『底辺召喚師は亡き勇者を召喚す』

野草こたつ/ロクヨミノ

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◇引き裂かれた時間◆

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 朝食を終えて午前、フィロメーナは街に出ていた。
 入用の物を買うために歩くときも、周囲を困惑させないために姿を消したセヴェリアはついてきていた。
 有能な召喚師であればきちんとその姿を目視できるのだが、フィロメーナには彼の声だけが届いている。

『この街は変わらないね』
 セヴェリアはフィロメーナを説得することをひとまず諦めてくれたのか、その話題には触れずに居てくれた。
 周囲の景色を眺めているらしい彼に、フィロメーナは重い息を吐く。

(本来なら、セヴェリアさんを召喚した時点で王城勤務などになるのでしょうが……私には……)
 彼は英雄、一方フィロメーナは知るひとぞ知る劣等生。
 重い気分のために俯いて歩いていると、前方から声をかけられた。
「フィロ! どうしたんだ、気分でも悪いのか?」
「レイスルト……!」
 今のフィロメーナにとっては救世主のような人物だった。
 金色の髪に青い瞳を持つ青年はフィロメーナに駆け寄ると、不思議そうにその顔を覗きこむ。
 彼はレイスルト・フォンヴァール。同じ召喚師の家系で、セヴェリアが出立したあと引っ越してきた青年であり、学校でもフィロメーナに親切にしてくれた数少ない人物の一人である。

『……フィロ』
 セヴェリアの低い声が耳に届くが、彼女はそれに知らないふりをした。
 彼が今どんな顔をしているのか、彼女には知ることができない。
「なんだよ、まだここに居てくれるってことは、試験には合格したんだろ? 契約者の姿は見えないが……まぁ、それはいい、おまえがここに残ってくれてよかったよ。心配していたんだ」
 レイスルトにも見えていないのだと、フィロメーナは驚いた。
 おそらく、ただ姿を消すだけではなく、セヴェリア自身も魔術を行使しているのだろう。

「なのに、どうしてそんな顔をしているんだ? 立派な精霊と契約できたんだろ? って……フィロ?」
 フィロメーナの瞳に涙がうかんでいるのを見て、レイスルトは驚いた。
 けれどすぐに、その涙を優しく指で拭ってくれる。
「どうした? 何かあったのなら、相談に乗るぞ」
「大丈夫です……大丈夫、ただ……少し不安になってしまっただけなんです」
「それはそうだ、おまえにとっては初めてのことばっかりだろうし、無理もない。だけど俺は、おまえが無事で居てくれて、ここに居てくれてよかった」
 レイスルトが言いたいのは、フィロメーナが契約者に殺されていないことも含まれているのだろう。
 優しく抱きしめられて、フィロメーナも驚いたが、苦笑をこぼす。

「ありがとうございます、レイスルト。もう大丈夫……」
『フィロ』
 そのときもう一度、セヴェリアの声が聞こえた。
 聞いたことがないほど冷たく低い声に、びくりと肩を震わせる。
「フィロ? どうしたんだ?」
 レイスルトが怪訝そうに顔を見るが、フィロメーナは慌てて彼から離れると踵を返した。
「すみませんレイスルト、今日は用事があるのです。それでは……!」
 急に走りだしたフィロメーナに彼は首を傾げていた。

 ◇◇◇

『彼は?』
 人気のない、ラングテール邸の近くまで来たところで、姿は見えないままセヴェリアが問う。
「学友ですよ。セヴェリアさんが旅立ったあと、引っ越してきた召喚師の青年です」
 フィロメーナが言うと、彼の声に厭味っぽい色が滲んだ。

『へえ? 学友。きみは学友と抱き合うのか?』
「あ、あれは……きっと私を心配してくれただけで……」
 透明な手に頬を撫でられて、くすぐったさから身を捩る。
「セヴェリアさん……! やめてください!」
『私には、頬を撫でられるのも許せないと? 彼のことは拒まなかったのに』
 フィロメーナにはセヴェリアの顔が見えない、だから、今どんな顔をして、フィロメーナに触れているのかも分からない。

『やっぱり……何も変わらないのか、運命とは残酷だ』
 セヴェリアは小さくそう呟いた。
 その意味が、やはりフィロメーナには分からない。
「セヴェリアさん?」
 首を傾げて名を呼んだとき、レイスルトの声が響いた。
「フィロ、そこに居るのはかの名高い英雄セヴェリア・ユーシウスなのか?」
「っ!」
 驚いたが、セヴェリアは気づいていたようで動じた気配もない。

「おかしいと思って、ついてきたんだ。ただの精霊が、わざわざ魔術を使ってまで姿を消す理由がない。おまえが召喚したやつはどうしても周りに姿を知られたくないやつなんだろうって」
 さすがレイスルトだと思った、彼はフィロメーナと違って優等生だったし、今だってそうだ。この王都の警備を担う一人でもある。

「居るのか? 名誉の死を遂げた英雄殿」
「ああ、ここに居るとも」
 セヴェリアが姿を見せたので、フィロメーナは慌てた。
 彼を召喚したことが――遅かれ早かれ知られるのだろうが、周囲に響けばフィロメーナはこの王都に居られない。少なくとも、平穏な生は望めない。
 レイスルトは眉を顰めて、青い目でセヴェリアを睨みつけた。

「フィロを脅して従属させてるのか? これは驚きだ、英雄殿がそんな野郎だったとはな」
「見知らぬきみにとやかく言われることではない、私とフィロは幼馴染であるし、きみの思うようなこともしていない。現に彼女は傷もなく、生きているし、私には彼女を傷つけるような意思もない」
 めずらしく、セヴェリアの声に苛立ちが滲んでいるように思えた。その表情には焦燥が見える。なぜだろうとフィロメーナは思った。
 いつも、セヴェリアはあまり感情を表にださない。氷のひとだと呼ばれていたのも知っているが、フィロメーナには彼の感情のかすかな機微が分かる。

「だけどフィロは泣いていた」
 レイスルトの糾弾に、セヴェリアは歪な笑みをうかべる。
「きみはフィロのなんなんだ? なぜそこまで執着する? 彼女は、私が居なければこの街を追いだされ、召喚師の才能を持ちながら平民として生きていくしかない」
「そんなことには俺がさせない、あんたがフィロを縛りつけなくても、そいつは自由に生きられる、今までどおり何不自由なく。俺が支えていく」
「ほう?」
 鈍感なフィロメーナにはその意味がすぐには分からなかったが、やがて、彼はもしもフィロメーナが試験に落ちていたら妻に娶るつもりだったのだと察した。
 そのことで、急激に恥ずかしさが湧いてくる。

「レ……レイスルト! やめてください! 馬鹿な冗談は!」
「冗談なものか、フィロ。今からでも遅くない、その英雄殿は姉に押しつけるか送還してしまえ。あれほど死を嘆いていたんだ、ディメリナは喜んでそいつを引き受けるだろう。まぁ、ディメリナにも制御しきれるのかは知ったことじゃないがな」
 彼が本気なのだと理解して、彼女は慌てた。
 この場をどうやっておさめればいいのだろう。

「と、とにかく時間をください! 今は、今はまだ……誰にもセヴェリアさんのことを知られたくないのです!」
 フィロメーナがそう声を絞りだすと、ようやくレイスルトは大きなため息を吐いて唇を引き結んだ。
 彼もその意味が分からないほど鈍感ではないだろう。セヴェリアは亡くなったばかりの英雄だ、それがこの世に舞い戻ったとなれば大騒ぎになるのは間違いない。
 少なくともそうなれば、フィロメーナはここに居られない。
 父や姉の口から上の人間に伝えられるのだろうが、今はまだ状況を整理したかった。

「分かった……けどフィロ、そいつだけはいいもんじゃない。そいつと一緒に居ることはおまえのためにならないぞ」
「きみにそこまで言われる道理はない」
 セヴェリアがそう言って、フィロメーナの肩を抱き寄せてラングテール邸へ歩きだす。
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