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第39話 背負い続けた孤独と、差し伸べられた手
家族全員で囲んだ晩御飯の食卓は、笑い声が絶えなかった。
母さんの作る料理は相変わらず絶品で、父さんはお酒を片手に上機嫌。
響姉はそんな父さんを軽くあしらいながらも、楽しそうに会話を交わしていた。
そして、僕の隣には真凛と神楽。
二人とも、母さんの料理を「美味しい!」と大絶賛しながら食べていて、母さんも嬉しそうに頬を緩めていた。
「啓君、毎日こんな美味しいご飯食べてるの? ずるいなぁ」
神楽がそんなことを言いながら、器用に箸を使って煮魚を口に運ぶ。
「母さんが毎日ご飯を作ってくれるんだ。でも今日は真凛と神楽も手伝ってくれたから、ちょっと特別な感じがするよ」」
「本当に?、じゃあ今度、神楽ちゃんが啓君に手料理作ってあげよっか?」
僕が返事をする前に、真凛が小声でぼそりとつぶやいた。
「……あんまり期待しないほうがいいですよ」
真凛が小声でぼそりとつぶやく。
「ちょっと、聞こえたんだけど! ひどくない!?」
「だって、神楽、前に“卵焼き”作るって言って、スクランブルエッグもどきになってたでしょ」
「うっ、それは……でも、ちゃんと味は美味しかったもん!」
そんな掛け合いに、響姉が「ふふっ」と笑う。
「啓は幸せ者だな。こんな可愛い二人にご飯まで作ってもらえて。でも、こいつは私の大事な大事な弟だ、そう簡単に落とせると思うなよ」
「な、なんでそうなるんだよ……!」
僕が慌てて否定すると、父さんが「まあまあ」と朗らかに笑い、母さんも優しく微笑んでいた。
そんな賑やかな食卓も、やがて食べ終わる頃には落ち着きを見せ、食後のお茶を飲みながら談笑が続いた。
母さんが食器を片付け始めると、真凛と神楽も立ち上がり、一緒に皿を運ぶのを手伝っていた。
僕も手を貸そうとすると、神楽が軽く手を振った。
「啓君は座ってていいよ。せっかくだから、今日は私たちが最後までやるからさ」
「いや、さすがにそれは……」
「遠慮しなくていいですよ。私たちに任せて、ゆっくりしてください」
真凛がクスリと笑いながら、台所へと向かう。その後ろ姿を眺めながら、僕は少し気まずそうに席についた。
そうして後片付けが終わると、団らんの雰囲気も一段落し、ゆっくりとした時間が流れ始めた。
「じゃあ、そろそろ啓君の部屋行こっか」
食後の団らんが落ち着くと、神楽がそんなことを言い出した。
「ちょっ……部屋って、もう見たよね?」
「だって、今日泊まるんでしょ? どうせ夜更かしするんだから、先に場所を確保しないとね」
「えっ、泊まるって……」
「えっ、泊まるの?」
父さんと母さんが同時に反応する。僕は慌てて「違う!」と否定した。
「ふふ、冗談ですよ。映画のことで確認したいことがあるので、啓君の部屋でシナリオについてちょっと話そうと思っています」
「私も啓君の意見とか聞きたいし」
真凛と神楽がさも当然のように言うものだから、両親も「なるほど」と納得してしまった。
「じゃあ、いいじゃない。啓の部屋で仲良くお話ししてきなさい」
「母さん!? 」
止めてほしかったのに、まさかの公認とは……。
「……ん、お前らどこに行く気だあ……ふわぁ」
響姉はそう言いながら、大きく伸びをしたかと思うと、そのままソファにどかっと座り込んだ。
「お父さん、飲ませすぎですよ」
母さんがクスリと笑いながら、響姉の肩を軽く揺するが、すでに反応がない。
「まったく……こうなると起きないんだよな」
響姉なら確実に止めに入るはずなのに、今日は静かに寝息を立てている。
こうなったら素直に諦めるしかない
「よし、じゃあ行こう!」
神楽は満面の笑みで立ち上がり、真凛も「お邪魔します」と微笑んだ。
……逃げられない。
結局、僕は二人を連れて自分の部屋へ向かった。
二人と並んで階段を上がる。夜の静まり返った廊下を抜け、部屋のドアを開けると、いつもの自分の空間が目に入った。
ベッドや机、本棚の配置は変わらないが、今は違った緊張感が漂っていた。
中に入るや否や、神楽がベッドに飛び込んだ。
「ふわぁ~、啓の部屋、落ち着く~」
「ちょっ、神楽、勝手に……!」
「えー、いいじゃん。ベッド、ふかふか~」
そう言いながら、ゴロゴロとベッドの上で転がる神楽。その拍子に、スカートの裾がふわりとめくれ上がった。
「わっ!ちょ、神楽!」
僕が思わず視線を逸らすと、真凛が慌てて神楽の足元に駆け寄る。
「ちょっと、動かないで!」
真凛が必死にスカートを押さえようとするが、その勢いで自分のバランスを崩し、前のめりになってしまう。
「あっ……!」
真凛が倒れ込む瞬間、僕は反射的に手を伸ばす。しかし、彼女のスカートも同じようにふわりと舞い上がった。
瞬間、空気が凍りついた。
「……」
神楽がベッドの上で大爆笑しながら、僕と真凛を見下ろしていた。
「な、何も見てないですよね!?」
真凛が真っ赤な顔で僕を睨みつける。
「いや、僕は何も……」
「……ホントに?」
疑いの眼差しを向けられ、僕はただ必死に首を振るしかなかった。
「もう……」
真凛はため息をつきながらスカートを整え、椅子に腰掛ける。
「啓、意外と整理整頓してるんだね。もっと本が散らかってるかと思った」
先ほどの気まずさを吹き飛ばすように、何事もなかったかのように話題を変える。
「そりゃまあ、仕事場みたいなもんだから、ある程度はね……」
「ふーん」
真凛は本棚を眺めながら、少し嬉しそうな表情を浮かべる。
「じゃ、ここでゆっくりお話ししよっか」
神楽が僕の枕を抱きしめながら、いたずらっぽく微笑んだ。
「話?」
神楽が枕を抱きしめたまま僕を見つめる。
真凛も静かにこちらに視線を向けた。その瞳は、普段の柔らかさを残しつつも、何かを探るような色を帯びている。
「啓君と雅さん、葵さんのこと……私たちもずっと気になっていました」
真凛の言葉に神楽も頷く。
「二人とも、啓に対して明らかに他の人とは違う態度だしね。あの雰囲気、どう考えても何かあったでしょ?」
心臓が締めつけられるような感覚に襲われる。
もう誤魔化すことはできないと悟った僕は、静かに息を吸い、全てを打ち明ける覚悟を決めた。
「……そうだね。話すよ」
僕は幼い頃に交わした約束、雅と葵のために書いた小説のこと、そしてそれが二人にどうしても伝わらず、誤解されてしまったことを、言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。
話しているうちに、胸の奥にしまい込んでいた感情が少しずつ溢れてくる。
どれほど努力しても、どれほど必死になっても、その想いは届かなかった。
雅と葵に拒絶されたときのことを思い出すたび、胸が締めつけられるような感覚が蘇る。
僕はただ二人のために書き続けていた。
幼い頃の約束を果たすために、彼女たちが願った物語を紡ぐために、ひたすらペンを握り、すべてを継ぎ込んだ。でも、それが伝わらないどころか、雅と葵の間に誤解を生み、距離を作ってしまったことが何よりも悔しかった。
言葉を紡ぐごとに、僕の声はわずかに震え、指先がかすかにこわばっていく。
まるで、その感情まで見透かされてしまいそうで、目を伏せた。
「それでも……僕は、あの約束を守りたかったんだ」
やがて話し終えたとき、部屋には静寂が満ちていた。
話しながら、胸の奥に沈めていた痛みが徐々に押し寄せる。
どんなに努力しても、どんなに雅と葵のために頑張っても、その想いは伝わらなかった。
言葉にするたびに、今までの辛さが蘇ってきて、声が震えた。
沈黙が流れた後、ふいに温かいものが僕の身体を包み込んだ。
「啓君……今まで、一人で……」
真凛の小さな嗚咽混じりの声が聞こえた。
彼女の肩が震え、涙がぽろぽろと落ちていく。
「なんで……なんでこんなに苦しいこと、一人で背負ってきたの……」
神楽の声も震えていた。
「バカ……ほんとバカ……。何でもっと早く言わなかったのよ……私たちに愚痴ればいいじゃん!もう!本当に……」
真凛も神楽も、涙を拭おうとするけれど、それは止まることなく流れ続ける。
「大丈夫だよ……もう、一人じゃないからね」
真凛がぎゅっと僕を抱きしめる。
神楽もその腕を伸ばし、僕を包み込むように抱き寄せる。
「これまでよく頑張ったね、啓……」
神楽の手がそっと僕の背中を撫でる。
優しく、慈しむような手のぬくもりが伝わってくる。
その優しさに、今まで張り詰めていた心がほどけそうになった。
もし泣いてしまったら、ずっと自分を支えてきた強がりも、耐え続けた孤独も、一気に溢れ出してしまいそうだった。だから、今は涙をこらえることで、僕はかろうじて自分を保とうとした。
「じ、実は、さっき雅と葵から話したいって連絡が来たんだ……」
二人は涙を拭きながら顔を上げた。
「啓君、どうするの?どうしたい?」
「……正直、もう関わりたくないと思ってた。でも、やっぱりちゃんと話さなきゃいけないと思う」
言葉を絞り出すように、心の奥にある想いを口にする。
「本当は……怖い。でも、このままだと、ずっとこの傷を抱えて生きていくことになる」
真凛と神楽は微笑みながら、しっかりと頷いた。
「うん、ちゃんと話したほうがいいです。後悔しないように」
「啓、頑張れ。私たちはずっと味方だから」
二人の言葉が、僕の胸にじんわりと染み込んでいく。
今までずっと独りで耐えてきた苦しみ、報われることのなかった努力、全てを飲み込んで、それでも歩き続けてきた。だけど、今、こんなにも温かく、こんなにも真剣に僕のことを思ってくれる人たちがいる。
この優しさに触れたことで、今まで張り詰めていた心が少しずつ解けていくのを感じた。
「……ありがとう」
その言葉が自然とこぼれた。
真凛と神楽は静かに微笑みながら、僕の肩を優しく叩いた。
「大丈夫、啓君ならきっと乗り越えられるよ」
「うん、これからは私たちがずっと側にいるから」
その言葉が、僕の心の奥深くに灯る小さな炎を強くする。
背中を押され、僕は静かに、けれど確かに、前に進む決意を固めた。
母さんの作る料理は相変わらず絶品で、父さんはお酒を片手に上機嫌。
響姉はそんな父さんを軽くあしらいながらも、楽しそうに会話を交わしていた。
そして、僕の隣には真凛と神楽。
二人とも、母さんの料理を「美味しい!」と大絶賛しながら食べていて、母さんも嬉しそうに頬を緩めていた。
「啓君、毎日こんな美味しいご飯食べてるの? ずるいなぁ」
神楽がそんなことを言いながら、器用に箸を使って煮魚を口に運ぶ。
「母さんが毎日ご飯を作ってくれるんだ。でも今日は真凛と神楽も手伝ってくれたから、ちょっと特別な感じがするよ」」
「本当に?、じゃあ今度、神楽ちゃんが啓君に手料理作ってあげよっか?」
僕が返事をする前に、真凛が小声でぼそりとつぶやいた。
「……あんまり期待しないほうがいいですよ」
真凛が小声でぼそりとつぶやく。
「ちょっと、聞こえたんだけど! ひどくない!?」
「だって、神楽、前に“卵焼き”作るって言って、スクランブルエッグもどきになってたでしょ」
「うっ、それは……でも、ちゃんと味は美味しかったもん!」
そんな掛け合いに、響姉が「ふふっ」と笑う。
「啓は幸せ者だな。こんな可愛い二人にご飯まで作ってもらえて。でも、こいつは私の大事な大事な弟だ、そう簡単に落とせると思うなよ」
「な、なんでそうなるんだよ……!」
僕が慌てて否定すると、父さんが「まあまあ」と朗らかに笑い、母さんも優しく微笑んでいた。
そんな賑やかな食卓も、やがて食べ終わる頃には落ち着きを見せ、食後のお茶を飲みながら談笑が続いた。
母さんが食器を片付け始めると、真凛と神楽も立ち上がり、一緒に皿を運ぶのを手伝っていた。
僕も手を貸そうとすると、神楽が軽く手を振った。
「啓君は座ってていいよ。せっかくだから、今日は私たちが最後までやるからさ」
「いや、さすがにそれは……」
「遠慮しなくていいですよ。私たちに任せて、ゆっくりしてください」
真凛がクスリと笑いながら、台所へと向かう。その後ろ姿を眺めながら、僕は少し気まずそうに席についた。
そうして後片付けが終わると、団らんの雰囲気も一段落し、ゆっくりとした時間が流れ始めた。
「じゃあ、そろそろ啓君の部屋行こっか」
食後の団らんが落ち着くと、神楽がそんなことを言い出した。
「ちょっ……部屋って、もう見たよね?」
「だって、今日泊まるんでしょ? どうせ夜更かしするんだから、先に場所を確保しないとね」
「えっ、泊まるって……」
「えっ、泊まるの?」
父さんと母さんが同時に反応する。僕は慌てて「違う!」と否定した。
「ふふ、冗談ですよ。映画のことで確認したいことがあるので、啓君の部屋でシナリオについてちょっと話そうと思っています」
「私も啓君の意見とか聞きたいし」
真凛と神楽がさも当然のように言うものだから、両親も「なるほど」と納得してしまった。
「じゃあ、いいじゃない。啓の部屋で仲良くお話ししてきなさい」
「母さん!? 」
止めてほしかったのに、まさかの公認とは……。
「……ん、お前らどこに行く気だあ……ふわぁ」
響姉はそう言いながら、大きく伸びをしたかと思うと、そのままソファにどかっと座り込んだ。
「お父さん、飲ませすぎですよ」
母さんがクスリと笑いながら、響姉の肩を軽く揺するが、すでに反応がない。
「まったく……こうなると起きないんだよな」
響姉なら確実に止めに入るはずなのに、今日は静かに寝息を立てている。
こうなったら素直に諦めるしかない
「よし、じゃあ行こう!」
神楽は満面の笑みで立ち上がり、真凛も「お邪魔します」と微笑んだ。
……逃げられない。
結局、僕は二人を連れて自分の部屋へ向かった。
二人と並んで階段を上がる。夜の静まり返った廊下を抜け、部屋のドアを開けると、いつもの自分の空間が目に入った。
ベッドや机、本棚の配置は変わらないが、今は違った緊張感が漂っていた。
中に入るや否や、神楽がベッドに飛び込んだ。
「ふわぁ~、啓の部屋、落ち着く~」
「ちょっ、神楽、勝手に……!」
「えー、いいじゃん。ベッド、ふかふか~」
そう言いながら、ゴロゴロとベッドの上で転がる神楽。その拍子に、スカートの裾がふわりとめくれ上がった。
「わっ!ちょ、神楽!」
僕が思わず視線を逸らすと、真凛が慌てて神楽の足元に駆け寄る。
「ちょっと、動かないで!」
真凛が必死にスカートを押さえようとするが、その勢いで自分のバランスを崩し、前のめりになってしまう。
「あっ……!」
真凛が倒れ込む瞬間、僕は反射的に手を伸ばす。しかし、彼女のスカートも同じようにふわりと舞い上がった。
瞬間、空気が凍りついた。
「……」
神楽がベッドの上で大爆笑しながら、僕と真凛を見下ろしていた。
「な、何も見てないですよね!?」
真凛が真っ赤な顔で僕を睨みつける。
「いや、僕は何も……」
「……ホントに?」
疑いの眼差しを向けられ、僕はただ必死に首を振るしかなかった。
「もう……」
真凛はため息をつきながらスカートを整え、椅子に腰掛ける。
「啓、意外と整理整頓してるんだね。もっと本が散らかってるかと思った」
先ほどの気まずさを吹き飛ばすように、何事もなかったかのように話題を変える。
「そりゃまあ、仕事場みたいなもんだから、ある程度はね……」
「ふーん」
真凛は本棚を眺めながら、少し嬉しそうな表情を浮かべる。
「じゃ、ここでゆっくりお話ししよっか」
神楽が僕の枕を抱きしめながら、いたずらっぽく微笑んだ。
「話?」
神楽が枕を抱きしめたまま僕を見つめる。
真凛も静かにこちらに視線を向けた。その瞳は、普段の柔らかさを残しつつも、何かを探るような色を帯びている。
「啓君と雅さん、葵さんのこと……私たちもずっと気になっていました」
真凛の言葉に神楽も頷く。
「二人とも、啓に対して明らかに他の人とは違う態度だしね。あの雰囲気、どう考えても何かあったでしょ?」
心臓が締めつけられるような感覚に襲われる。
もう誤魔化すことはできないと悟った僕は、静かに息を吸い、全てを打ち明ける覚悟を決めた。
「……そうだね。話すよ」
僕は幼い頃に交わした約束、雅と葵のために書いた小説のこと、そしてそれが二人にどうしても伝わらず、誤解されてしまったことを、言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。
話しているうちに、胸の奥にしまい込んでいた感情が少しずつ溢れてくる。
どれほど努力しても、どれほど必死になっても、その想いは届かなかった。
雅と葵に拒絶されたときのことを思い出すたび、胸が締めつけられるような感覚が蘇る。
僕はただ二人のために書き続けていた。
幼い頃の約束を果たすために、彼女たちが願った物語を紡ぐために、ひたすらペンを握り、すべてを継ぎ込んだ。でも、それが伝わらないどころか、雅と葵の間に誤解を生み、距離を作ってしまったことが何よりも悔しかった。
言葉を紡ぐごとに、僕の声はわずかに震え、指先がかすかにこわばっていく。
まるで、その感情まで見透かされてしまいそうで、目を伏せた。
「それでも……僕は、あの約束を守りたかったんだ」
やがて話し終えたとき、部屋には静寂が満ちていた。
話しながら、胸の奥に沈めていた痛みが徐々に押し寄せる。
どんなに努力しても、どんなに雅と葵のために頑張っても、その想いは伝わらなかった。
言葉にするたびに、今までの辛さが蘇ってきて、声が震えた。
沈黙が流れた後、ふいに温かいものが僕の身体を包み込んだ。
「啓君……今まで、一人で……」
真凛の小さな嗚咽混じりの声が聞こえた。
彼女の肩が震え、涙がぽろぽろと落ちていく。
「なんで……なんでこんなに苦しいこと、一人で背負ってきたの……」
神楽の声も震えていた。
「バカ……ほんとバカ……。何でもっと早く言わなかったのよ……私たちに愚痴ればいいじゃん!もう!本当に……」
真凛も神楽も、涙を拭おうとするけれど、それは止まることなく流れ続ける。
「大丈夫だよ……もう、一人じゃないからね」
真凛がぎゅっと僕を抱きしめる。
神楽もその腕を伸ばし、僕を包み込むように抱き寄せる。
「これまでよく頑張ったね、啓……」
神楽の手がそっと僕の背中を撫でる。
優しく、慈しむような手のぬくもりが伝わってくる。
その優しさに、今まで張り詰めていた心がほどけそうになった。
もし泣いてしまったら、ずっと自分を支えてきた強がりも、耐え続けた孤独も、一気に溢れ出してしまいそうだった。だから、今は涙をこらえることで、僕はかろうじて自分を保とうとした。
「じ、実は、さっき雅と葵から話したいって連絡が来たんだ……」
二人は涙を拭きながら顔を上げた。
「啓君、どうするの?どうしたい?」
「……正直、もう関わりたくないと思ってた。でも、やっぱりちゃんと話さなきゃいけないと思う」
言葉を絞り出すように、心の奥にある想いを口にする。
「本当は……怖い。でも、このままだと、ずっとこの傷を抱えて生きていくことになる」
真凛と神楽は微笑みながら、しっかりと頷いた。
「うん、ちゃんと話したほうがいいです。後悔しないように」
「啓、頑張れ。私たちはずっと味方だから」
二人の言葉が、僕の胸にじんわりと染み込んでいく。
今までずっと独りで耐えてきた苦しみ、報われることのなかった努力、全てを飲み込んで、それでも歩き続けてきた。だけど、今、こんなにも温かく、こんなにも真剣に僕のことを思ってくれる人たちがいる。
この優しさに触れたことで、今まで張り詰めていた心が少しずつ解けていくのを感じた。
「……ありがとう」
その言葉が自然とこぼれた。
真凛と神楽は静かに微笑みながら、僕の肩を優しく叩いた。
「大丈夫、啓君ならきっと乗り越えられるよ」
「うん、これからは私たちがずっと側にいるから」
その言葉が、僕の心の奥深くに灯る小さな炎を強くする。
背中を押され、僕は静かに、けれど確かに、前に進む決意を固めた。
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