大切な人達を全て奪われたけど、夢が叶ったので過去は振り返らず前に進もうと思います

アイスノ人

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第46話 救えない優しさ

 午後の授業の終了を告げるチャイムが鳴ると、教室内にほっとした空気が流れた。

「やっと終わった」

「今日の授業長かったな」

そんな声があちこちから聞こえてくる。

生徒たちは一斉に立ち上がり、友達同士で談笑しながら帰り支度を始める。

窓の外には夕方の光が差し込み、机の影を長く伸ばしていた。

私は机の上に広げていたノートを閉じ、筆箱と教科書を鞄にしまった。

何気なく横を向き、隣に座る雅に話しかけようとした。
 けれど——そこに雅の姿はなかった。

 「……雅?」

思わず呼びかけながら、私は周囲を見回した。しかし、教室のどこにも雅の姿は見当たらない。

胸の奥で、嫌な予感がした。   その瞬間、今朝の出来事が脳裏に鮮明に浮かぶ。

 「今日一日だけでいい」

伍代がそう言ったときの雅の硬い表情。

私の目の前で、彼女は何も言い返せずにただ拳を握りしめていた。

 「——っ!」

私は勢いよく立ち上がり、鞄を掴むと一気に教室を飛び出した。

雅がどこにいるのか、確信はない。けれど、おそらくエントランスの方に向かっているのは間違いないはず。

廊下を駆け抜ける。

行き交う生徒とぶつかりそうになり、「危ない!」という声が飛ぶが、気にしていられない。

雅……お願い、間に合って……!

足を止めずに階段を駆け下り、一階へ。

教師の怒声が後ろから聞こえたけれど、そんなものに構っている暇はない。

息を切らせながらエントランスに飛び込むと——そこに、予想通りの光景があった。

伍代と鷹松、そして雅——。

私は反射的に叫ぶ。

 「雅!」

三人が足を止めた。  伍代と鷹松が、ゆっくりと振り返る。そして、私を見るなりニヤリと笑った。

 「おやおや、来ちゃったのか」

伍代が気楽そうに言う。その横で、鷹松が薄く笑いながら私を値踏みするように見ている。

けれど、そんなことよりも——雅。

彼女はうつむいたまま、何も言わない。

普段なら私の呼びかけにすぐに反応するのに、今はただ俯いてじっとしているだけだった。

私は駆け寄り、雅の肩を掴んだ。

 「雅、ダメだよ! ついて行っちゃダメ!」

力いっぱい揺さぶると、雅の体がかすかに揺れる。

 「もしも何かあったら——!」

言いかけた瞬間、背後から嘲るような声が響いた。

 「おいおい、"何か"って何だよ。失礼だな、葵ちゃんは」

鷹松の軽薄な声。私は振り返りもせず、低く言い放つ。

 「黙ってて」

そして、再び雅に向き直る。

 「自己犠牲のつもり!? そんなの、啓が喜ぶわけないって、雅にもわかってるはずでしょ!」

その言葉に、雅の肩がわずかに震えた。  そして、ゆっくりと顔を上げる。

青白い顔。揺れる瞳。

 「……そんなの、わかってる……」

 「だったら……!」

 「私ね……もう、これからのことなんか望んでないの」

雅の声はかすれていた。

「え……?」

その言葉に私は一瞬声を失った。

 「だって、そんな資格、私にはないのよ。あの人の隣に立つことも、一緒に歩んでいくことも……本当は許されないことなのに……」

彼女の目に、深い後悔と迷いが滲んでいるのがわかった。

 「啓は、きっと"そんなことない"って言ってくれる。でも、今の私には……その優しさが、余計につらいの……」

私は息を呑む。

 「雅……」

 「本当はね、啓にはもっと……私を責めてほしかった。"バカな女だ"って笑ってほしかった……でも、啓はそんなこと、できる人じゃないもの……」

雅はうつむき、震える声で続けた。

 「でも、どうしても自分が許せないの……だから、ごめん葵。行かせてちょうだい」

私は絶句する。

雅の瞳は、強い決意を宿していた。

 「大丈夫。万が一のことも考えて、ちゃんと準備はしてるから……」

囁くような声。だが、それは私の不安を払拭するには足りなかった。

 「け、警察に相談するとか——!」

 「……昼間のあれじゃ、脅迫にはならないわ」

静かに首を振る雅。

 「葵だって、それくらいわかるでしょ?」

その言葉に、私は何も言えなくなる。

 「……ほら、周りの人たちが心配して見てるわ」

視線を巡らせると、周りの生徒たちが不安げな表情でこちらを見ていた。

雅は、気丈に微笑んだ。

 「……啓に、このこと……」

私が言いかけた瞬間——

 「それだけは絶対にやめて!!」

雅が突然、葵の肩を強く掴み、鋭い声で叫んだ。

 「お願いだからこれ以上……彼を巻き込まないで……」

その瞳には、涙が滲んでいた。

 「私が消えればいいの。彼の前から。それで——すべてに決着がつくはずだから……」

 「雅……」

葵の胸が締めつけられる。

 「じゃあな、葵ちゃん」

伍代が薄く笑い、雅の肩を引く。

 「大丈夫、カラオケに行くだけだからさ。行こうぜ、雅ちゃん」

 「……じゃあね、葵。啓のこと……よろしくね」

そう言い残し、雅は伍代たちと共に去っていった。

私は——ただ、雅の背中を見送ることしかできなかった。
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