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第35話 真実への一歩
バスケ部の部室を出ると、私は鷹松先輩と並んで渡り廊下を歩いた。
先ほどの出来事で昂ぶっていた気持ちも、外の冷たい空気に触れて少しずつ落ち着いていく。やがて、廊下の端にあるトイレ前のベンチに腰を下ろした。
「葵ちゃん、大丈夫?」
隣に座った鷹松先輩が、優しく私の顔を覗き込んだ。
その声には優しい気遣いが込められていて、私は申し訳ない気持ちになった。
「はい、すみません。騒ぎに巻き込んでしまって……」
私は小さく頭を下げる。
「気にしなくていいよ。俺は葵ちゃんが無事ならそれで十分だから」
鷹松先輩はいつものように爽やかに微笑む。
その包容力のある態度が、後輩や女子たちに慕われる所以なのだろう。
そんなことを考えていると、先輩が不思議そうに眉を上げた。
「ん? 俺の顔に何かついてる?」
「あっ、い、いえ!」
私は驚いて目を見開き、慌てて視線を逸らした。
そんな私の様子を見て、先輩は微笑んだ。
「それにしても……あいつ、好き勝手しやがって。小夏だけじゃなく、葵ちゃんまで追い詰めようとしてるのか? ふざけたやつだ」
先輩は低く呟くと、苛立ちを隠せない様子で自分の拳をもう片方の手のひらに叩きつけた。その鋭い音が廊下に響き、私はハッとした。
「あいつって……啓のことですか?」
先輩は即座に頷く。
「ああ、もちろんさ。あんな酷いことをする奴なんて、あいつしかいないだろう!」
先輩の言葉に、私は無意識のうちに唇を噛んだ。
「……別に啓は何も悪くありません。私が、ただムキになりすぎただけで……」
「そんなことないよ!」
先輩は私の肩を優しく掴むようにして強く否定した。
「葵ちゃん……いや、葵は何も悪くない。もし、葵を悪く言う奴がいるなら、俺がなんとかしてやる!」
「そんな大げさな……」
私は苦笑したが、先輩の瞳は真剣だった。
「いや、啓なら何をするか分からない。もしもの時は、小夏の時みたいに俺が体を張って守るよ」
その言葉を聞いても、私はどこかスッキリしない気持ちを抱えていた。
そんな私の様子に気付いたのか、先輩が眉を寄せる。
「どうした、葵?」
私は少し俯きながらも、意を決して顔を上げた。
「本当に……本当に啓が小夏に無理やり迫ったんですか?」
強い意志を込めて問いかける。すると、先輩の表情が一瞬固まった。
「な、何言ってるんだ? 小夏本人が言ってるだろう?それに俺も見てたし……だいたい、あの野郎の噂は葵も知ってるだろ?」
啓の噂。私もそれは知っていた。
高校に入ってからの啓は、クラスの輪から外れ、一人でいることを好んでいた。
誰かが近づくと、さりげなく距離を取る。その態度が彼を、何を考えているのか分からない存在にし、次第に良くない噂が広まっていった。
でも、私は思う。
本当に啓がそんなことをする人なのか?
私は、今までずっと目を背けていたのかもしれない。
啓に対する不満や苛立ち。それを正当化する理由はいくらでもあった。でも、それは本当に正しかったのか?
──夏祭りの夜。迷子になった私を、兎の仮面を被った啓が助けてくれた。
──あの夜、両親とはぐれて心細かった私の手を、しっかり握ってくれた小さな手。
──部室で私の言葉を強く否定した時の、あの曇りのない瞳。
あれが、本当の啓なのではないか。
テレビであの仮面を見て以来、あの日の記憶と啓の面影を思い出した今なら、ハッキリとそう感じられる。
私はただ、自分の苛立ちを啓にぶつけることで、理不尽な感情を正当化しようとしていただけで、彼を苦しめることで、自分の怒りを発散しようとしていた。
なぜ……あの幼い頃に見せてくれた啓の優しい眼差しを、私は忘れてしまっていたのか……。
自分がもう盲目になっていたことに気づき、強い後悔が胸を締め付ける。
私は強く奥歯を噛み締めた。
先輩の視線が泳ぐ。その態度が、私の決意をより固くする。
私は立ち上がり、真っ直ぐ先輩を見つめた。
「鷹松先輩、やっぱり私は啓があんなことをしたって話、信じられません!」
迷いのない目で、私ははっきりとそう言った。
「な、何言ってるんだ! 小夏と俺は確かにこの目で──」
「だとしても、何か理由があったかもしれません。それに……今更だけど、本当に今更だけど!啓に直接確かめなければ何も始まらない気がするんです」
「葵だって、小夏を苦しめた啓を憎んでいたじゃないか!」
「はい……でもそれは、啓を憎んでいた振りをして、ただ、やり場のない怒りをぶつけていただけなんです」
私は、もう間違えたくない。
もう、理不尽な感情に振り回されたくない。
それに気づいた私は、深く息を吸い、鷹松先輩をまっすぐに見据えた。
「すみません、鷹松先輩。やっぱり、今は先輩とは付き合えません」
言い終えると、私は深く頭を下げ、その場を後にした。
「葵!」
鷹松先輩の声が後ろから響いたが、もう振り返ることはなかった。
胸の奥に残る後悔と決意。今はそのどちらも抱えたまま、私は前へと進む決意をした。
先ほどの出来事で昂ぶっていた気持ちも、外の冷たい空気に触れて少しずつ落ち着いていく。やがて、廊下の端にあるトイレ前のベンチに腰を下ろした。
「葵ちゃん、大丈夫?」
隣に座った鷹松先輩が、優しく私の顔を覗き込んだ。
その声には優しい気遣いが込められていて、私は申し訳ない気持ちになった。
「はい、すみません。騒ぎに巻き込んでしまって……」
私は小さく頭を下げる。
「気にしなくていいよ。俺は葵ちゃんが無事ならそれで十分だから」
鷹松先輩はいつものように爽やかに微笑む。
その包容力のある態度が、後輩や女子たちに慕われる所以なのだろう。
そんなことを考えていると、先輩が不思議そうに眉を上げた。
「ん? 俺の顔に何かついてる?」
「あっ、い、いえ!」
私は驚いて目を見開き、慌てて視線を逸らした。
そんな私の様子を見て、先輩は微笑んだ。
「それにしても……あいつ、好き勝手しやがって。小夏だけじゃなく、葵ちゃんまで追い詰めようとしてるのか? ふざけたやつだ」
先輩は低く呟くと、苛立ちを隠せない様子で自分の拳をもう片方の手のひらに叩きつけた。その鋭い音が廊下に響き、私はハッとした。
「あいつって……啓のことですか?」
先輩は即座に頷く。
「ああ、もちろんさ。あんな酷いことをする奴なんて、あいつしかいないだろう!」
先輩の言葉に、私は無意識のうちに唇を噛んだ。
「……別に啓は何も悪くありません。私が、ただムキになりすぎただけで……」
「そんなことないよ!」
先輩は私の肩を優しく掴むようにして強く否定した。
「葵ちゃん……いや、葵は何も悪くない。もし、葵を悪く言う奴がいるなら、俺がなんとかしてやる!」
「そんな大げさな……」
私は苦笑したが、先輩の瞳は真剣だった。
「いや、啓なら何をするか分からない。もしもの時は、小夏の時みたいに俺が体を張って守るよ」
その言葉を聞いても、私はどこかスッキリしない気持ちを抱えていた。
そんな私の様子に気付いたのか、先輩が眉を寄せる。
「どうした、葵?」
私は少し俯きながらも、意を決して顔を上げた。
「本当に……本当に啓が小夏に無理やり迫ったんですか?」
強い意志を込めて問いかける。すると、先輩の表情が一瞬固まった。
「な、何言ってるんだ? 小夏本人が言ってるだろう?それに俺も見てたし……だいたい、あの野郎の噂は葵も知ってるだろ?」
啓の噂。私もそれは知っていた。
高校に入ってからの啓は、クラスの輪から外れ、一人でいることを好んでいた。
誰かが近づくと、さりげなく距離を取る。その態度が彼を、何を考えているのか分からない存在にし、次第に良くない噂が広まっていった。
でも、私は思う。
本当に啓がそんなことをする人なのか?
私は、今までずっと目を背けていたのかもしれない。
啓に対する不満や苛立ち。それを正当化する理由はいくらでもあった。でも、それは本当に正しかったのか?
──夏祭りの夜。迷子になった私を、兎の仮面を被った啓が助けてくれた。
──あの夜、両親とはぐれて心細かった私の手を、しっかり握ってくれた小さな手。
──部室で私の言葉を強く否定した時の、あの曇りのない瞳。
あれが、本当の啓なのではないか。
テレビであの仮面を見て以来、あの日の記憶と啓の面影を思い出した今なら、ハッキリとそう感じられる。
私はただ、自分の苛立ちを啓にぶつけることで、理不尽な感情を正当化しようとしていただけで、彼を苦しめることで、自分の怒りを発散しようとしていた。
なぜ……あの幼い頃に見せてくれた啓の優しい眼差しを、私は忘れてしまっていたのか……。
自分がもう盲目になっていたことに気づき、強い後悔が胸を締め付ける。
私は強く奥歯を噛み締めた。
先輩の視線が泳ぐ。その態度が、私の決意をより固くする。
私は立ち上がり、真っ直ぐ先輩を見つめた。
「鷹松先輩、やっぱり私は啓があんなことをしたって話、信じられません!」
迷いのない目で、私ははっきりとそう言った。
「な、何言ってるんだ! 小夏と俺は確かにこの目で──」
「だとしても、何か理由があったかもしれません。それに……今更だけど、本当に今更だけど!啓に直接確かめなければ何も始まらない気がするんです」
「葵だって、小夏を苦しめた啓を憎んでいたじゃないか!」
「はい……でもそれは、啓を憎んでいた振りをして、ただ、やり場のない怒りをぶつけていただけなんです」
私は、もう間違えたくない。
もう、理不尽な感情に振り回されたくない。
それに気づいた私は、深く息を吸い、鷹松先輩をまっすぐに見据えた。
「すみません、鷹松先輩。やっぱり、今は先輩とは付き合えません」
言い終えると、私は深く頭を下げ、その場を後にした。
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