小さく息を吐き、瑞樹兄さんに微笑んだ。
「行きましょう」
「ああ……」
彼の声は落ち着いていて、どこか穏やかだった。
玄関の扉を開けると、柔らかな灯りが私たちを迎えた。
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