大切な人達を全て奪われたけど、夢が叶ったので過去は振り返らず前に進もうと思います

アイスノ人

文字の大きさ
63 / 65

第67話 新章・静寂の予兆

 神楽の指が、そっと僕の頬に触れる。指先は温かくて優しく、それが余計に胸を締め付けた。涙を止めたはずなのに、またじんわりと目が熱を帯びる。

「……ごめん、神楽」

 声が震えた。

「神楽がこんなに真剣に向き合ってくれたのに……僕、こんなふうになっちゃって……」

 涙を拭いながら、ゆっくりと体を起こす。その仕草を見た神楽は、小さくため息をつき、それからくすりと笑った。

「なんとなく、こうなる気はしてたわよ」

 その笑みは呆れ混じりではあるけれど、どこか優しくて温かい。

「バカね、啓は」

 神楽がそっと僕の髪を撫でる。指先が震えていたのは、きっと気のせいじゃない。

「私に向き合ってくれるだけで、十分よ」

 その言葉が胸に沁みる。

 神楽は立ち上がり、脱いだバスタオルを身体に巻き直した。その瞬間、しなやかな体のラインが一瞬視界に入り、僕は慌てて顔を背ける。

「……えっと……」

「ふふ、もっと見たかった?」

 くすっと笑う神楽が、なんだか眩しく見えた。

「違うよ……そんなつもりじゃ……」

「素直じゃないわね。まあ、いいけど」

 神楽は肩をすくめながら、ゆっくりと髪を整える。その仕草が妙に艶っぽくて、また視線を逸らしてしまう。

「ねえ、啓。さっきの話、信じられない?」

「さっきの話?」

「真凛が、私にならいいって言ったこと」

 僕は答えられなかった。ただ、頭の中で整理がつかずに混乱していた。

「でもね、それって信頼よ。啓のこと、大切に思ってるからこそ」

 神楽の言葉にはどこか真剣な響きがあった。ふざけているようでいて、その瞳には誠実さが宿っている。

 そんな話をしていた時——。

 スマホの着信音が部屋に響いた。

 神楽が画面を確認すると、表情が一変した。

「……真凛?」

 小さく呟きながら、神楽は電話に出る。

「もしもし? どうしたの?」

 普段通りの調子だったが、受話器越しの声を聞くうちに、神楽の表情が徐々に曇っていく。

「幸田さんの事務所が……?うん……うん……それで?」

 神楽の声は落ち着いていたが、その手はわずかにスマホを強く握りしめている。時折、困ったように小さく息を吐く音が漏れた。

「はあ?……それは……うん、わかった。私が行くから。だから大丈夫、待ってて」

 そう言うと、神楽はスマホを耳から離し、通話を切った。そして、少しだけ目を伏せる。

 僕は息を呑む。

「何かあったの?」

 思わず口をついて出た言葉に、神楽が一瞬こちらを見た。けれどすぐに視線を逸らして、少しだけ困ったように笑う。

「……ごめん。ちょっと今は言えないんだけど、真凛と会って話してくるね」

 柔らかい声で言いながらも、その表情にはどこか緊張感があった。

「僕も一緒に行った方がいいんじゃ……?」

 そう言いかけた僕に、神楽は小さく首を振る。

「大丈夫。これは事務所のことだから、啓にはあんまり関係ないの。でも、ちゃんと話してくるから安心して」

 神楽の目は真剣で、強い意志が宿っているのがわかる。だけど、どこか申し訳なさそうな色も滲んでいた。

「……そっか」

 本当は不安だったけど、今は神楽を信じるしかなかった。

「ごめんね、啓。戻ったらちゃんと話すから」

 神楽はそう言って、ふっと微笑んだ。その笑顔は少しだけ切なく見えた。

 僕はただ、小さく頷くことしかできなかった。

 神楽はさっと着替えを済ませ、スマホを片手に部屋を出ようとする。

「待って、神楽」

 思わず呼び止めると、彼女は振り返る。

「……うん?」

「無理はしないで。何かあったら、すぐに連絡して」

 僕の言葉に、神楽は一瞬驚いたように目を見開く。だけど、すぐに優しく微笑んだ。

「ありがと、啓。大丈夫、すぐに戻るから」

 そう言って、神楽は部屋を後にした。

 扉が閉まる音が静かに響く。僕はベッドに腰を下ろし、ため息をつく。

 真凛と神楽。僕の知らないところで、二人の間にどんな話があるのか、気になる。でも、今は信じるしかない。

 僕は天井を見上げ、ぼんやりと目を閉じた。時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。

 ふと、神楽の笑顔が頭に浮かぶ。

 あの笑顔の裏にある、本当の気持ちに触れることができるのは、いつになるんだろう。

 僕は胸の奥にわだかまる不安を押し込めながら、ただ静かに目を閉じる。

 時計の音だけが、静かな部屋に響き続けていた。

 ——今は、ただ待つしかない。
感想 2

あなたにおすすめの小説

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

マカロニ
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

昔好きだったお姉さんが不倫されたので落としに行ったら後輩からも好かれていた

九戸政景
恋愛
高校三年生の柴代大和は、小学校一年生の頃からの付き合いである秋田泰希の姉である夕希に恋心を抱いていたが、夕希の結婚をきっかけに恋心を諦めていた。 そして小学生の頃の夢を見た日、泰希から大和は夕希の離婚を伝えられ、それと同時にある頼みをされる。

クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。 ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。 無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。 クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。