大切な人達を全て奪われたけど、夢が叶ったので過去は振り返らず前に進もうと思います

アイスノ人

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第44話 揺れる選択、囚われた運命

 冷たい風が屋上を吹き抜け、私はただ立ち尽くしていた。

伍代先輩の言葉が耳にこびりついて離れない。

さっきまで、私は啓の小説が盗作されたことを知り、その衝撃だけで頭がいっぱいだった。気持ちが整理できないまま、ただ混乱と怒りが入り混じる。

そんな私の動揺を見透かしたように、伍代先輩はゆっくりと歩み寄ってきた。その足取りにはどこか余裕があり、まるで自分がすべてを掌握しているかのような態度だった。

彼は片手をポケットに突っ込みながら、もう片方の手でスマホを取り出す。

「さて――」

彼の指が画面を滑る。

私は嫌な予感がして、思わず息を詰めた。

伍代先輩は不敵に笑いながら、スマホの画面をこちらに向ける。

「これ、見覚えあるよな?」

その瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。

「――えっ!?」

画面には、夜の公園で、私と伍代先輩がキスしかけた瞬間が映っていた。

「な、何これ……!?」

私は信じられない思いで、画面を覗き込んだ。

確かに、あの夜、伍代先輩に迫られた。でも、私は最後の瞬間に身を引いたはずだった。キスなんてしていない。

なのに、この写真では、まるで私たちが唇を重ねているように見える。

隣で葵も顔をこわばらせた。

「そんな……雅、これ、本当に……?」

「違う!私はしてない!」

私は叫んだ。

私がするはずない。

こんなの、何かの間違いよ。

伍代先輩は、私の動揺を楽しむように片眉を上げる。

「へぇ~、そんなに必死に否定するんだ?」

「当然でしょ! こんなの、絶対にありえない!」

必死に否定する私を見て、伍代先輩は、ふっと肩をすくめた。

「……まぁ、別に俺としては真実なんてどうでもいいんだけどさ?」

「……どうでもいい?」

私は愕然とした。

「そう。重要なのは、どう見えるかってことだよ」

伍代先輩はスマホを軽く揺らしながら、不敵に笑う。

「ほら――映画化が発表されて、今や時の人になった相沢啓。その啓が書いた小説、“幼馴染に捧げる物語”。世間ではそれが美談として周知されてるよな?」

「……っ!」

私の胸が、冷たい手で握り潰されたように締め付けられる。

「けど、その肝心のモデルになった幼馴染が――どこの誰とも知らない男に簡単に尻尾を振るような尻軽女だったら……どうだろうな?今度の映画、純愛が売りらしいぜ」

ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。

「なっ……!!」

「くくっ、想像してみろよ」

伍代先輩はあくまでも楽しげに笑う。

「相沢啓の純粋な幼馴染愛が持て囃されてる中、その幼馴染は、裏で男に媚びるビッチだった――そんな話が世間に広まったら、すごく面白いことになると思わねぇ?」

「ふざけないで!!」

私は怒りに震えながら、伍代先輩を睨みつけた。

「おっと、まだ話は終わってねぇよ?」

彼はスマホをもう一度操作し、別の写真を映し出す。

そこに写っていたのは――

啓と私が、一緒に登校している写真。

まるで仲の良い恋人みたいに、自然に並んで歩いている。

私は息を呑んだ。

「……何これ……?」

葵が震える声で言った。

伍代先輩はニヤリと笑う。

「さっき、啓と一緒に学校に来てただろ? 仲良く歩いてたよな?」

「まさか今朝の!」

「その時の写真を、バッチリ撮っといてやったぜ。これで原作者の素性とそのモデルとなった幼馴染の事も説明がつくよな」

「……!」

胃の奥が冷たくなる。

私は、何も言えなかった。

ただ、葵が支えてくれなかったら、その場に崩れ落ちていただろう。

「……その写真を、どうするつもり?」

葵が低く問いかけた。

「ふふ……実はな、俺の知り合いに芸能界と繋がりがあるヤツがいてさ、そいつの伝手で、いいゴシップ記者を紹介してもらえるかもしれないんだよ」

伍代先輩は薄ら笑いを浮かべたまま、続けた。

「そいつにこのネタを渡せば――いい値段になると思わねぇ?」

「やめて……!」

私は拳を強く握り締める。

「自分のことなら、どれだけ貶められたっていい……でも、啓を巻き込むのだけは絶対に許せない!」

私は必死に声を振り絞る。

「……何が望みなの?」

震える声で、私は問いかけた。

伍代先輩はニヤリと笑う。

「実はさ……俺の友人たちがお前の彼女を紹介しろって、もううるさくてしょうがねえんだよ」

「……は?」

「で、まぁ、ちょっと前までなら自信満々に雅ちゃんを紹介できたんだけど……なんでフラれちまったんだろうなぁ、俺? いやぁ、ほんと、すっごいショック。心がズタズタなわけよ」

伍代先輩は大袈裟に胸を押さえて、わざとらしくため息をつく。

「いや、実際さぁ、散々美人の彼女ができたって自慢してたのに、直前で振られたとか、マジで笑えないんだよ。あれ? これって、俺、最高にカッコ悪くね?ってなるじゃん?」

彼は芝居がかった仕草で頭を抱え、苦笑いを浮かべる。しかし、その目は全く笑っていなかった。

「だからさ、今日だけでいいから彼女の振りしてくれよ。な? 雅ちゃん?」

私は喉の奥が詰まるのを感じた。

「……それに付き合えば、その写真は消してくれるの……?」

ようやく絞り出した言葉に、伍代先輩は満足げに頷く。

「もちろん! 俺はプライド守れるし、啓も雅ちゃんも引っ掻き回されることもない。これってお互いWinwinってやつじゃん? それに、雅ちゃんにとっちゃ今日一日だけのことだしさ、紹介したら終わり!頼むから俺の面子守ってくんねえかな?」

そして彼は、ふっと肩をすくめながら腕を広げ、気楽そうな笑みを浮かべた。その目の奥には満足そうな光が宿っている。

私は、崩れ落ちそうな心を必死に保ちながら、小さく言った。

「……少し、考えさせて」

頭の中がぐちゃぐちゃだった。どうすればいいのか、何が正しいのか分からない。

ただ一つ言えるのは、これ以上啓を巻き込むわけにはいかないということ。

葵が心配そうに私を見つめる。その手が、かすかに震えているのが分かった。

「学校が終わるまでには、返事くれよ?」

伍代先輩は、まるで楽しげな舞台の幕引きを演じるように軽く手を振りながら、鷹松先輩と共に屋上を去っていった。

残された私は、冷たい風に吹かれながら、かろうじて立っていた。

足元がふらつき、力が抜けそうになるたびに、隣の葵がしっかりと支えてくれた。

彼女の腕の温もりだけが、今の私を現実につなぎとめているようだった。
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