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第57話 新章・彼女の値段と僕の価値
乾いた空気が流れる喫茶店。何気なく注文したコーヒーの香りが微かに鼻をくすぐる。
テーブル越しに向かい合う彼女は、僕をじっと見つめた後、ふっと微笑んだ。そして、片手を広げ、指を三本立てながら、まるで商談でもするような軽快な口調で言った。
「あ、手でヌくんなら……これで!」
次は四本……。
僕はなんとか意識を引き戻し、言葉を絞り出す。
「いやいやいや! そういう問題じゃなくて、そもそも君のこと何も知らないし!」
「え? 私のこと知りたいの? いいよ! 私は冷泉 蘭子、十八歳。あ、高校は辞めちゃった」
軽いノリで自己紹介する蘭子。その明るさと奔放さに圧倒されつつも、僕は彼女をじっと見た。
大きく波打つ胸元が目に入り、慌てて視線を逸らす。
「あ~、今見てたよね? もう、反応薄いから興味ないのかと思ってたけど、あるじゃん! 隠すなっての! うっし、なんかテンション上がってきた! ねえねえ、どこ行く? やっぱ食事から?」
彼女のまくしたてるような言葉に、僕は混乱しながらもとにかく制止しようと両手を突き出した。
「ストップ! ストップです!」
しかし、その瞬間——。
ふんわりと柔らかい感触が、突き出した手に伝わってきた。
ん?
息を呑む。
目を上げると、僕の手が蘭子の胸に触れてしまっていた。
「あー! そっちはだめだってば!」
彼女が頬を膨らませながら、茶目っ気たっぷりに僕を睨む。
「これはもう責任取ってオッケーってことでいいよね?」
「ご、ごめん……!」
僕は完全に動揺していた。
「謝らなくていいから、どうなの!? もちろん断らないよね?」
彼女は唇の端を上げ、不敵な笑みを浮かべる。遊び慣れているのか、それともただ本能のままなのか。その表情の奥にある本当の感情が読めなかった。
「そ、その前に、どうしてそんなにお金が必要なんですか?」
なんとか自分のペースを取り戻そうと、僕は必死に問いかけた。
蘭子は一瞬きょとんとした顔になり、少し考え込むように目を伏せた後、顎に指を当てて小首を傾げ、苦笑いした。
「あ~実はさ……給料の振り込み日を勘違いしてて、振り込まれる前にバカみたいに遊んじゃったんだよね~アハハ……。んで、このままだと光熱費ヤバくってさ、よっし!久々にアレやるか! って思って気合入れてここに来たの。アプリでも探したんだけど、本番なしじゃダメって奴が多くてさ……」
彼女は肩を落とし、困ったような顔を見せる。その表情には、どこか子供っぽさが混じっていた。
「じゃあ、普段はこういうことしてないってことですか?」
僕の問いに、蘭子は迷いなく強く頷いた。
「もち! 私、今の仕事好きだから!」
その言葉には力があった。どこか誇りを持っているようにも感じられた。
僕はその純粋な瞳を見つめながら、自然と笑みをこぼしてしまった。
「ん? どしたん?」
不思議そうに首を傾げる蘭子。
僕はゆっくりと財布を取り出し、中から四万円を取り出して彼女の手のひらにそっと置いた。
「え……? 何? 別に前金じゃなくてもいいよ? 君、ばっくれなさそうだし……」
困惑する蘭子に、僕は静かに微笑んだ。
「これは君にあげる」
「へ……? ええぇっ! ちょっ、それはダメだよ! わ、私まだ何もしてないじゃん!」
彼女は動揺しながら、目を大きく見開いた。手の中にあるお札を見つめ、それがまるで現実のものではないかのように指先で確かめる。
「今はやりたいことを見つけて頑張ってるんでしょ? だったら、できればパパ活なんてしないでほしいかなって」
僕の言葉が、彼女の心に届いたのがなんとなく伝わってくるような気がした。いや、錯覚かもしれない。良いように捉えているだけかもしれない。でも、それでもいいと思えた。
蘭子はぎゅっとお札を握りしめ、唇を噛んだ。震える指が、その小さな動揺を物語っている。
「わ、私だって今更こんなことしたくないけどさ、そんな綺麗ごと言ったってどうにもならないんだから……」
声がわずかにかすれる。自分の言葉に言い訳のような響きを感じているのかもしれない。
「今の仕事、好きなんだよね?」
「……もちろん! それは嘘じゃない!」
「だったら、大好きな仕事に胸を張って好きって言えるようになろうよ……ね?」
僕の言葉に、蘭子の瞳が揺れる。
蘭子の姿がどこか、以前の僕と重なって見えた。約束だけを追いかけて突き進んでいた僕。周りの事に目を向けず、全ては約束を果たすためなんだと、ひたすら自分の世界しかみてこなかった、盲目の世界にいたあの頃の僕と……。
彼女は俯いたまま、何かを噛み締めるように深く息を吐いた。やがて、そっと目を上げると、その表情はどこか穏やかになっていた。
「啓!」
響姉の声が店内に響く。その声にハッとして振り向くと、彼女は店の入り口で腕を組みながら待っていた。
「待たせてすまん、帰ろう」
響姉の言葉は優しかったが、その目にはいつもの鋭さが宿り、僕の横にいる蘭子に注がれていた。僕は少しだけ息を整え、ゆっくりと頷く。
「あっ……」
蘭子は何か言いたげだったが、響姉を見た途端、その言葉を飲み込んだ。
響姉が「知り合いか?」と聞いてきたが、僕は首を横に振り、「帰ろう、響姉」とだけ言った。
店を出る時、一瞬だけ振り返る。
蘭子はじっと僕を見つめていた。その瞳の奥に、ほんの少しだけ違う光が宿っているように見えた。
僕は軽く手を振ると、彼女もわずかに口角を上げ、小さく手を振り返した。
テーブル越しに向かい合う彼女は、僕をじっと見つめた後、ふっと微笑んだ。そして、片手を広げ、指を三本立てながら、まるで商談でもするような軽快な口調で言った。
「あ、手でヌくんなら……これで!」
次は四本……。
僕はなんとか意識を引き戻し、言葉を絞り出す。
「いやいやいや! そういう問題じゃなくて、そもそも君のこと何も知らないし!」
「え? 私のこと知りたいの? いいよ! 私は冷泉 蘭子、十八歳。あ、高校は辞めちゃった」
軽いノリで自己紹介する蘭子。その明るさと奔放さに圧倒されつつも、僕は彼女をじっと見た。
大きく波打つ胸元が目に入り、慌てて視線を逸らす。
「あ~、今見てたよね? もう、反応薄いから興味ないのかと思ってたけど、あるじゃん! 隠すなっての! うっし、なんかテンション上がってきた! ねえねえ、どこ行く? やっぱ食事から?」
彼女のまくしたてるような言葉に、僕は混乱しながらもとにかく制止しようと両手を突き出した。
「ストップ! ストップです!」
しかし、その瞬間——。
ふんわりと柔らかい感触が、突き出した手に伝わってきた。
ん?
息を呑む。
目を上げると、僕の手が蘭子の胸に触れてしまっていた。
「あー! そっちはだめだってば!」
彼女が頬を膨らませながら、茶目っ気たっぷりに僕を睨む。
「これはもう責任取ってオッケーってことでいいよね?」
「ご、ごめん……!」
僕は完全に動揺していた。
「謝らなくていいから、どうなの!? もちろん断らないよね?」
彼女は唇の端を上げ、不敵な笑みを浮かべる。遊び慣れているのか、それともただ本能のままなのか。その表情の奥にある本当の感情が読めなかった。
「そ、その前に、どうしてそんなにお金が必要なんですか?」
なんとか自分のペースを取り戻そうと、僕は必死に問いかけた。
蘭子は一瞬きょとんとした顔になり、少し考え込むように目を伏せた後、顎に指を当てて小首を傾げ、苦笑いした。
「あ~実はさ……給料の振り込み日を勘違いしてて、振り込まれる前にバカみたいに遊んじゃったんだよね~アハハ……。んで、このままだと光熱費ヤバくってさ、よっし!久々にアレやるか! って思って気合入れてここに来たの。アプリでも探したんだけど、本番なしじゃダメって奴が多くてさ……」
彼女は肩を落とし、困ったような顔を見せる。その表情には、どこか子供っぽさが混じっていた。
「じゃあ、普段はこういうことしてないってことですか?」
僕の問いに、蘭子は迷いなく強く頷いた。
「もち! 私、今の仕事好きだから!」
その言葉には力があった。どこか誇りを持っているようにも感じられた。
僕はその純粋な瞳を見つめながら、自然と笑みをこぼしてしまった。
「ん? どしたん?」
不思議そうに首を傾げる蘭子。
僕はゆっくりと財布を取り出し、中から四万円を取り出して彼女の手のひらにそっと置いた。
「え……? 何? 別に前金じゃなくてもいいよ? 君、ばっくれなさそうだし……」
困惑する蘭子に、僕は静かに微笑んだ。
「これは君にあげる」
「へ……? ええぇっ! ちょっ、それはダメだよ! わ、私まだ何もしてないじゃん!」
彼女は動揺しながら、目を大きく見開いた。手の中にあるお札を見つめ、それがまるで現実のものではないかのように指先で確かめる。
「今はやりたいことを見つけて頑張ってるんでしょ? だったら、できればパパ活なんてしないでほしいかなって」
僕の言葉が、彼女の心に届いたのがなんとなく伝わってくるような気がした。いや、錯覚かもしれない。良いように捉えているだけかもしれない。でも、それでもいいと思えた。
蘭子はぎゅっとお札を握りしめ、唇を噛んだ。震える指が、その小さな動揺を物語っている。
「わ、私だって今更こんなことしたくないけどさ、そんな綺麗ごと言ったってどうにもならないんだから……」
声がわずかにかすれる。自分の言葉に言い訳のような響きを感じているのかもしれない。
「今の仕事、好きなんだよね?」
「……もちろん! それは嘘じゃない!」
「だったら、大好きな仕事に胸を張って好きって言えるようになろうよ……ね?」
僕の言葉に、蘭子の瞳が揺れる。
蘭子の姿がどこか、以前の僕と重なって見えた。約束だけを追いかけて突き進んでいた僕。周りの事に目を向けず、全ては約束を果たすためなんだと、ひたすら自分の世界しかみてこなかった、盲目の世界にいたあの頃の僕と……。
彼女は俯いたまま、何かを噛み締めるように深く息を吐いた。やがて、そっと目を上げると、その表情はどこか穏やかになっていた。
「啓!」
響姉の声が店内に響く。その声にハッとして振り向くと、彼女は店の入り口で腕を組みながら待っていた。
「待たせてすまん、帰ろう」
響姉の言葉は優しかったが、その目にはいつもの鋭さが宿り、僕の横にいる蘭子に注がれていた。僕は少しだけ息を整え、ゆっくりと頷く。
「あっ……」
蘭子は何か言いたげだったが、響姉を見た途端、その言葉を飲み込んだ。
響姉が「知り合いか?」と聞いてきたが、僕は首を横に振り、「帰ろう、響姉」とだけ言った。
店を出る時、一瞬だけ振り返る。
蘭子はじっと僕を見つめていた。その瞳の奥に、ほんの少しだけ違う光が宿っているように見えた。
僕は軽く手を振ると、彼女もわずかに口角を上げ、小さく手を振り返した。
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