大切な人達を全て奪われたけど、夢が叶ったので過去は振り返らず前に進もうと思います

アイスノ人

文字の大きさ
62 / 65

第66話 新章・二人と一人の答え合わせ

 啓の背後にピタリと身体を寄せた神楽の柔らかな胸の感触と、ふわりと漂う甘い香りが僕を包んでいた。

「ねぇ、どうする?このまま帰っちゃう?」

 囁くような声が耳元に触れて、思わず僕の肩がピクリと震えた。振り向けばすぐそこに神楽の艶やかな瞳。挑発的でありながらも、どこか愛おしさを含んだ視線が僕を捕らえて離さない。

「僕は……」

 言葉を紡ごうとした僕の口元に、神楽の指先がそっと触れる。

「無理に答えなくていいよ。啓の気持ち、ちゃんとわかってるつもりだから」

 柔らかな微笑みと共に、神楽は僕の手を取り、ベッドへと誘った。

 ふわりと沈み込むシーツ。僕が腰を下ろすと、神楽はその隣に滑り込むように座り込む。指先がそっと僕の頬を撫で、視線を合わせる。

「ねぇ、知ってる?啓が困ってる顔、すっごく可愛いんだよ」

「か、神楽……っ」

 頬を赤く染めながらも、僕は視線を逸らせない。神楽の指先が僕の首筋から鎖骨へとゆっくり滑り落ちるたびに、肌が粟立つ。

「大丈夫、全部私に任せて。啓はただ、感じるだけでいいから」

 耳元で囁かれ、僕の喉が小さく鳴る。そんな反応すら、神楽には愛おしくて仕方ない。

「私ね、ずっとこうしたかったの。啓に触れて、もっと知りたくて……こんなに好きなのに、どうしても距離が縮まらなかったから」

 神楽の瞳がわずかに潤む。普段は強気に振る舞う彼女の、素直な想いがこぼれ落ちる瞬間だった。

「僕だって……神楽のこと、大切に思ってる。けど……」

「うん、知ってるよ。だから、今日は私の気持ち、ちゃんと伝えるね」

 そう言って神楽は僕をそっと押し倒す。僕の背中がシーツに沈み込む。

 神楽の指先が、僕のシャツのボタンに触れる。ひとつ、ふたつとゆっくり外していく度に、僕の胸元に触れる神楽の指が、ほんのり震えていることに気づく。

「神楽、もしかして……緊張してる?」

 思わず漏れた言葉に、神楽は驚いたように目を見開き、そして少し拗ねた表情を見せた。

「……バレちゃった?」

「うん。でも、それが……すごく嬉しい」

 僕の優しい言葉に、神楽の頬が赤く染まる。そして、微笑んだ。

「もう、啓ってば。こういうとこ、ほんとずるいんだから」

 肩に額を押し付けるようにして、神楽は小さく笑った。

 二人だけの静かな空間。互いの温もりがゆっくりと溶け合い、確かめ合うように身体を寄せ合っていく。

 けれど、胸の奥に引っかかるものがあった。

 このまま神楽を受け入れていいのか。

 真凛の笑顔が脳裏をよぎる。

 どちらも選べない自分がいる。選ばないことで逃げ続ける僕の弱さ。

 神楽は、そんな僕の弱さに気づいていたんだ。だからきっとこんな強引に……。

 すると、神楽がゆっくりと僕の胸に手を置き、小さく息を吐いた。

「ねぇ、啓。私、わかってるよ。啓は本当は、選べないんだよね」

「え……」

「啓の小説『二人と一人』。最後に三人で幸せそうに過ごしているあのラスト、ずっと気になってたの。どちらを選んだのか、じゃなくて——どうしてどちらとも選ばなかったのかって」

 神楽は僕の胸にそっと手を置きながら、静かに続ける。

「読んでるうちに、気づいたんだ。啓はね、選びたくなかったんだって。誰か一人を選ぶことで、三人でいた時間が全部消えちゃう気がして……だから最後まで選べなかったんでしょ?」

「だって、選んだ瞬間に、もう三人ではいられなくなるから……」

 僕の喉がぎゅっと詰まる。

 神楽の言葉が胸に突き刺さる。

「……僕、小説のこと、ずっと隠してきたつもりだった……」

 自嘲するように、小さく笑う。

「世間では『二人と一人』が感動作だって言われてるけど、本当はそんな綺麗なものじゃない。あれは、ただ僕が現実から逃げたくて、醜い願望をそのままぶちまけただけの……そんな話なんだ」

 神楽は黙って、僕の言葉を受け止める。

「現実では雅を選んだ。それが普通なんだって、自分に言い聞かせてた。でも、本当は……選びたくなかった。選んだ瞬間に、もうあの頃には戻れないって、ずっと怖かった」

 声が震える。

「三人でいることなんて、現実には叶わない。でも、小説の中なら……そう思って、三人が幸せでいられる世界を作ったんだ」

「僕の小説は、感動でも名作でもなくて……ただの僕の卑怯な逃げ場所だったんだ」

 情けなさと、恥ずかしさと、どうしようもない感情が胸の奥から込み上げてくる。

「ごめん、神楽。本当は選ばなくきゃいけないって分かってる、でも本当の僕はこんな奴で、優柔不断で情けなくて……醜くて……」

 言葉にした途端、涙が溢れた。

 嗚咽を堪えきれず、肩を震わせる僕を、神楽は何も言わず、ただそっと僕の手を包み込んでくれた。

「うん……知ってるよ……それでも、そんな啓が好きだよ。例え世界中の人達がそれは間違ってるって言っても、私は言い続ける……啓が好き」

 神楽の言葉は、余計に僕の心を締め付けるけれど、その優しさに、どうしようもなく救われた気がした。
感想 2

あなたにおすすめの小説

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

マカロニ
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

昔好きだったお姉さんが不倫されたので落としに行ったら後輩からも好かれていた

九戸政景
恋愛
高校三年生の柴代大和は、小学校一年生の頃からの付き合いである秋田泰希の姉である夕希に恋心を抱いていたが、夕希の結婚をきっかけに恋心を諦めていた。 そして小学生の頃の夢を見た日、泰希から大和は夕希の離婚を伝えられ、それと同時にある頼みをされる。

クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。 ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。 無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。 クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。